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珍しい赤い髪を持った私がいじめられるのは当然のことだった。
いじめは六歳ごろから始まった。
ある日、友人の女の子が私を恐いと言い始め、それがウイルスのように伝播した。
気づけば、悪魔だの魔女だのからかわれていて、時には石を投げられることもあった。
心はぼろぼろで今にも壊れそうなはずなのに、私は両親に相談することはせず、一人で抱え込んだ。
いじめを楽しむような人達には負けたくない、そんな妙な意地を張る自分がいたのだ。
結局いじめはそれからも長く続いたが、ある日ピタリと止んだ。
てっきり皆改心したのかと思ったが、違った。
彼らは私に飽きたようだった。
呆気ない幕切れに喜んでいいのかどうか分からず、今でもその出来事は靄として心を覆っている。
貴族学園に入学を果たした私は、少ないながらも友人が出来て、割と平凡な学園生活を送った。
私はそれで満足をしていた。
いじめられた経験から、人生は程々に楽しいのが良いと、達観したようなことを考えていたのだ。
しかし、運命の歯車はまだ回っていた。
幸か不幸か、私にとんでもない縁談を持ち込んできた。
学園を卒業して数日後。
父の書斎に呼ばれ向かうと、椅子に座った父が額に汗を浮かばせながら言う。
「ローズ。第二王子の正妃になる覚悟はあるか?」
頭が転がるくらい動揺が起きる。
父は今、何て言った。
「あの、お父様。今何と?」
念のため聞いてみる。
聞き間違いかもしれないから。
しかし父は、はっきりとした口調でさっきと同じ言葉を告げる。
「第二王子の正妃になる覚悟はあるか?」
「第二王子の正妃……」
思わずオウム返しをしてみるも、まだよく判然としない。
まるで違う世界に迷い込んだ、物語の主人公みたいだ。
「お父様。それはつまり……私と王子が結婚するということですか?」
「ああ、その通りだ。コーラル王子のことはお前も知っているだろう。知略に優れた王子で、次期国王とも噂されている」
「確かに知っておりますが……えっと……これは本当のことなのですよね?」
父は苦笑すると、頷いた。
「もちろんだ。私も最初はお前と同じ反応をしたがな」
「そうですか……」
突然舞い込んだ、コーラル王子の正妃の座。
もし王子が王位を継いで、国王になった暁には、私が王妃となるのか。
王妃となった自分を想像しようとするが、上手くできずに諦めた。
「ローズ。今決めろとは言わない。だが、なるべく早く……」
「分かりました。お受け致します」
「……え?」
父が驚いたように目を見開く。
対して私は、既に決心を固め、顔に力を込めていた。
「いいのか?」
父が確認をするように言葉を続ける。
私は頷くと、微笑んだ。
「はい!」
退屈ではない人生を、私は心の奥底で望んでいたのかもしれない。
正直、王子との結婚は不安しかなかったが、それでも私は即決した。
自分でもよく分からない心情だが、これが正しい道だと思った。
実家を離れ、王宮に移り住むことになった。
初めて訪れた王宮は豪華絢爛で、私のようなただの伯爵令嬢が来ていい場所には到底思えない。
しかし品のあるメイドに案内されて、私は長い廊下を歩き、今こうしてコーラル王子の部屋の前にいる。
扉が開かれる。
中には青い髪をした端正な顔立ちの男性が立っている。
彼が私の夫になる、コーラル王子だ。
「やあローズ」
彼は私に手を上げると、ひらひらと振る。
私は部屋に足を踏み入れると、頭を下げる。
「本日からコーラル王子の正妃を務めさせて頂きます。よろしくお願い致します」
子供時代が不幸だった分、現在に幸せが過剰に舞い込んでいるのだろう。
愚かな私は、そう信じて疑わなかった。
いじめは六歳ごろから始まった。
ある日、友人の女の子が私を恐いと言い始め、それがウイルスのように伝播した。
気づけば、悪魔だの魔女だのからかわれていて、時には石を投げられることもあった。
心はぼろぼろで今にも壊れそうなはずなのに、私は両親に相談することはせず、一人で抱え込んだ。
いじめを楽しむような人達には負けたくない、そんな妙な意地を張る自分がいたのだ。
結局いじめはそれからも長く続いたが、ある日ピタリと止んだ。
てっきり皆改心したのかと思ったが、違った。
彼らは私に飽きたようだった。
呆気ない幕切れに喜んでいいのかどうか分からず、今でもその出来事は靄として心を覆っている。
貴族学園に入学を果たした私は、少ないながらも友人が出来て、割と平凡な学園生活を送った。
私はそれで満足をしていた。
いじめられた経験から、人生は程々に楽しいのが良いと、達観したようなことを考えていたのだ。
しかし、運命の歯車はまだ回っていた。
幸か不幸か、私にとんでもない縁談を持ち込んできた。
学園を卒業して数日後。
父の書斎に呼ばれ向かうと、椅子に座った父が額に汗を浮かばせながら言う。
「ローズ。第二王子の正妃になる覚悟はあるか?」
頭が転がるくらい動揺が起きる。
父は今、何て言った。
「あの、お父様。今何と?」
念のため聞いてみる。
聞き間違いかもしれないから。
しかし父は、はっきりとした口調でさっきと同じ言葉を告げる。
「第二王子の正妃になる覚悟はあるか?」
「第二王子の正妃……」
思わずオウム返しをしてみるも、まだよく判然としない。
まるで違う世界に迷い込んだ、物語の主人公みたいだ。
「お父様。それはつまり……私と王子が結婚するということですか?」
「ああ、その通りだ。コーラル王子のことはお前も知っているだろう。知略に優れた王子で、次期国王とも噂されている」
「確かに知っておりますが……えっと……これは本当のことなのですよね?」
父は苦笑すると、頷いた。
「もちろんだ。私も最初はお前と同じ反応をしたがな」
「そうですか……」
突然舞い込んだ、コーラル王子の正妃の座。
もし王子が王位を継いで、国王になった暁には、私が王妃となるのか。
王妃となった自分を想像しようとするが、上手くできずに諦めた。
「ローズ。今決めろとは言わない。だが、なるべく早く……」
「分かりました。お受け致します」
「……え?」
父が驚いたように目を見開く。
対して私は、既に決心を固め、顔に力を込めていた。
「いいのか?」
父が確認をするように言葉を続ける。
私は頷くと、微笑んだ。
「はい!」
退屈ではない人生を、私は心の奥底で望んでいたのかもしれない。
正直、王子との結婚は不安しかなかったが、それでも私は即決した。
自分でもよく分からない心情だが、これが正しい道だと思った。
実家を離れ、王宮に移り住むことになった。
初めて訪れた王宮は豪華絢爛で、私のようなただの伯爵令嬢が来ていい場所には到底思えない。
しかし品のあるメイドに案内されて、私は長い廊下を歩き、今こうしてコーラル王子の部屋の前にいる。
扉が開かれる。
中には青い髪をした端正な顔立ちの男性が立っている。
彼が私の夫になる、コーラル王子だ。
「やあローズ」
彼は私に手を上げると、ひらひらと振る。
私は部屋に足を踏み入れると、頭を下げる。
「本日からコーラル王子の正妃を務めさせて頂きます。よろしくお願い致します」
子供時代が不幸だった分、現在に幸せが過剰に舞い込んでいるのだろう。
愚かな私は、そう信じて疑わなかった。
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