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その後、私はクラークの両親に彼の浮気の証拠を突きつけ、無事に離婚は成立した。
多額の慰謝料を譲り受け、それを費用に、急遽、私とロードの結婚式を挙げた。
「君を一生愛すと誓う、リア」
「私も! ロード!」
こうして私とロードは晴れて結婚を果たした。
しかし、ここまで来るのに既に二週間の時間が経過していた。
余命一か月である私の、残りの寿命は二週間。
焦りが体に影響を与えたように、私は時々、激しい咳に見舞われるようになった。
結婚式の翌日。
私は、両親とロードを集めて言った。
「私の命も残り二週間。もしかしたらもっと早くに死んでしまうことだってあり得る」
「そんなこと言うな!」
父が怒ったような声をあげた。
母とロードは悲しそうに俯いていた。
私は心が痛みながらも、口を開く。
「だから……皆、私のお願いを聞いてくれる?」
三人は覚悟を決めたように頷いた。
昔から私の夢は外国を旅することだった。
しかし残された時間で全ての大陸を巡るのは不可能なので、一番近い大陸へとりあえず行くことにした。
船に乗り三日。
本の中でしか知らなかった美しい都がそこにはあった。
周りを海に囲まれ、巨人を通さないように高い防壁が築かれている。
しかし壁の随所から滝が流れていて、荘厳な光景に私たちは言葉を失った。
都に入ると、活気づいた人々の声が飛びこんできた。
昼間だというのに酒に酔う人間もたくさんいて、祭りの最中を思わせた。
近くにいた人に聞いてみると、本当に祭りらしく、今日は百年に一度流星群を見ることができる日なのだという。
私たちは夜まで都を探索し、夜になると、宿の屋上へと上がった。
既に多くの人がいて、ロードが泣いて頼み込み、最前列を譲ってもらった。
私たちは一体となって夜空を見上げる。
星が瞬いた。
そう思った瞬間には、それは光の筋を作り、世界に降り注いでいた。
仲間を追いかけるように、次々と星が現れ、地上へと落ちていく。
私は息をのんだ。
この世界にこれほどまでに美しい光景があったのだろうかと。
ふいに手が握られた。
顔を見なくても分かる、ロードの温かな手だった。
私は流星群を見上げながら、彼の手を優しく握り返した。
……家に帰るまでの航海は四日かかったので、私の命の灯は一週間となった。
初めから決めていた、残り一週間になったら、穏やかに日々を過ごそうと。
だが、現実は残酷だった。
私の体調が悪化して、ついに血を吐いた。
そのまま失神した私は病院に運ばれ、起きたら三日が経過していた。
ベッドの横には悲しみに打ちひしがれる両親がいた。
しかしロードは、何が何でも諦めないような、火照った顔をしていた。
「大丈夫だから」
そう呟いてみるも、皆は私を見つめるだけで何も言わなかった。
皆の気持ちが痛いほど分かった。
二日が経ち、体調を取り戻した私は退院をした。
家に帰りとりあえず自室に籠った。
私の残りの時間はたった二日。
その重みが今になって、私を苦しめた。
だが、私は不思議と冷静だった。
胸に手を当てると、深呼吸をする。
自分の中にある闇をなだめるように。
「悩んでいる暇はない」
何度もその言葉を繰り返した。
勇気を得た私は、部屋を飛び出した。
たった二日で出来ることは限られていた。
私はこの二日を皆と一緒に過ごしたかった。
家に仕える使用人やメイドに一人一人声をかけた。
名前を呼び、故郷や家族などの他愛もない話をして、そして別れる。
皆私の事情を知っているのだろう、一様に悲しそうな顔を浮べていた。
一日が経過して、私は体が動かなくなった。
最後の日をベッドで過ごすことになるとは思わなかったが、自宅であるだけ幾分かマシだった。
病院のベッドも嫌いじゃないが、独特の無機質さと不安が込み上げてくるから。
「お父さん、お母さん」
幸い声は出せた。
掠れたような汚い声だが、致し方ない。
「今までありがとう……私の分まで長生きしてね」
両親は何度も頷いた。
目から涙を流し、それを拭く暇も惜しんで、私を見つめていた。
私は少し微笑むと、今度はロードに言う。
「ロード……辛い思いさせてごめんね」
「ううん。僕はこの一か月間、最高に幸せだった。君との時間は僕の永遠の宝物さ」
ロードも泣いていた。
頬を流れる涙のしずくが、私の手の甲に落ちたが、感触はなかった。
「そっか……ありがとう……私も幸せだったよ」
思っていたよりも、最期はあっさりと訪れた。
瞼が重くなり、身を任せるように私は眠った。
あの都で見た流星群が、消えゆく私の脳裏に降り注ぐ。
