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「元……婚約者」

 なるほど、どうりで一緒に映った写真を持っていたわけだ。
 
「あらら、バレちゃった」

 ロゼリアはおかしいと言いたげに笑うと、はぁと息をはく。

「ルーブル王子。随分と地味な子を妻にしたのですね。あなたは私のように美しさに溢れた女性が好みだと思っていたのに」

「ライエルは君なんかよりも数倍美しい女性さ。比べることすらおこがましい」

 ルーブルの言葉は嬉しいが、果たして自分にそこまでの価値があるのか不安になる。
 
「まるで神様のように扱っているのですね。まあ立派な第三王子様ですものね」

「……出て行ってくれ」

 ロゼリアの冗談めかした言葉に、ルーブルは冷たい一言を放つ。
 瞬間、ロゼリアの顔色が変化して、私たちを憎むように顔を歪める。

「は……なによそれ。今まであなたに尽くしてあげたじゃない。妃教育だって頑張って、あなたが喜んでくれるようにプレゼントだってたくさん用意した。なのに身勝手に私を捨てておいて、この扱い? は? ふざけるんじゃないわよ」

 ルーブルは返答をしない。 
 ロゼリアの言うように、何か彼女の心を踏みにじるような行為をしたのだろうか。
 
「こうしていると、まるで昔を思い出しますね。無口なあなたとおしゃべりな私。そこにいる地味な田舎娘より私の方が数倍優秀なのに、どうして彼女が隣にいるのかしら」

「そんなことは関係ないよ」

 やっとルーブルが口を開く。
 彼なりに、考えこんでの真剣な口調で。

「君はたしかに僕を楽しませようと頑張ってくれていた。それは嬉しかったよ。でも、婚約者という立場を利用して、使用人たちをいじめていたのは許せなかった。だから縁を切ったんだ」

「あら、それの何がいけないの? 強い者が弱い者を淘汰するのは、自然の摂理でしょう。世界の掟なのだから従うのが、人間の……」

「あの、すみません」

 堪らず私は口を開いてしまう。
 ロゼリアの剣のように鋭い視線が、私を突いた。
 
「何よ? 文句でもあるの?」

「いや、文句というか……そういう難しいことを考えるの疲れませんか?」

「「は?」」

 私の言葉に、ロゼリアとルーブルが同時に驚きの声をあげる。 
 そういえば昔からこういうことがよくあった。
 自由奔放なため、空気を読まずに発言をしてしまうことが。

「ロゼリアさん。私はあなたのような難しいことは全然知らなくて、貴族学園も妃教育も何とか及第点を取ったような、出来の悪い女です。でも多分、あなた以上に幸せですよ。お父様も教育係のおばさんも、私のために涙を流してくれましたから。おばさんの時は私は泣きませんでしたけどね」

 ぽかんとロゼリアが間の抜けた顔をする。 
 聞こえなかったのかな、そう思い口を開きかけると、隣からくすくすと笑い声が聞こえてくる。

「ははっ……全く、本当に君はマイペースだね」

 ルーブルはそう言うと、どこか嬉しそうに笑顔を浮かべる。
 そして、それをロゼリアへと向けた。
 私の大好きな清々しい横顔だ。

「正直ね、僕もロゼリアの方が優秀だと思っているよ。でもライエルにはライエルなりの魅力があるんだ。僕はそこに惹かれて彼女を妻に選んだ。ごめんロゼリア。でも分かってほしい」

 応接間の空気が一段落ち着いた気がした。
 ロゼリアは狼狽えたように目を泳がせていたが、腕を組んで口を尖らせる。
 そして、子供をしかりつける母親のように、仕方のない声を出した。

「馬鹿な子ね」

「ああ、そうなんだよ」

 ルーブルは反射的に答えてしまい、「あっ」と言って自分の口を手で押さえる。
 私はそれをじろりと横目で確認すると、呆れたような声を出す。

「ああ……そういえば、ルーブルって、六歳までぬいぐるみがないと寝られ……」

「何てこと言うんだライエル!」

 ルーブルが私の口を塞ごうと手を伸ばしてくる。 
 私は顔を左右に揺らしながら、笑い声をあげた。
 その様子は傍から見たらきっと子供のよう。
 もしかしたら私たちは、あのパーティーの続きをしたいだけなのかもしれない。
 子供らしく無邪気に、はしゃぎたいだけなのかもしれない。

「はぁ……もういいわ」

 ロゼリアがふいにそう言ったのを合図に、私たちは動きを止めた。
 彼女はソファから立ち上がると、私たちに深々と頭を下げる。

「柄にもなく、無礼を働いてしまいました。慰謝料は後日、キチンとお支払い致します」

 それが最後の言葉だった。
 ロゼリアは足早に応接間を出て行く。
 鍛錬された、綺麗な所作で。

「随分と素敵な元婚約者様がいたのね」

 二人っきりになり、私は拗ねたような声を出す。 
 ルーブルは苦笑すると、私の頬にそっとキスをした。

「君には負けるよ」
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