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 母は私を子供のころから大切にしてくれた。
 まるで自分の生き写しのように毎日微笑みかけてくれた。
 父は私が気に入らないようにそっぽを向いていたが、私には母がいれば十分だった。

 私が四歳の時、妹のロールが産まれた。
 赤ちゃんを見たのは初めてで、頬がとてもふわふわしていたのを今でも覚えている。
 
 母は私と同じようにロールのことを大切に扱った。
 そんな母を真似して、私もロールに屈託のない笑顔を浮かべていた。
 父はロールを見て「俺に似ている」と喜びの声を上げていた。

 父が嫌いだったのは、私ではなく、母なのかもしれないと秘かに思った。

 ……時が過ぎ、ロールは王女様のように美しい少女に育った。
 ピンク色のふわふわした髪が幻想的で、一気に同級生の注目を集める人気者になった。
 私はそれを少し羨ましいと思っていたけれど、そんな時は母が私の頭を撫でながら励ましてくれた。

「心配しなくても大丈夫よ。エルも私に似てとても綺麗だから。特にこの髪とか」

 母と同じ赤色の髪。
 それを持っているだけで、私は誇らしくなれた。

 私が十六歳になるころ、母は病気がちになった。
 外にはあまり出なくなって、家の中で過ごすようになった。

 貴族学園に入学をしていた私は、学園が終わると毎日母の部屋に行っていた。
 ベッドで本を読む母が笑顔で迎えてくれて、そこで数分だけ話をする。
 それが私の大切な宝物のような時間になっていた。

 しかし私の思いを裏切るように、母の体調は悪くなる一方だった。
 それに加え、妹のロールがだんだんと本性を見せ始めていた。

「お姉ちゃん。そのネックレス、私にちょうだい?」

 子供のころから周囲に褒められて育った彼女は、いつの間にか我がままな妹に成長していた。
 私が断ると、彼女は子供らしく父を連れてきた。
 父は私を睨みつけると怒鳴る。

「エル。ネックレスくらいロールにあげろ。そもそもブスなお前にそんなものは必要ないだろう」

 同じ娘なのに、この扱いの差。 
 私はショックを受けて、目に熱いものを感じていた。
 私の味方をしてくれるだろう母は、部屋で病と闘っている。
 
「お姉ちゃん。いいでしょう?」

 ロールの顔が不気味に微笑む。
 自分の無力さを痛感しながら、私はネックレスを外した。

 
 ドン!
 体が揺れて私は目を覚ました。
 どうやら馬車の中で眠ってしまったらしい。 
 すでに馬車は実家に到着していた。

「嫌なこと思い出したな」

 誰に言うでもなく呟くと、私は馬車を降りた。
 冷たい風が吹き、体を冷やす。
 私は体を震わせながら、玄関まで足を進めた。

 ……自室までの廊下を歩いていると、向こうから父が歩いて来た。
 父は私を見て足を止め、ニヤリと笑う。

「もう帰ってきたのか。ロールはマイク君の家にいるのか?」

「はい」

 目を見ずに答え、横を通り過ぎる。
 父は私の背中に声を飛ばしてくる。

「ショックかもしれないが、これがお前の運命だ。さっさと受け入れて次の縁談を見つけてこい。長くは家に置いておけないからな」

 トゲトゲしい言葉に心の底からうんざりする。
 もし母が生きていたら……そう思った私は、首を横に振る。
 「おい返事は?」と父は怒ったような声を出していたが、私は無視をして歩いた。
 私に詰め寄ってくるほどの勇気がないことくらい、既に知っていたから。

 自室の扉を開けると、記憶にあるよりもシンプルな内装に息をはく。
 どうやらめぼしい物はロールが奪っていったらしい。
 昔からそうだ、彼女は私のものをたくさん奪う。

 手に持った鞄を部屋の端に置くと、私は窓辺の椅子に腰をかけた。
 窓から夜空に浮かぶ満月を見上げて、大きなため息をはいた。
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