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「え? 流産?」

 医者からそう告げられた私は唖然とした。
 そんな私を気遣うように、医者は悲しそうな顔をしていた。

「はい。残念ながら。直接的な原因はないので、もしかするとストレスが原因かもしれません?」

「ストレス? そ、そんなことで私の子どもが死んだというのですか!?」

 つい声が荒くなり、医者は焦ったように手を前で横に振る。
 
「い、いえ、一つの仮説といいますか……そういう可能性も考えられるといいますか……せ、正確な原因は分からないので、はっきりとは申しかねます……ごめんなさい」

「そんな……」

 ストレスと言われて思い当たる節はあった。
 数日前、私とケビンの関係に気づいたブルーノが私を家から追い出した。
 私はケビンの家に逃げ込んだものの、ブルーノとは婚約破棄になり、両親から慰謝料を払うようにとの手紙まで来た。
 きっとそのことがストレスになってしまって、赤ちゃんに影響してしまったのだ。

「うそ……」

 私は茫然と椅子から立ち上がると、その場を去る。
 医師はまだ何か言っていたが、今の私の耳には何も入ってこなかった。

 ケビンの家に帰ると、私は意を決してケビンに流産したことを告げた。
 すると、彼は途端に顔を真っ赤にして怒った。

「なんだと!? せっかくの子種を失っただと!? この馬鹿が!!」

「ひっ……!」

 豹変した彼の態度に私の体が震える。

「マリア! 何で俺がお前を家に住まわせてやってると思っている!? 俺の子供が作れないなら、即刻この家を出ていけ!」

「そんな……わ、私頑張るから! 次こそあなたの子供を作るから!」

 ケビンは私に顔を近づけると言う。

「必ずだぞ、分かったな」

 しかし、いつになっても私はケビンの子供を妊娠しなかった。
 次第に彼は私への興味を無くしていき、ある日、淡々と告げられた。

「お前はもういらない。出ていけ、俺の子供なら彼女が産んでくれた」

 彼の隣には、赤ん坊を抱えた頭の悪そうな女がいた。
 こんな女に負けたのかと思うと悔しくなって、私はその場から逃げ出した。
 
 私は全てを手に入れるはずだった。
 誰よりも美しく、優れ、愛されている私なら全てを手に入れられる。
 今までそうやって生きてきた。

 馬車に乗り、実家に向かった。
 両親に新しい縁談を……それも良縁を持ってきてもらおう。
 大丈夫、あの人達は私のためなら、命だって差し出す馬鹿だ。

「ふふっ……ふふふっ!」

 しかし門の前で馬車を降りた私は絶句した。

「マリア様。申し訳ありませんが、あなたは既に勘当したと聞いております。お父様とお母様からは一切家の中に入れるなと」
 
 数秒固まった後、私は早口に言った。

「そんなの嘘よ! あの二人が私を見捨てるはずがないわ! さっさと中に入れなさい!」

「しかし、私にはその権限が……」

「もういい」

 門の向こうから声がした。
 そこには私の両親がいた。
 二人はまるで憐れむような視線を私に向けている。

「お父様! 早く中に入れてよ! この門番が私に生意気言って……」

「彼の言っていることは本当だ、マリア」
「これもあなたのためなのよ」

「は?」

 意味が分からなかった。
 私は門にしがみつき、精いっぱいそれを揺らした。
 しかし門が開くはずもなく、やがて手を離す。
 父がため息交じりに言った。

「私たちはお前を甘やかしすぎていたようだ。ブルーノとの婚約破棄で、ようやく目が覚めたんだ」
「マリア、あなたはサラから婚約者を奪って、更にその彼も裏切った。自分の罪と向き合いなさい。それまで待っていてあげるから」

「何言ってるの……そ、それじゃあ私はどうすればいいのよ! くだらないこと言ってないで早く中に入れなさい!」

 しかし私の叫びも虚しく、二人は門に背を向けて、家に帰っていく。

「待ちなさいよ! 逃げるな! こ、この馬鹿親! 私は……私はぁ……うぅ……」

 私の涙を流しその場に崩れ落ちた。

 一体いつから間違えてしまったのだろう。
 私は選ばれた人間なのに……欲しい物を全て手に入れるはずなのに……。
 絶望は静かに、私の体に広がっていった。
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