上 下
3 / 8

しおりを挟む
「え?」

 私の離婚宣言に、ダリアの顔が歪んだ。
 端正な顔立ちが台無しになり、同時に怒りの筋が額に浮かぶのが分かる。

「離婚だと……そんな……は? 何を言っているんだエミリア」

 公爵令息の怒りに少しばかり怯んだ私だが、そんな私を助けるようにモンドが口を開く。

「ダリア様。僕はエミリアの幼馴染のモンドと言います。失礼を承知で言わせて頂きます。妻であるエミリアを裏切り、そこの男爵令嬢ローラと浮気をしたあなたは、最低な男です。離婚を宣言されても何もおかしくはありません」

「は?」

 ダリアの怒りの矛先がモンドへと向いた。
 獣のような鋭い視線で彼を睨みつける。

「なんだお前は。幼馴染? はっ……エミリア、この僕を捨ててそいつと一緒になろうって算段か。あぁ、そういうことか。お前も浮気をしていたのか」

「そんなことはありません! 僕とエミリアは幼馴染の関係です! あなたのような卑劣な真似は致しません!」

 モンドが必死に叫ぶも、それをかき消すようにダリアが大声を上げる。

「ふざけるのも大概にしろ!!! 僕は公爵令息だぞ、お前らなんかの指図は受けない!!! これ以上僕に歯向かうなら容赦しないぞ!!!」

 どうしてこんな人と今まで結婚してしまっていたのか。
 ダリアの本性に完全に失望してしまった私は、過去に戻って自分を殴りたい気分になった。
 彼の威勢に押されて何も言えないでいる私たちを見て、ローラがくすっと笑う。

「エミリアさん。心配しなくても大丈夫ですよ。ダリア様のことは私が幸せにしてあげますから。あっ、もちろん演劇の中でね」

 彼女の馬鹿にするような言葉に、ダリアも賛成するように頷く。

「そうだな、これはただの演技なのだから。浮気なんかでは到底ない。エミリア、今回の勘違いの件は不問にしてやろう。その代わり、もう僕達の演技の邪魔をしないでくれ。ふふっ……」

 ダリアはそう言い放つと、嘲笑うように私たちを見下ろした。
 その目には邪悪以外の感情は籠っていなくて、本当に彼の妻である自分が恥ずかしかった。
 
「ダリア様。申し訳ありませんでした……」

 そう言ってお辞儀をする私をモンドが信じられないといった目で見つめた。

「エミリア! 何をしているんだ! 君はこれでいいのかい? このままじゃ君は……」

「もういいのよモンド。諦めましょう」

 もちろんこれは私の本心ではなかった。
 諦めることなど死んでもしたくはなかった。
 ダリアとローラを断罪することだけを考えている。
 だからこそ今は、頭を下げたのだ。

「はははっ! エミリア、その聞き分けの悪い幼馴染にもっと言ってくれ!」

 ダリアが笑うと、ローラも同じように笑みを浮かべた。
 私は自分の思惑が伝わるように目に力を籠めると、モンドは何かに気づいたように小さく頷いた。

「ダリア様……失礼致しました……」

 モンドが私と同じように頭を下げた。
 それを見て、ダリアはニヤッと笑う。

「ふふっ、それでいいんだよ。じゃあさっさと消えてくれ。僕達はまだ演技の練習が残っているのだから」

 彼はそう言うと、ローラの腰に手を当てる。

「ひゃっ……もう、ダリア様……二人が見てますよ?」

「いいじゃないか。見られながらも興奮するだろう?」

 このまま行為に及びかねない二人に背を向けると、私は歩きだした。
 モンドも私の後をついてくる。
 そのまま元いた茂みの中に隠れた私は、ポツリと呟いた。

「モンド。悔しい思いをさせてしまってごめんなさい」

「いや、いいんだ。それより何か考えがあるんだろ? どういうつもりなんだい?」

 私は茂みの隙間から、体を重ねるダリアとローラを見つめ、呟く。

「直ぐにわかるわ」

 私がそう言った瞬間、森の中に悲鳴が轟いた。
 そして数人の貴族たちが森の中から飛び出して、ダリアとローラの逢瀬を目撃した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛せないと言われたから、私も愛することをやめました

天宮有
恋愛
「他の人を好きになったから、君のことは愛せない」  そんなことを言われて、私サフィラは婚約者のヴァン王子に愛人を紹介される。  その後はヴァンは、私が様々な悪事を働いているとパーティ会場で言い出す。  捏造した罪によって、ヴァンは私との婚約を破棄しようと目論んでいた。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

処理中です...