上 下
4 / 10

しおりを挟む
お父様がお母様でない人を寝室に連れ込んで、何をしているのかは分からなかった。
ただ、お母様が言った仕事というのは僕には嘘に思えた。
お母様自身はきっと気づいていないと思うが、嘘をつくとき目が細くなる。
使用人のおばあさんがこっそり僕に教えてくれた秘密だ。

『エリザベス。これからも僕の最愛の妻を演じてくれ。分かったな?』

扉の向こうから聞こえてきたお父様の言葉は、とても嫌な感じがして、悲しい気持ちになった。
僕は扉から耳を離すと、物音を立てないように静かに歩いて、自分の寝室まで戻った。

「ふぅ……バレてないよね」

扉をゆっくり閉め、僕は安堵の息をはく。
心臓がまだバクバク音を立てていて、体中が熱かった。
胸に手を当てたまま数十秒立っていると、やっと心臓の鼓動がおさまってくる。

「やっぱりお父様は浮気していたんだ……」

最近読んだ本に、今の僕達と同じような話があった。
父親が母親ではない女の人と浮気をして、母親が息子を連れて家を出る話だ。
浮気というものがどういうものかは詳しく分からないけど、お母様をとても悲しませるものであることは僕にも分かった。

目を細め、大丈夫と言うお母様の悲しそうな顔が何度も脳裏をよぎる。

……お母様が僕に嘘をついた時、僕は決心した。
お母様の嬉しそうな顔を僕がもう一度取り戻すことを。
そしてお父様を叱ってあげるんだ。
女神のように優しい心を持ったお母様に代わって。

それから僕は毎晩夜遅くまで起きるようにした。
お母様はきっとお父様と何か話をするはずだから、こっそりついていって、僕がお母様を助けようと思った。
本に出てきた息子も同じことをしていたから、きっと上手くいくはずだ。

しかし、いざ扉の前に来た瞬間、足がすくんで動けなかった。
精一杯耳を扉に近づけて、二人の話している会話を聞くくらいしか僕にはできなかった。
 今までの出来事を振り返り、僕は首を横に振る。

「これじゃあだめだ……」

そのままベッドに腰を下ろすと、拳をぎゅっと握った。

「こんな僕じゃお母様を助けられない……」

二人の会話はたまに聞こえなかったが、なんとなく話していることは分かった。
お母様は僕のためにお父様の悪事を許してしまったみたいだが、それはおかしな話だ。
全部お父様が悪いのに、叱られることもないなんておかしすぎる。

勉強を教えてくれる先生はよく僕に言っていた。
悪い事をしたら、必ず天罰が訪れると。
そして、悪い事をされている人がいたら必ず手を差し伸べるようにと。

「このままじゃダメだ」

もう皆はベッドに寝転がって寝ているだろう。
しかし、僕の目は冴えていた。
ベッドから飛び出すと、本棚の本に目を走らせる。

「どれだ……うーん……あ、これだ……」

中から僕の大好きな物語の本を取り出して、パラパラとページを捲る。
先生が僕の誕生日にくれた大切な本だ。
そして、僕の人生に役に立つと言っていた本でもあった。

……僕は本を最後まで読み終えると、バタンと閉じた。
ふと顔に光を感じ、窓に目を移す。
熱を帯びた太陽が、頭を地平線から突き出していた。
昇りかかっている朝日を見つめながら呟く。

「僕がお母様を助けるんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おかえりなさいと言いたくて……

矢野りと
恋愛
神託によって勇者に選ばれたのは私の夫だった。妻として誇らしかった、でもそれ以上に苦しかった。勇者と言う立場は常に死と隣り合わせだから。 『ルト、おめでとう。……でも無理しないで、絶対に帰ってきて』 『ああ、約束するよ。愛している、ミワエナ』 再会を誓いあった後、私は涙を流しながら彼の背を見送った。 そして一年後。立派に務めを果たした勇者一行は明日帰還するという。 王都は勇者一行の帰還を喜ぶ声と、真実の愛で結ばれた勇者と聖女への祝福の声で満ちていた。 ――いつの間にか私との婚姻はなかったことになっていた。  明日、彼は私のところに帰ってくるかしら……。 私は彼を一人で待っている。『おかえりなさい』とただそれだけ言いたくて……。 ※作者的にはバッドエンドではありません。 ※お話が合わないと感じましたら、ブラウザバックでお願いします。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(_ _) ※書籍化作品『一番になれなかった身代わり王女が見つけた幸せ』(旧題『一番になれなかった私が見つけた幸せ』)の前日譚でもありますが、そちらを読んでいなくとも大丈夫です。

〖完結〗いつ私があなたの婚約者を好きだと言いました?

