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 目覚めた。
 そこにはいつもの自室の天井があった。
 安心する香りが、鼻孔をくすぐる。

「え?」

 私は上半身を起こした。
 どうやらベッドに寝ていたらしく、何の変哲もない朝の一ページのようだった。
 
 私は森の湖で自殺を図ったはずだった。
 あの美しい情景と、氷のように冷たい水の感触は、しっかりと覚えている。
 ならばなぜ私はここに寝かされていたのか。
 まさか誰かが助けてくれたのだろうか。

 すっかり頭が混乱し、銅像になったように固まる私。
 目だけ辺りをキョロキョロと動かすと、窓から見える外の景色に、ピンク色の二羽の鳥が見えた。
 珍しい色な気がしたので、もしやここは天国かもしれない……ついそんな期待を抱いてしまう。

 しかし期待を打ち壊すように、部屋の扉がノックされた。

「奥様。朝食の準備が出来ました」

 使用人の声だ。
 いつも同じ時間に私の部屋をノックして、朝食の報せを持ってくる。
 そして、いつも私の返事を待たずに、彼女は去っていく。

 足音が消えると、私はベッドから立ち上がった。
 どういう経緯があったのかは分からないが、私はどうやら助かったらしい。
 それに自室にいるということは、ここは、夫であるダークの屋敷だ。
 朝食に遅れでもしたら、厳しい罰が待っているだろう。

 私は手早く支度をすると、食堂に移動した。

 食事を終えて自室に帰ってくると、私は不気味な既視感に襲われていた。
 まるで過去を追体験しているような、デジャブを感じたような。
 
「そんなことないわよね」

 私は確かに湖で自殺をした。
 そのはずだった。
 しかしそれにしては、あまりにも今日が平凡すぎる。

 助かったとしても、一晩で回復などするのだろうか。
 治療のため病院のベッドに寝かせられるのが正解ではないだろうか。
 それに私を見る周囲の目も気になる。
 まるでいつもと同じ私を見ているような、淡々とした視線。
 普通、自殺をした人間がいたら、図らずとも好奇の目になってしまうのではないのか。

 あらゆる疑問が私の頭を悩ませていた。
 しかし時が待ってくれるはずもなく、時間だけが過ぎていく。

 結局何も分からないまま夜になり、私は窓から夜空を見上げていた。 
 そういえば昨日もこんな夜だった。
 ダークの不倫を知った昨夜。

 あれがきっかけになり、私は自殺をした。
 今日も彼は、別の女性と愉しむのだろうか。
 
 と、その時、隣のダークの寝室から音がした。

 男女がベッドの上で乱れるような音。
 耳を澄ますと、愉し気な声まで聞こえてくる。

「あれ……これって……」

 
 それは完全に昨夜体験した、ダークの不倫現場だった。
 あの時とは違う感覚で、私はそれに耳を傾けていた。
 
 幸か不幸か、昨夜の不倫現場は頭にこびりついて離れていない。
 だから、今鳴っているこの音や声が、昨夜のものと全く同じであることに気づくのは、容易かった。

「嘘でしょ……」

 ここまで来ると、ある可能性が頭を過った。
 そんなことはあり得ないと、封じ込めていた突飛な発想。

 私はふわふわとした気持ちになりながら、ベッドに潜った。
 悲しみや絶望よりも、困惑が勝っていた。
 
「大丈夫」

 何が大丈夫なのか、自分でもよく分からない。
 しかし、そうでも言ってないと頭がおかしくなってしまいそうだ。

 もしかしたら私は同じ日を過ごしているのかもしれない。
 タイムリープが起きているのかもしれない。

「大丈夫」

 もう一度、意味のない呪文を唱えると、私は強引に眠った。
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