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 生まれた時から私は勝ち組で、幸せな人生を歩みはずだった。
 それなのに、オールドは不倫をして、私よりもブスなメイドの方を選んだ。
 
「くそっ!」

 自室に戻った私は、夜中にも関わらず椅子を蹴り上げた。
 木の椅子が壁に当たり、ミシっと嫌な音を立てる。
 物に当たっても仕方がない。
 私は自分を納得させるようにため息をはくが、心のもやもやがそう簡単に収まるはずもない。

「私は幸せになるんだから」

 自分の美しさと幸運を思い出した私は、ベッドにもぐりこみ、目を閉じた。
 
 ……翌朝、私はアリスを連れて家を出た。
 こんな汚らわしい場所は一刻も早く立ち去りたかった。
 庭に待機させておいた馬車に乗り込むと、アリスが泣き始める。

「大丈夫だからね」

 アリスの頭を何度も撫でると、やがて泣き疲れた様に眠った。
 馬車の程よい揺れが子守唄となり、表情は健やかだ。
 
「アリス、大丈夫だからね。私があなたのことを守るから」

 もう産んでしまった以上、この子の面倒は私が見なくてはいけない。
 それが母親としての責任だ。
 しかし彼女が綺麗な顔に産まれてきて本当に良かった。
 姉やあのメイドのように、ブスに産まれたら今頃うんざりした気持ちになっていただろう。

「大丈夫だからね」

 もう一度同じ言葉を放つが、半分は自分に向けての言葉だった。
 たとえオールドと離婚したとしても、私なら大丈夫、きっと。

 馬車に乗ること数十分。
 やっと実家が見えてきた。
 門から中に入ると、庭に馬車を停めて、私はアリスと共に、馬車から降りる。
 庭には他にも数台の馬車や荷車が置かれていて、まるで引っ越しでもするような雰囲気だ。

 近くをうろうろしていた初老の庭師をつかまえると、何かあったのかと聞いてみる。
 すると彼は気まずそうに顔を曇らせた。

「えっと、わしもよく知りませんが、どうやら家を売るみたいですよ?」

「は?」

「詳しくは旦那様か奥様に聞いてください、わしには何とも……」

 庭師はそう言うと、仕事を思い出したとか言って、逃げるように去っていった。
 私はアリスを抱っこしたまま、その場で数秒固まる。 
 しかしすぐに取り繕うように笑みを浮かべた。

「きっと、領地管理が上手くいって、新しい所へ引っ越すのね。そうよ、そうに決まっている」

 もう一つの可能性も脳裏をよぎったが、そのことについてはあえて考えないようにした。

 家の中に入ると、使用人たちが慌ただしく働いていた。
 壁に掛けられた絵画や、家具を運び出し、それを外に持ち出そうとしている。
 しかし、いくつかは残すみたいで、そのままにされている家具もあった。

 アリスをぶつけてしまわないように注意しながら、廊下をゆっくりと進んでいく。
 応接間の扉が開いていたので、ちらっと中を覗いてみると、頭を抱える両親の姿があった。
 先ほど脳裏をよぎった、もう一つの可能性が頭角を現していく。

「お父様、お母様。これは一体、どういうことなのでしょうか?」

 私の姿を見て、二人は驚いたように目を見開いた。
 演技っぽく苦笑を浮かべたが、ごまかせないと悟ったのか、父が口火を切る。

「すまない、ソフィア。この家は売ることになった」

「庭師の方から聞きました。えっと……お引越しをするということですよね? 次はどんなお屋敷なのですか?」

 しかし父は首を横に振ると、虚ろな目を私に向ける。

「違う……売れそうな家具は売り、この土地自体も売る。私たちは今日から貴族ではなくなる、平民になるんだ。平民街のボロ屋に住むことになる」

 鈍器で殴られたような衝撃が、私を襲う。
 今度は母が口を開く。

「で、でもあなたには迷惑はかけないわ! 平民になるのはあくまで私たち! あなたはオールドさんの所で暮らしていけば……」

「離婚しました……」

「「え?」」

 二人の顔が真っ青になる。
 きっと私の顔もそれと同じ色だろう。

「そもそも……ど、どうして家を売る羽目に……」

 私の問いに、父が震える唇で答える。

「ライラが公爵家に嫁いだからだ。あいつがいなくなって領地管理が上手くできなくなった。それを補填しようとして事業を興したけれど、失敗した。後に残ったのは莫大な借金だけ……」

「え……あ……でも、それならお姉様に頼めば!」

「それはできない」

 父は拳をぎゅっと握ると、言葉を続ける。

「嫁ぐ際に、あいつは私たちと離縁した。もう家族の縁は切りたいと、新しい人生を歩みたいと言ってきたんだ。だからもう赤の他人なんだ」

「そんな……」

 絶望的な状況を感じ取ったのか、アリスが泣き始めた。
 私はアリスをなだめる余裕もなく、ただただ虚空を見つめていた。
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