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夫のクラークの部屋をノックもせずに開けた。
突然の私の来訪に、クラークは唖然とした表情を向ける。
「リア!? なんだ突然」
「クラーク様。お話があります」
私は部屋に入り、扉をバンと閉めた。
「離婚してください。今すぐに」
「……は?」
理解不能な難しい問題を提示されたように、クラークの顔に困惑が広がる。
しかし私は、同情の言葉をかけることもなく、言葉を続けた。
「先ほど、病院に行ってまいりました。そして余命一か月の宣告を受けました。余生をクラーク様と過ごしたくはないので、即刻離婚してください!」
言ってしまった。
心臓がいつもの何倍も早く動いている気がした。
体中が熱くなり、同時に感じた事のない爽快感が全身に広がる。
「余命一か月……な、何を……は?」
クラークは私の言葉が呑み込めていないようで、頭をかいていた。
「全て事実です。離婚してくれますね?」
「するわけがないだろう!!!」
クラークは椅子から立ち上がると、私に詰め寄ってくる。
困惑の色が半分ほど怒りのようなものに変化していた。
「お前の余命が一か月か何だか知らないが、離婚は認めない! そんなことをしたら侯爵家当主の名が廃る! 離婚されたなんて知られたら、末代まで笑い者にされる!」
チクリと心が痛む。
この人にとっては私と離れる辛さよりも、自分が笑われる辛さの方が重要なのだ。
「なぜそんなことを気にするのです? 妻の私が死ぬのですよ?」
思わず口調がきつくなる。
しかしクラークは嘲笑するように、頬を緩めた。
「ふん、お前が死のうがどうでもいい。僕にとっては自分が一番大事なんだから。とにかく離婚は認めない、死ぬまでお前は僕の妻だ」
なんでこんな男の妻をやっていたのだろう。
結婚したことを強く後悔して、私は情け容赦を捨てることにした。
ポケットから彼の浮気の証拠写真を取り出す。
「これを見ても、まだ同じことが言えますか?」
「え」
写真を見たクラークの顔が強張った。
次の瞬間には、雷雲のように顔を曇らせ始め、次第に青みがかってくる。
「クラーク様、浮気されていますよね。私と離婚を認めて頂けないのなら、これを知り合いの貴族たちに配布させて頂きます」
「なんだと!?」
「本来なら既に配布している所です。しかし私の好意で今まで黙っていたのです。クラーク様、もう諦めてください」
クラークは悔しそうに歯ぎしりをしていた。
おそらく、その脳内では、離婚と浮気を告発されることを天秤にかけているに違いなかった。
時計のカチコチという音だけが部屋に響いていた。
病院でしていた雨の音はしなかった。
「……分かった。離婚を認める」
唸るような声でクラークはそう言った。
私は難を逃れた時みたく、安堵の息をはいた。
「では私には時間がないので、これで失礼させて頂きます」
そう言うと、浮気の証拠写真をポケットにしまう。
後で言いがかりでもつけてきたら、またこれを突きだそう。
「ま、待て……」
私は部屋を立ち去ろうとするが、クラークの声に歩を止めた。
振り返り、彼の真っ青な顔を見つめる。
「お前はなんでそんなに生き生きとしている? あと一か月しか生きられないのだろう?」
子供がなんで空は青いのかと質問するのと同じような、素朴な疑問を聞いているようだった。
私は少し考えて答える。
「残り一か月の命、好きなことをして生きると決めたのです。だからうだうだ悩んでいる暇はないのです」
クラークは「ふん」と鼻を鳴らすと、早く出ていけと手を私に振った。
私は頷くと、足早に部屋を後にした。
突然の私の来訪に、クラークは唖然とした表情を向ける。
「リア!? なんだ突然」
「クラーク様。お話があります」
私は部屋に入り、扉をバンと閉めた。
「離婚してください。今すぐに」
「……は?」
理解不能な難しい問題を提示されたように、クラークの顔に困惑が広がる。
しかし私は、同情の言葉をかけることもなく、言葉を続けた。
「先ほど、病院に行ってまいりました。そして余命一か月の宣告を受けました。余生をクラーク様と過ごしたくはないので、即刻離婚してください!」
言ってしまった。
心臓がいつもの何倍も早く動いている気がした。
体中が熱くなり、同時に感じた事のない爽快感が全身に広がる。
「余命一か月……な、何を……は?」
クラークは私の言葉が呑み込めていないようで、頭をかいていた。
「全て事実です。離婚してくれますね?」
「するわけがないだろう!!!」
クラークは椅子から立ち上がると、私に詰め寄ってくる。
困惑の色が半分ほど怒りのようなものに変化していた。
「お前の余命が一か月か何だか知らないが、離婚は認めない! そんなことをしたら侯爵家当主の名が廃る! 離婚されたなんて知られたら、末代まで笑い者にされる!」
チクリと心が痛む。
この人にとっては私と離れる辛さよりも、自分が笑われる辛さの方が重要なのだ。
「なぜそんなことを気にするのです? 妻の私が死ぬのですよ?」
思わず口調がきつくなる。
しかしクラークは嘲笑するように、頬を緩めた。
「ふん、お前が死のうがどうでもいい。僕にとっては自分が一番大事なんだから。とにかく離婚は認めない、死ぬまでお前は僕の妻だ」
なんでこんな男の妻をやっていたのだろう。
結婚したことを強く後悔して、私は情け容赦を捨てることにした。
ポケットから彼の浮気の証拠写真を取り出す。
「これを見ても、まだ同じことが言えますか?」
「え」
写真を見たクラークの顔が強張った。
次の瞬間には、雷雲のように顔を曇らせ始め、次第に青みがかってくる。
「クラーク様、浮気されていますよね。私と離婚を認めて頂けないのなら、これを知り合いの貴族たちに配布させて頂きます」
「なんだと!?」
「本来なら既に配布している所です。しかし私の好意で今まで黙っていたのです。クラーク様、もう諦めてください」
クラークは悔しそうに歯ぎしりをしていた。
おそらく、その脳内では、離婚と浮気を告発されることを天秤にかけているに違いなかった。
時計のカチコチという音だけが部屋に響いていた。
病院でしていた雨の音はしなかった。
「……分かった。離婚を認める」
唸るような声でクラークはそう言った。
私は難を逃れた時みたく、安堵の息をはいた。
「では私には時間がないので、これで失礼させて頂きます」
そう言うと、浮気の証拠写真をポケットにしまう。
後で言いがかりでもつけてきたら、またこれを突きだそう。
「ま、待て……」
私は部屋を立ち去ろうとするが、クラークの声に歩を止めた。
振り返り、彼の真っ青な顔を見つめる。
「お前はなんでそんなに生き生きとしている? あと一か月しか生きられないのだろう?」
子供がなんで空は青いのかと質問するのと同じような、素朴な疑問を聞いているようだった。
私は少し考えて答える。
「残り一か月の命、好きなことをして生きると決めたのです。だからうだうだ悩んでいる暇はないのです」
クラークは「ふん」と鼻を鳴らすと、早く出ていけと手を私に振った。
私は頷くと、足早に部屋を後にした。
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