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「婚約破棄してほしい」

 そう言ったのは婚約者のブルーノ。
 彼の隣にはニヤリと微笑む私の姉がいた。
 彼女のお腹は膨れていて、そこにはブルーノと姉の子供が宿っていたのだ……

 雲一つない快晴の日。
 私とブルーノの婚約が決まった。
 社交界で秘かに彼のことが気になっていた私は、父親から書斎でそのことを告げられた時、驚きに固まってしまった。

「サラ? おい、大丈夫か?」

 大人しい性格の私が表情豊かに固まったのを見て、父は笑いながら言った。
 一拍遅れて我に返った私は、父の机に手をつけて身を乗り出す。

「ほ、本当にブルーノさんが私の婚約者なのですか!? 間違いはないのですか!?」

 父は驚いたように身を引いたが、苦笑しながら頷く。

「あ、ああ……ほら、ここに詳細が書かれた紙がある。詳しい所はこれを見るといい」

 父から手渡された紙には、確かに私の知るブルーノの顔写真が載っていた。
 「本当なんだ……」と夢が叶ったような気分になって、思わず自分の顔が綻んでいくのが分かる。

「サラ。お前は大人しいが優しい子だ。幸せになれよ」

 父の言葉に胸が熱くなるも、何とか涙を堪えた私は、代わりに大きく頷いた。

 ……ブルーノとの縁談は滞りなく進み、やがて正式に婚約者となった。
 一年後に予定されている結婚式を終えると、今度は夫婦となり、彼の家に嫁いでいく。
 それまでの一年間はお互いの家を行き来する日々が続くのだ。

「サラ。今日も君は綺麗だね。たくさん話そうね」

 ブルーノは聡明で、優しい性格をしていた。
 ストレートな愛の言葉を毎日のように囁いてくれるし、なにより、私との時間を大切にしてくれた。
 そんな彼のことがどんどん私は好きになっていく。

 ブルーノと婚約してから半年が過ぎ、私の部屋で彼はふと言った。

「そういえば……最近マリアを見かけないけど……彼女元気にしているかい?」

「あ……」

 私の二つ年上の姉、マリア。
 彼女もこの家に住んでいたのだが、最近は友人の家に泊まっているとかで、全く帰ってこなくなっていた。
 昔から彼女は自由奔放で活発な所があるが、責任感はちゃんとあったので、両親は心配しながらも、仕方ないかと呆れた息をこぼしていた。
 
「えっと……姉は今友人の家に泊まっているみたいで……」

「そうなんだね。誰の家か知っているかい?」

 ブルーノの目が心なしか暗くなったのを見て、違和感を覚えながらも、私は首を横に振る。

「い、いえ……何か御用でしたか?」

 探るようにそう訊いてみると、彼は「いや」とかぶりを振った。

「いずれ家族になると思ったら、つい心配になってしまってね。余計なお世話だったかな?」

「いえ! そんなことありません!」

 どうやら私は愚かな考えをしていたようだ。
 ブルーノは私との将来を見据えて、全然帰ってこない姉を心配してくれたのだ。

「ブルーノさんがそこまで考えて下さっていて……その……とても嬉しいです……ありがとうございます」

「ふふ、僕も嬉しいよ。だからこれはご褒美」

 ブルーノはそう言うと、私の頬にそっとキスをした。
 唇が触れた箇所が熱くなり、すぐに顔全体に熱が広がっていく。
 
「愛しているよ、サラ」

 私はなんて幸せ者なのだろうか。
 こんなにも素敵な婚約者がいて、本当にこれは現実なのだろうか。
 そう思った私だったが、数日後、自分の考えがいかに愚かなものであったかを知る。

 ……数日後。
 姉が帰ってきたと聞き、応接間へ行くと、そこには腹の大きくなった姉の姿があった。
 
「あら、サラじゃない。元気にしてた? 相変わらずブサイクな顔をしているわね。ふふっ」

 正直、姉が長らく家を空けていたことを、私は嬉しく思っていた。
 姉は昔から私をいじめて、それを楽しむような人だったから……
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