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 王宮の庭で馬車が停止すると、私はおずおずとそこから降りた。
 待ち構えるように数人のメイドが一糸乱れぬ動きで頭を下げる。
 先頭の女性がほどなく顔を上げると、私に微笑みかけた。

「お待ちしておりましたライエル様。応接間にてルーブル王子がお待ちです」

「あ、はい……!」

 さすが王宮に仕えるだけあって、高貴な雰囲気を纏っている彼女。
 もしや彼女の方が王子の縁談相手にピッタリなのではないかと思い、あまり礼儀も知らない自分が急に恥ずかしくなってくる。

「ご案内致します。王宮内は広いですから、迷わないようについてきてくださいね」

「善処します」

 それっぽい言葉を言ってみても、彼女の笑みは崩れず、そのまま歩きだした。
 精一杯の丁寧な言葉が不発に終わり、私は肩を落としながら、彼女の背中についていった。

 王宮内に入って少し、一際豪華な扉の前で彼女は足を止めた。
 どうやらここが応接間らしい。
 扉の両脇には、いつでも開けられるように二人の兵士がスタンバイしていた。
 
 メイドが二人を交互に見て「お願いします」と言うと、二人は扉を躊躇なく開ける。
 これが王宮の日常茶飯事なのだろうが、生憎、私にとっては人生で一二を争うほどの緊張の場。 
 全身を強張らせながら、扉が完全に開くのを待つ。

「では、どうぞごゆっくり」

 扉が完全に開き切ると、案内役の彼女が頭を下げた。
 私はごくりと唾を呑み込むと、応接間へと一歩足を踏み入れる。
 
 応接間は私の家の大広間くらいの広さがあり、高級な家具で溢れていた。
 左には床につくほどの大窓があり、庭の様子を一望できる。
 その前に立っている黒髪の青年がおそらく、私の縁談相手であるルーブルだろう。
 こちらに背を向けて、庭にじっと見入っているようだ。

「あ、あのルーブル様……ですよね?」

 勇気を振り絞り話しかけると、彼は驚いたように体をびくっと震わした後で、私に振り返る。

「ライエル! 待っていたよ!」

 春の風のように爽やかな笑顔、美しい宝石のような目が私を見つめた。
 瞬間、子供の時の記憶が蘇る。
 初めてのパーティー会場で出会った男の子との記憶が。

「うそ……そんな……もしかして……」

 私はゆっくりと彼へと近づく。

「もしかして……あの時のルーブルなの!?」

「うん、僕のこと覚えていてくれたんだ。ありがとうライエル」

「私……記憶力は良い方だから……」

 冗談を言ったつもりなのに、声に力が籠らない。
 まさかあの時の男の子が、王子のルーブルだったなんて。
 そのまま唖然として固まった私だが、すぐに自分が敬語すら使っていないことに気づく。

「あ、敬語すら使わず申し訳ありません!」 

 しかしルーブルは首を横に振る。

「いいんだよ。君が敬語を使うのは、どうにも不自然だから。そのままでいい。ダメかな?」

 昔のように不安げな表情になるルーブル。
 しかしあの時と違い、今の端正な顔立ちの彼がそんな顔をするものだから、思わず胸がドクンと跳ねる。

「う、ううん! ダメなわけない!」

 顔が熱くなるのを感じつつ、私は乙女らしく顔を逸らした。
 
「そっか。良かった」

 ルーブルは安心したように息をはくと、再び優しい笑みを浮かべた。

 ……向かい合うようにソファに座り、テーブルに置かれたお菓子を一つまみする。
 今まで食べたことのない独特な触感が癖になる。

「おいしいでしょ? 僕が外国まで行って買ってきたんだ」

「そうなんだ……」

 さっきまでの緊張はどこへやら、私はすっかりお菓子に夢中になり、適当に相槌を打った。
 しかしあらかた食べて満足すると、疑問に思っていたことを彼に訊く。

「でも、どうして私を縁談相手に選んでくれたの?」

 すると、ルーブルの顔が途端に赤みを帯びた。
 
「えっと……それは……き、君のことが好きだからだよ……」

「え?」

「あの時の僕は人見知りで内気で、パーティーなんて全然楽しくなかった。でも、君と出会えて変われたんだ。自分が楽しまなきゃ何事も楽しめないと気づいたんだ。今ではパーティーも大好きだよ」

「そんな……私はただ自由奔放に話していただけよ」

「君にとってはそうかもしれない。でも、僕にとってはそれ以上の価値がある時間だったんだ」

「それならよかったわ……」

 あの時のように、自然に振る舞えたらどんなに楽なのだろう。
 私の心は、ルーブルの笑顔に、とっくに奪われていた。
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