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子爵家の次女として生まれた私は、病弱だった。
両親の話によると、生後数週間はたびたび呼吸が止まり、大変だったらしい。
その影響を受けてか、成長しても私は常日頃から体調を崩し、部屋で寝込むことが多かった。
「エミリア。焦らなくていいから、ゆっくり休むのよ」
母はそんな私にいつも優しい言葉をかけてくれた。
私が目を覚ましてしまった時などは、絵本を読み聞かせてくれて、そんな母のことが私は大好きだった。
しかし父は違った。
「エミリア。いつまでそうしているつもりだ。病弱なフリなどさっさと止めろ。子爵家の面汚しめ」
とても自分の娘にかける言葉とは思えなかった。
父の陰湿な所は、それを私と二人きりの時だけ言うこと。
母の前では、娘を心配する父に成り済ますのだ。
父は私への暴言を楽しんでいるようだった。
ストレス発散の道具として、私を利用しているみたいだった。
だが私が十歳になった頃、父がいつものように私を侮辱していると、部屋の扉が静かに開いて、姉のサマンサが入ってきた。
父は悪口に夢中で、姉に気づかず、ペラペラと流暢に口を開いている。
私が安堵したのも束の間、姉の顔が醜く歪んだ。
「お父様。とても楽しいことをしてらっしゃいますね」
「え……サマンサ!? あ、こ、これは……」
父の顔が真っ青になる。
しかし姉はそんな父を糾弾することもなく、不気味な笑顔で言う。
「その役目、私に引き継がせて頂けませんか?」
父が「なにを」と困惑を露わにした。
姉は私にちらっと視線を飛ばして、答える。
「だって、すごく楽しそうでしたから。お父様は他にやるべきことがたくさんあるでしょうから。ふふっ」
「そ、そうだな。この役はお前に任せよう。ははっ」
姉のサマンサは、いつも飄々としていて掴みどころのない人だった。
しかし本心は父と同じのようで、嬉しそうに私を見ていた。
「これからたくさん楽しもうね、エミリア」
その日から、姉は父に代わり私を侮辱するようになった。
父のように熱心ではないものの、言葉のナイフは徐々に私の心を傷つけていく。
「エミリア。また寝ているの? このままじゃ本当にブタになってしまうわよ」
「たまには外で走ってきたら? 大丈夫よ、喉が渇いたら地べたの水でも啜ればいいわ」
私は確かに絶望していた。
父と姉に蔑まれ、心が何倍にも重たく感じた。
次第に私は感情を消すようになった。
そうしていれば、悲しい思いを抱かずに済むから。
そんな生活が数年続き、私はあることを考えるようになっていた。
こんな私が生きる意味なんてあるのだろうか。
子爵家の面汚しである私は、死んだ方が良いのではないのか……と。
次第に、母の優しい声も意味を為さなくなった。
全てが色褪せて見えて、生きるのがとても苦しいものに感じた。
気づいたら私は部屋を飛び出していた。
病弱な私はすぐに息を切らしたが、それでも足を止めることはなかった。
幸い夜中だったので、私は気づかれずに家を抜け出せた。
行く当てなんてなかった。
しかし、どこかに辿り着きたかった。
楽園のような場所があるのだと、この時の私は信じて疑わなかった。
大通りの噴水広場まで来た。
ついに足がもつれ、私はその場に転んだ。
足が痙攣したようにびくびくと動いていた。
もう歩けないと私は悟った。
「あの……大丈夫ですか?」
背後からした声に、私は振り返る。
月明かりに照らされて、彼の姿がくっきりと私の目に飛び込んできた。
青い髪が幻想的に輝いていた。
「あ、僕アレンっていいます……えっと……何かあったのですか?」
これが私とアレンの出会いだった。
両親の話によると、生後数週間はたびたび呼吸が止まり、大変だったらしい。
その影響を受けてか、成長しても私は常日頃から体調を崩し、部屋で寝込むことが多かった。
「エミリア。焦らなくていいから、ゆっくり休むのよ」
母はそんな私にいつも優しい言葉をかけてくれた。
私が目を覚ましてしまった時などは、絵本を読み聞かせてくれて、そんな母のことが私は大好きだった。
しかし父は違った。
「エミリア。いつまでそうしているつもりだ。病弱なフリなどさっさと止めろ。子爵家の面汚しめ」
とても自分の娘にかける言葉とは思えなかった。
父の陰湿な所は、それを私と二人きりの時だけ言うこと。
母の前では、娘を心配する父に成り済ますのだ。
父は私への暴言を楽しんでいるようだった。
ストレス発散の道具として、私を利用しているみたいだった。
だが私が十歳になった頃、父がいつものように私を侮辱していると、部屋の扉が静かに開いて、姉のサマンサが入ってきた。
父は悪口に夢中で、姉に気づかず、ペラペラと流暢に口を開いている。
私が安堵したのも束の間、姉の顔が醜く歪んだ。
「お父様。とても楽しいことをしてらっしゃいますね」
「え……サマンサ!? あ、こ、これは……」
父の顔が真っ青になる。
しかし姉はそんな父を糾弾することもなく、不気味な笑顔で言う。
「その役目、私に引き継がせて頂けませんか?」
父が「なにを」と困惑を露わにした。
姉は私にちらっと視線を飛ばして、答える。
「だって、すごく楽しそうでしたから。お父様は他にやるべきことがたくさんあるでしょうから。ふふっ」
「そ、そうだな。この役はお前に任せよう。ははっ」
姉のサマンサは、いつも飄々としていて掴みどころのない人だった。
しかし本心は父と同じのようで、嬉しそうに私を見ていた。
「これからたくさん楽しもうね、エミリア」
その日から、姉は父に代わり私を侮辱するようになった。
父のように熱心ではないものの、言葉のナイフは徐々に私の心を傷つけていく。
「エミリア。また寝ているの? このままじゃ本当にブタになってしまうわよ」
「たまには外で走ってきたら? 大丈夫よ、喉が渇いたら地べたの水でも啜ればいいわ」
私は確かに絶望していた。
父と姉に蔑まれ、心が何倍にも重たく感じた。
次第に私は感情を消すようになった。
そうしていれば、悲しい思いを抱かずに済むから。
そんな生活が数年続き、私はあることを考えるようになっていた。
こんな私が生きる意味なんてあるのだろうか。
子爵家の面汚しである私は、死んだ方が良いのではないのか……と。
次第に、母の優しい声も意味を為さなくなった。
全てが色褪せて見えて、生きるのがとても苦しいものに感じた。
気づいたら私は部屋を飛び出していた。
病弱な私はすぐに息を切らしたが、それでも足を止めることはなかった。
幸い夜中だったので、私は気づかれずに家を抜け出せた。
行く当てなんてなかった。
しかし、どこかに辿り着きたかった。
楽園のような場所があるのだと、この時の私は信じて疑わなかった。
大通りの噴水広場まで来た。
ついに足がもつれ、私はその場に転んだ。
足が痙攣したようにびくびくと動いていた。
もう歩けないと私は悟った。
「あの……大丈夫ですか?」
背後からした声に、私は振り返る。
月明かりに照らされて、彼の姿がくっきりと私の目に飛び込んできた。
青い髪が幻想的に輝いていた。
「あ、僕アレンっていいます……えっと……何かあったのですか?」
これが私とアレンの出会いだった。
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