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「お姉様……どうしてここに?」

「あなたに縁談が来たと使用人たちが噂しているのを聞いたのよ」

 姉の声は緊迫していた。
 扉を閉めると、私の隣まで歩いてきて、父を睨むように見つめる。

「お父様。縁談の件は本当なのでしょうか? この子に公爵家からの縁談なんて……何かの間違いではないですか?」

 セレスの言葉に、父は頬を指でかきながら答える。

「私もそう思ったんだが、間違いではないらしい。再三確認しても妹の方と縁談したいと」

「そんな……!」

 姉は顔を歪めると、今度は私に鋭い目を向けた。

「私にはこの子が公爵家を支えるに値する人間には思えません。公爵家との縁談など不釣り合いです」

 父は姉をなだめるように言う。

「お前の言いたいことは分かる。しかし、相手側がそう言っている以上、縁談相手を変更するわけにもいかない。ましてや縁談を断るなど考えられない。お前なら分かるだろう」

 姉は俯き、大きな舌打ちをする。

「……しかしアクアはまだ未熟です。今のこの子が公爵家に嫁いだところで迷惑をかけるのは目に見えています。ならば私が相手側に直談判して……」

「お姉様」

 私は勇気を振り絞り言葉を放った。
 今までの仕返しをするかのように、多少の怒気と意地悪さを込めて。

「悔しいのは分かりますが、受け入れてください。これが現実なのです」

「な……あなた……何を言っているの?」

 普段口数の少ない私が感情豊かに話すのを見て、姉は動揺しているようだった。
 しかし私は口を止めることはない。

「言葉の通りです。公爵家からの縁談はお姉様ではなく、私に来たのです。相手を変更することも拒否することも得策ではありません。完璧なお姉様ならその程度のこと分かりますよね」

「で、でも……あなたは……」

「みっともないですよ。お姉様ともあろうお方がそんなに慌てて。潔く現実を受け止めて、私の縁談を祝福してください。そうすれば今までのことは許してあげます」

 昔姉に言われた、数々の言葉が思い浮かんだ。
 あの時の嫌悪感と共に、私は姉を睨みつける。
 姉は項垂れて、拳をぎゅっと握った。
 そして次に顔を上げた時には、悲しそうな笑みを浮べていた。

「おめでとうアクア」

 姉はそれだけ言うと、体の向きを変えて書斎を出て入った。

 ……その後、私と公爵家のクリストの縁談は滞りなく進んだ。
 彼は心優しい穏やかな人で、私をパーティー会場で見て一目惚れしたと言っていた。
 誰かに特別に想われることはこんなに嬉しいことなのかと、この時初めて知った。

 私が家を出る日、姉は見送ってはくれなかった。
 しかしそんなことはどうでも良かった。
 
 私はこれからクリストの妻……公爵夫人として生きるのだ。
 何もできない無能なアクアは、この日をもって、完璧に消え去るのだ。
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