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 伯爵令息には馴染みのない意地悪な声。
 ロールはショックを受けたように、口をぽかんと開けたが、すぐに反感を示した。

「どういうことよ! 私のこと愛してくれていたんじゃないの!?」

「金のために決まっているだろう。母親の遺産はお義父さんが管理すると思ったから、エルじゃなくてお前を選んだんだ。お義父さんはお前にめっぽう甘いからな」

「酷い……私のことを金づると思っていたなんて!」

 二人は犬猿の仲みたくにらみ合う。
 しかしマイクが先に退くと、私に懇願するような目を向けた。

「エル。僕にはお金が必要だったんだ。夢のために」

「夢?」

「ああ、新しい事業を興してお金持ちになって、困っている人達を救いたいんだ。でもそのためには多額の金がいる。だからロールと結婚したんだ」

 今更そんなことを言われて、私がなびくとでも思っているのか。
 随分舐められたものだと思い黙っていると、彼は愚かにも言葉を続ける。

「エル。僕は心の底から愛しているのは君だけだ。もう一度僕とやり直そう」

「嫌よ」

「……え?」

 即答してみると、マイクの顔が困惑に歪む。

「どうしてだエル。僕達はあんなに愛し合っていたじゃないか!」

「その愛を壊したのはあなたでしょう。今更そんなこと言われても、あなたとよりを戻す気はないわ。むしろ慰謝料を請求するわね」

「え……」

 マイクの顔が真っ青になる。

「い、いや、待ってくれ! それだけは勘弁してくれ、今そんなことされたら……」

 どうやらマイクは金には困っているらしい。
 私は笑顔を浮かべると、明るい声で言った。

「請求するわね?」

 マイクの顔面が凍り付いた。
 もうどうしようもないと悟った彼は、分かりやすく項垂れると、「ああ」と答えた。

 目の前の三人はそれぞれに絶望の表情を浮かべていた。
 当主を奪われた父、夫に裏切られた妹、希望を打ち砕かれた元夫。

「何か異論はありますか?」

 思わず声が弾んでしまうのは、少しだけ申し訳ない。


 ……数日後。
 狭苦しい部屋から出たように、外の空気は澄んでいた。
 まだ朝の四時と寒い時間だが、それが逆に空気を何倍にも芳醇にさせている。

「お嬢様。お気をつけて」

 馬車の前でメイドのサラが私に言う。
 私は彼女の顔をしっかり見つめて、頷いた。
 だが、悲しい気持ちが湧いてきて、思わず眉が下がってしまう。

「サラも来たらいいのに」

 子供が拗ねるような声が出てしまい、慌てて口を押える。
 それを見て、サラは嬉しそうに笑った。

「私はこの家に仕えるメイドです。この家と共にいたいのです」

「ごめん、愚問だったわね」

「いえ」

 サラに別れを告げて馬車に乗り込むと、程なく進みだす。
 私は住み慣れた我が家を窓から見ながら、切ないような清々しいような妙な心持になった。

 当主となった私は、母の遺産は宣言通り全額寄付した。
 マイクはギャンブルで借金をしていたようだったが、容赦なく慰謝料を請求し、徐々に返していくという契約を結んだ。

 ロールはすっかり大人しくなり、部屋に籠りきりになった。
 縁談相手を探しに行く気力もないようで、精気のない父と共に、家で穏やかに過ごしている。
 
 私はそんな家を離れ、祖父母の家へと向かっていた。
 母の遺言状に書かれていたのだ。
 困った時は祖父母を頼りなさいと。

 もう困りごとはなくなってしまったが、それでもあの家にはいたくなかった。
 それに当主というのも性に合わないし。

 父に当主の座は譲ったものの、父はいい顔をしなかった。
 母の遺産がなき今、財源は底をつきかけているから。
 サラだけが唯一の気がかりだが、彼女の意志を尊重するべきだと思った。
 彼女なりの責任というものがあるのだから。

 窓から見える水平線に、徐々に太陽が顔を出し始める。
 世界が明るさを帯びてきて、門出を祝福してくれているようだった。
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