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「クロエは女の子なんだから、いつも可愛くしていなきゃね」
「そうだな。婚約者が見つからないなんてことがないようにしないと」
眠れない夜、私は両親の部屋の前に立っていた。
少しだけ開いた扉の隙間から、かすかな光と二人の声が漏れてくる。
「ほら、この人なんていいんじゃない? 誠実そうだし」
「うーん。でも、結婚相手にふさわしいだろうか?」
当時九歳の私には二人の話がよく理解できなかった。でも、部屋に入るべきではないと感じた。
普段ならノックもしないで絵本を読んでと頼むところだが、その時はなぜか思いとどまった。
私は静かに踵を返し、自分の部屋に戻った。
足音を立てずに、しずかに、しずかに。
部屋に戻ると、心臓がドキドキしていた。
お父さんの大事にしていた壺を割ってしまったときのように。
何も悪いことをしていないのに、この気持ちはなんだろう。
「女の子だから……」
母親の言葉が頭から離れなかった。
……それから数日後。
私の婚約者が突然決まった。
父の部屋でその話を聞かされた私は、首をかしげた。
「婚約者? それって何?」
父は嬉しそうに笑って言った。
「お前が愛する人だよ。彼の名はエルド、君と一緒に人生を歩むんだ」
幸せ……その言葉に胸が高鳴った。
絵本の中の姫も王子様と出会って幸せになったとあったし。
男の人と出会ったら幸せになれるのかな。
私は無邪気に父に尋ねた。
「じゃあ、お父さんもお母さんと出会って幸せなんだね!」
「まあ……そうかもしれないな……うん……」
父は赤面して目を逸らした。
内心嬉しいのだろう、と私は思ったが、あえて言葉にはしなかった。
父が照れているのを見て、私も少しだけ嬉しくなった。
「とにかくだ。お前はこのエルドという青年と婚約するんだ。九年後、お前が十八歳になったときに正式に結婚して夫婦になる。」
「夫婦って、お父さんとお母さんみたいに?」
「ああ、その通りだ」
父はエルドの写真を見せてくれた。
彼は私より二つ上で、十一歳。笑顔が大人っぽく見えた。
「この人が……」
私の想像が膨らむ。
素敵な馬車にたくさんのお菓子。
晴れた日に二人で草原を駆け回り、外国の高い塔を見に行く。
隣にエルドがいて、優しく微笑んでいる。
「どうだ?楽しみだろう?」
父は私の心を見透かすように微笑んだ。
今日の父はなんだか子供っぽくて好きだった。
「うん!すごく楽しみ!」
それからの日々は夢のように過ぎ去った。
エルドと顔を合わせ、正式に婚約を結んだ。
一年が過ぎ、また一年が過ぎ、いつの間にか私も十八歳になった。
「待っていたよ、クロエ」
絵本のような豪華な馬車に揺られながら、私はエルドの屋敷に到着した。
案内されて彼の部屋に入ると、エルドが微笑んでいた。
「お待たせしました。これからよろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をする。しかし、エルドの顔は浮かない。
「あの、エルド様?どうかしましたか?」
私が尋ねても、彼は黙っている。
「エルド様……?」
「クロエ」
彼の声は冷たい。これまで聞いたことのない、冷たく鋭い声。
エルドは私を見つめ、こう言った。
「君のことは愛していない。だから、これからはお飾りの妻として生きてくれ」
「そうだな。婚約者が見つからないなんてことがないようにしないと」
眠れない夜、私は両親の部屋の前に立っていた。
少しだけ開いた扉の隙間から、かすかな光と二人の声が漏れてくる。
「ほら、この人なんていいんじゃない? 誠実そうだし」
「うーん。でも、結婚相手にふさわしいだろうか?」
当時九歳の私には二人の話がよく理解できなかった。でも、部屋に入るべきではないと感じた。
普段ならノックもしないで絵本を読んでと頼むところだが、その時はなぜか思いとどまった。
私は静かに踵を返し、自分の部屋に戻った。
足音を立てずに、しずかに、しずかに。
部屋に戻ると、心臓がドキドキしていた。
お父さんの大事にしていた壺を割ってしまったときのように。
何も悪いことをしていないのに、この気持ちはなんだろう。
「女の子だから……」
母親の言葉が頭から離れなかった。
……それから数日後。
私の婚約者が突然決まった。
父の部屋でその話を聞かされた私は、首をかしげた。
「婚約者? それって何?」
父は嬉しそうに笑って言った。
「お前が愛する人だよ。彼の名はエルド、君と一緒に人生を歩むんだ」
幸せ……その言葉に胸が高鳴った。
絵本の中の姫も王子様と出会って幸せになったとあったし。
男の人と出会ったら幸せになれるのかな。
私は無邪気に父に尋ねた。
「じゃあ、お父さんもお母さんと出会って幸せなんだね!」
「まあ……そうかもしれないな……うん……」
父は赤面して目を逸らした。
内心嬉しいのだろう、と私は思ったが、あえて言葉にはしなかった。
父が照れているのを見て、私も少しだけ嬉しくなった。
「とにかくだ。お前はこのエルドという青年と婚約するんだ。九年後、お前が十八歳になったときに正式に結婚して夫婦になる。」
「夫婦って、お父さんとお母さんみたいに?」
「ああ、その通りだ」
父はエルドの写真を見せてくれた。
彼は私より二つ上で、十一歳。笑顔が大人っぽく見えた。
「この人が……」
私の想像が膨らむ。
素敵な馬車にたくさんのお菓子。
晴れた日に二人で草原を駆け回り、外国の高い塔を見に行く。
隣にエルドがいて、優しく微笑んでいる。
「どうだ?楽しみだろう?」
父は私の心を見透かすように微笑んだ。
今日の父はなんだか子供っぽくて好きだった。
「うん!すごく楽しみ!」
それからの日々は夢のように過ぎ去った。
エルドと顔を合わせ、正式に婚約を結んだ。
一年が過ぎ、また一年が過ぎ、いつの間にか私も十八歳になった。
「待っていたよ、クロエ」
絵本のような豪華な馬車に揺られながら、私はエルドの屋敷に到着した。
案内されて彼の部屋に入ると、エルドが微笑んでいた。
「お待たせしました。これからよろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をする。しかし、エルドの顔は浮かない。
「あの、エルド様?どうかしましたか?」
私が尋ねても、彼は黙っている。
「エルド様……?」
「クロエ」
彼の声は冷たい。これまで聞いたことのない、冷たく鋭い声。
エルドは私を見つめ、こう言った。
「君のことは愛していない。だから、これからはお飾りの妻として生きてくれ」
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