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 ブラック公爵が連れていかれ、王子は私に手を伸ばす。
 私はそれを掴むと、ベッドから降りて、王子を見上げた。
 月明かりに照らされて、彼の端正な顔立ちが際立っていて。
 
「あ、わ、私はちょっと外に行ってるね」

 アリアナは私にウインクをすると、部屋を出て行く。
 王子はそれを見て嬉しそうに眉間にしわを寄せる。

「アリアナも色々手伝ってくれたんだ。彼女が君の友達で本当に良かった」

「はい……アリアナ様は……私の親友です」

 王子はまだ私の手を握っていた。
 あんなことがあったばかりなのに、私の脳内は既にエリック王子でいっぱいだ。

「メルダ。ブラック公爵とは離婚しよう。何かあったら全面的に僕が協力するから」

「ありがとうございます王子。すぐにでも離婚致します」

「うん、それと……僕のことはエリックでいいよ?」

「え? それはいけません! この国第一王子なのですから! 尊敬を持って呼ばないと!」
 
 すると王子はクスクスと笑い声を上げた。

「君は真面目だな。アリアナなんて敬語すら使わないよ? ふふっ……」

「だってそれは幼馴染ですから……」

 私も王子に笑みを返した。
 彼は急に真剣な目つきになると、私に言う。

「君にも敬語なんて使って欲しくないな。その……もっと親密になりたいんだ君と……」

 言葉の意味がよく分からず、私は首を傾げる。
 王子は恥ずかしそうにそっぽを向いた後、覚悟したように私に向き直る。

「メルダ。君のことが好きなんだ。どうか僕の妻になってほしい」

「……え?」

 思いもよらない言葉に唖然となる私。
 しかし王子は言葉を続ける。

「学園に入学してからずっと君のことを追いかけていた。僕の妻は君以外には考えられない……どうか、僕に君の愛をくれないだろうか?」

「エリック王子……」

 私の体温が急上昇していく。
 こんなことは生まれて初めてだった。 
 一体こんな私のどこが王子を引きつけたのだろう。

「あの王子……お言葉は嬉しいです……しかし、私は王子が思っているような人ではないと思います。私は……誰かに好かれるような価値のある人間ではありません」

 王子の気持ちはもちろん嬉しかった。
 しかし、だからといって、今までの苦痛が無くなるわけではない。
 父と妹、そしてブラック公爵から受けた苦痛は、私の自己肯定感を浚っていたのだ。

「違うよ……君は価値ある人間さ」

 王子の口調は真剣を帯びていた。
 それに嘘偽りがないのは子供でも分かる。
 
「しかし……」

「メルダ!」

 私の言葉を塞ぐように、王子が私に抱き着いた。
 瞬間一気に体温が上昇し、体中が沸騰したみたいに熱くなる。
 
「たとえ君が何と言おうと、僕は君を愛している! 絶対に振り向かせてみせる! だから僕を信じてくれ! 君が好きなんだ!」

 王子の感情が触れた箇所からひしひしと伝わってくる。
 それと同時に私の両目から涙が流れ落ちた。
 もういいのだろうか……私みたいな人間が幸せになってもいいのだろうか。

「エリック王子……私も……好きです……王子のこと……大好きです」

 泣きじゃくる私をエリック王子はずっと抱きしめてくれた。
 そして泣き止んだ私の唇に、彼はそっと口づけをした。
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