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 伯爵令嬢として生を受けた私は、母に似て、自由奔放な子供だった。
 父がつけてくれた家庭教師の授業をボイコットし、草原を走りまわり、果てには馬車で行くような遠方の地へと一人で旅をしたこともあった。

 その度に父は私に厳しい目を向けて、部屋が揺れるくらい怒鳴り散らす。

「ライエル! あんな場所へ一人で行くなんて危ないだろ! 家庭教師の先生も手に負えないと辞めてしまったぞ! お前はもっと伯爵令嬢の自覚を持て!」

 私は心の中で、べえっと舌を出しながら、父の説教に反省しているふりをする。
 しかし父はそんな私の幼稚な作戦はお見通しのようで、品定めをするようにじっと見た後、微かに笑みを浮かべた。

「そうか、そういう態度を取るのなら仕方ないな。外国から仕入れたおいしいお菓子があるのだが、皆に内緒で私だけで食べるとしよう。ふふっ」

 きっと私は母の自由奔放な性格と、父のずる賢さを引き継いだのだろう。
 父は意味ありげな視線をそのままに、言葉を続ける。

「だが、ちゃんと反省して、謝るのなら分けてやっても……」

「ごめんなさいお父様。もう一人で外には出ません。授業もちゃんと受けます」

「な……」

 豹変した私の態度に、父は唖然としたように口をぽかんとあける。
 しかしすぐに大きなため息をついて、苦笑した。

「全くお前というやつは……どうしようもないな」

 おおよそ、私の幼少期はこういう出来事の繰り返しだった。
 時に涙を流すほど、説教された時はあったが、それでも父のことは嫌いにならなかった。
 どこか憎めない父のことを、私と同じくらい、天国にいる母もきっと好きだったのだろう。
 写真でしか見た事のない母は、いつも笑っていたから。

 八歳になり、父から唐突に「パーティーで行くか?」と誘われた。
 パーティーといえば年嵩の大人たちが優雅に話しているイメージで、子供の私なんかが入っていってはいけないと思っていたので、さすがの私も不安を覚える。

「なんだ、恐いのか?」

 挑戦的な目つきをした父の言葉にイラついて、「いえ」と私は腰に手を当てる。

「パーティーくらい余裕です!」

 はっきりと言いきった私を見て、父はニヤリと笑うと「一時間後に出るぞ」と告げた。

 ……パーティー会場に到着すると、そこは想像の何倍も場違いな場所に見えた。
 大人たちが料理に舌鼓を打ちながら談笑し、会場の中央ではダンスを踊っている人もいる。
 子供も数人いたが、私のように走り回らず、まるで優等生といったように背筋を伸ばして立っている。

 やっぱり来ない方がよかったかなぁ。
 八歳の自分がそれ以上に幼く思えてきて、まともにこの環境で過ごせる自信がなかった。
 
「ライエル。友達はいないのか?」

 父がどこか心配したように訪ねた。
 私は辺りをキョロキョロと見回すが、友達は一人も見つからない。
 
「えっと……」

 もし友達がいないと知ったら、父は私を大人の中に混ぜるのだろうか。
 そんなことは死んでもいやだ、あんなに真面目な人達とは話したくない。
 そう考えた私は、会場の隅っこで壁に背をつけている男の子を発見して、父を見上げた。

「いました。話してきてもいいですか?」

「ああ。もちろんだ」

 父が嬉しそうに笑うと同時に、私は男の元に歩きだした。

 その男の子は名前も知らない他人だったが、どこかつまらなさそうにしていて、自由奔放な私と馬が合いそうだった。
 
「ねえ、一人で何をしているの?」
 
 彼の前まで到達した私は、無遠慮に話しかける。
 彼は自信なさげな瞳を上げると、私を見つめる。
 
「別に何も……」

 ぼそっと放った言葉は聞き取りづらくて、集中していなければ聞き取れないほど。
 運よく聞こえた私は、「ふうん」と返事をした後、彼の瞳が美しいことに気づく。

「綺麗な目ね。私の家にも同じような色の宝石があるわ」

「……あ、ありがとう」

「でも髪は黒で地味ね。親も同じ髪色なの?」

「いや」

「そう。私はね、お母さんの赤髪を引き継いだの。どう? 綺麗でしょう?」

 顔を横に向けて、手で髪を揺らしてみせる。
 彼は少しだけ目を大きく開いた後、ふふっと笑った。
 それが嬉しくて、私はぐんと彼に近づく。

「私、ライエルっていうの、あなたの名前は?」

「えっと……ルーブル」

「ふうん、ルーブルっていうんだ。どこかで聞いたような名前ね。よろしく」

「う、うん」

 それが私とルーブルの出会い。
 しかしこの時の私はまだ、彼が王子様だとは気づいていなかった。
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