美しく、荘厳な、世界の奇跡とも言える、あの光景が。
多額の慰謝料を譲り受け、それを費用に、急遽、私とロードの結婚式を挙げた。
「君を一生愛すと誓う、リア」
「私も! ロード!」
こうして私とロードは晴れて結婚を果たした。
しかし、ここまで来るのに既に二週間の時間が経過していた。
余命一か月である私の、残りの寿命は二週間。
焦りが体に影響を与えたように、私は時々、激しい咳に見舞われるようになった。
結婚式の翌日。
私は、両親とロードを集めて言った。
「私の命も残り二週間。もしかしたらもっと早くに死んでしまうことだってあり得る」
「そんなこと言うな!」
父が怒ったような声をあげた。
母とロードは悲しそうに俯いていた。
私は心が痛みながらも、口を開く。
「だから……皆、私のお願いを聞いてくれる?」
三人は覚悟を決めたように頷いた。
昔から私の夢は外国を旅することだった。
しかし残された時間で全ての大陸を巡るのは不可能なので、一番近い大陸へとりあえず行くことにした。
船に乗り三日。
本の中でしか知らなかった美しい都がそこにはあった。
周りを海に囲まれ、巨人を通さないように高い防壁が築かれている。
しかし壁の随所から滝が流れていて、荘厳な光景に私たちは言葉を失った。
都に入ると、活気づいた人々の声が飛びこんできた。
昼間だというのに酒に酔う人間もたくさんいて、祭りの最中を思わせた。
近くにいた人に聞いてみると、本当に祭りらしく、今日は百年に一度流星群を見ることができる日なのだという。
私たちは夜まで都を探索し、夜になると、宿の屋上へと上がった。
既に多くの人がいて、ロードが泣いて頼み込み、最前列を譲ってもらった。
私たちは一体となって夜空を見上げる。
星が瞬いた。
そう思った瞬間には、それは光の筋を作り、世界に降り注いでいた。
仲間を追いかけるように、次々と星が現れ、地上へと落ちていく。
私は息をのんだ。
この世界にこれほどまでに美しい光景があったのだろうかと。
ふいに手が握られた。
顔を見なくても分かる、ロードの温かな手だった。
私は流星群を見上げながら、彼の手を優しく握り返した。
……家に帰るまでの航海は四日かかったので、私の命の灯は一週間となった。
初めから決めていた、残り一週間になったら、穏やかに日々を過ごそうと。
だが、現実は残酷だった。
私の体調が悪化して、ついに血を吐いた。
そのまま失神した私は病院に運ばれ、起きたら三日が経過していた。
ベッドの横には悲しみに打ちひしがれる両親がいた。
しかしロードは、何が何でも諦めないような、火照った顔をしていた。
「大丈夫だから」
そう呟いてみるも、皆は私を見つめるだけで何も言わなかった。
皆の気持ちが痛いほど分かった。
二日が経ち、体調を取り戻した私は退院をした。
家に帰りとりあえず自室に籠った。
私の残りの時間はたった二日。
その重みが今になって、私を苦しめた。
だが、私は不思議と冷静だった。
胸に手を当てると、深呼吸をする。
自分の中にある闇をなだめるように。
「悩んでいる暇はない」
何度もその言葉を繰り返した。
勇気を得た私は、部屋を飛び出した。
たった二日で出来ることは限られていた。
私はこの二日を皆と一緒に過ごしたかった。
家に仕える使用人やメイドに一人一人声をかけた。
名前を呼び、故郷や家族などの他愛もない話をして、そして別れる。
皆私の事情を知っているのだろう、一様に悲しそうな顔を浮べていた。
一日が経過して、私は体が動かなくなった。
最後の日をベッドで過ごすことになるとは思わなかったが、自宅であるだけ幾分かマシだった。
病院のベッドも嫌いじゃないが、独特の無機質さと不安が込み上げてくるから。
「お父さん、お母さん」
幸い声は出せた。
掠れたような汚い声だが、致し方ない。
「今までありがとう……私の分まで長生きしてね」
両親は何度も頷いた。
目から涙を流し、それを拭く暇も惜しんで、私を見つめていた。
私は少し微笑むと、今度はロードに言う。
「ロード……辛い思いさせてごめんね」
「ううん。僕はこの一か月間、最高に幸せだった。君との時間は僕の永遠の宝物さ」
ロードも泣いていた。
頬を流れる涙のしずくが、私の手の甲に落ちたが、感触はなかった。
「そっか……ありがとう……私も幸せだったよ」
思っていたよりも、最期はあっさりと訪れた。
瞼が重くなり、身を任せるように私は眠った。
あの都で見た流星群が、消えゆく私の脳裏に降り注ぐ。
美しく、荘厳な、世界の奇跡とも言える、あの光景が。
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