藍川みいな
恋愛
「メーガン様は、私の婚約者のグレン様がお好きみたいですね。どういうおつもりなんですか!? 」 伯爵令嬢のシルビア様から話があると呼び出され、身に覚えのないことを言われた。 誤解だと何度言っても信じてもらえず、偶然その場にメーガンの婚約者ダリルが現れ、 「メーガン、お前との婚約は破棄する! 浮気する女など、妻に迎えることは出来ない!」 と、婚約を破棄されてしまう。だがそれは、仕組まれた罠だった。 設定ゆるゆるの架空の世界のお話です。 全10話で完結になります。

お願い縛っていじめて!

鬼龍院美沙子
恋愛
未亡人になって還暦も過ぎた私に再び女の幸せを愛情を嫉妬を目覚めさせてくれる独身男性がいる。

I want a reason to live 〜生きる理由が欲しい〜 人生最悪の日に、人生最大の愛をもらった 被害者から加害者への転落人生

某有名強盗殺人事件遺児【JIN】
エッセイ・ノンフィクション
1998年6月28日に実際に起きた強盗殺人事件。 僕は、その殺された両親の次男で、母が殺害される所を目の前で見ていた… そんな、僕が歩んできた人生は とある某テレビ局のプロデューサーさんに言わせると『映画の中を生きている様な人生であり、こんな平和と言われる日本では数少ない本物の生還者である』。 僕のずっと抱いている言葉がある。 ※I want a reason to live 〜生きる理由が欲しい〜 ※人生最悪の日に、人生最大の愛をもらった

これから本気で恋をする

餡子
恋愛
「婚約を、破棄していただきたいのです」 唐突に脈略もなく許嫁にそう言われてしまったわけだが、ちょっと待ってほしい。なぜ俺は6つも年下の、しかも格下の爵位の小娘に婚約破棄を申し出られているんだ!?

【完結】気味が悪い子、と呼ばれた私が嫁ぐ事になりまして

まりぃべる
恋愛
フレイチェ=ボーハールツは両親から気味悪い子、と言われ住まいも別々だ。 それは世間一般の方々とは違う、畏怖なる力を持っているから。だが両親はそんなフレイチェを避け、会えば酷い言葉を浴びせる。 そんなフレイチェが、結婚してお相手の方の侯爵家のゴタゴタを収めるお手伝いをし、幸せを掴むそんなお話です。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていますが違う場合が多々あります。その辺りよろしくお願い致します。 ☆現実世界にも似たような名前、場所、などがありますが全く関係ありません。 ☆現実にはない言葉(単語)を何となく意味の分かる感じで作り出している場合もあります。 ☆楽しんでいただけると幸いです。 ☆すみません、ショートショートになっていたので、短編に直しました。 ☆すみません読者様よりご指摘頂きまして少し変更した箇所があります。 話がややこしかったかと思います。教えて下さった方本当にありがとうございました!

名乗る程でもありません、ただの女官で正義の代理人です。

ユウ
恋愛
「君との婚約を破棄する」 公衆の面前で晒し物にされ、全てを奪われた令嬢は噂を流され悲しみのあまり自殺を図った。 婚約者と信じていた親友からの裏切り。 いわれのない罪を着せられ令嬢の親は多額の慰謝料を請求されて泣き寝入りするしかなくなった。 「貴方の仕返しを引き受けましょう」 下町食堂。 そこは迷える子羊が集う駆け込み教会だった。 真面目に誠実に生きている者達を救うのは、腐敗しきった社会を叩き潰す集団。 正義の代行人と呼ばれる集団だった。 「悪人には相応の裁きを」 「徹底的に潰す!」 終結したのは異色の経歴を持つ女性達。 彼女は国を陰から支える最強の諜報員だった。

最低ランクの冒険者〜胃痛案件は何度目ですぞ!?〜

恋音
ファンタジー
『目的はただ1つ、1年間でその喋り方をどうにかすること』  辺境伯令嬢である主人公はそんな手紙を持たされ実家を追放された為、冒険者にならざるを得なかった。 「人生ってクソぞーーーーーー!!!」 「嬢ちゃんうるせぇよッ!」  隣の部屋の男が相棒になるとも知らず、現状を嘆いた。  リィンという偽名を名乗った少女はへっぽこ言語を駆使し、相棒のおっさんもといライアーと共に次々襲いかかる災厄に立ち向かう。  盗賊、スタンピード、敵国のスパイ。挙句の果てに心当たりが全くないのに王族誘拐疑惑!? 世界よ、私が一体何をした!?  最低ランクと舐めてかかる敵が居れば痛い目を見る。立ちはだかる敵を薙ぎ倒し、味方から「敵に同情する」と言われながらも、でこぼこ最凶コンビは我が道を進む。 「誰かあのFランク共の脅威度を上げろッッ!」  あいつら最低ランク詐欺だ。  とは、ライバルパーティーのリーダーのお言葉だ。  ────これは嘘つき達の物語 *毎日更新中*小説家になろうと重複投稿

処理中です...