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「よく、ここまで歩いて来たな。前に来たときは僕がいないと来れなかったのに」

 エドワードは未だ私を見てはいなかったが、晴れやかな表情をしていた。
 病室で離婚をした時の彼のものとは思えないくらいに。
 私は湖に目線を落として口を開いた。

「はい。何だか今日は体調が良いみたいで……こんな天気の良い日に外に出たのは久しぶりです」

 するとエドワードが嬉しそうに笑う。

「ははっ……そうだな。君がこんな日に外にいる所なんて一度も見たことがないよ」

 何だか初めてエドワードと話をした時みたいに、緊張してきた。
 そしてこんなに普通の会話をしたのも久しぶりなことに思えてきた。
 もう離婚して赤の他人となったからだろうか。

 二羽の小鳥が湖の上を横切った。
 目で追ってみるが、森の中に消えてしまって、私はもう一度湖に目を戻す。
 太陽の光でキラキラと輝くそれは、まるで宝石で出来ているようだった。

「……エドワード様は今、幸せですか?」

 ふとそんな言葉が出た。
 エドワードの顔を見ることができなかったが、きっと困っているに違いない。
 言葉は全然返ってこなかった。
 変なことを言ったなと、口を開きかけた時、やっとエドワードの声がした。

「幸せとは言い難い。君と離婚してもっとその……気が休まるかと思った……でも、違ったんだ……君と結婚していた時よりも酷い……酷い気分さ」

 意外だった。
 エドワードは浮気までしてしまうくらいに、私のことが嫌いだと思っていた。
 存在自体も認めないと思っていた。

「あの……女性とは……」

 私が自殺未遂をする前に見た、エドワードの浮気相手について訊くと、彼はあぁと呆れたような声を出す。

「彼女とはもうあれ以来会っていない……なんか、会いたくなくてさ」

「そうですか……」

 理由は分からないが、私は安心した。
 もう赤の他人だというのに、まだ未練でも残っているのだろうか。
 
 ……それから私たちはポツリポツリと会話をした。
 他愛もないものだったが、とても楽しく、この時間が続いて欲しいと思った。
 どれくらい経ったのか、話すことがなくなり、私たちは黙ってしまう。
 そのまま湖を見つめていると、エドワードがそっと口を開いた。

「なあララ……僕は……気づいたんだ。君を失いそうになって初めて……君を愛していたことに……」

「……え?」

 冗談かと思った。
 慌ててエドワードの顔を見るが、彼は真剣そのもので、嘘はついていないよう。
 ならば本気だということだが……一体何を考えているのだろうか。
 返す言葉が見つからず困惑していると、彼が言葉を続ける。

「君がいない生活は耐えられないんだ……それを今は身に染みて感じている。ララ……どうか僕ともう一度やり直してくれないだろうか?」

 エドワードが私に手を差し出す。
 
「ほ、本気なのですか?」

「ああ。もちろんだ」

 心臓の鼓動が早くなる。
 動いたわけでもないのに、息が乱れる。
 しかし、それは今日の陽光のように、とても温かい気持ちだった。

「……一つだけ条件があります」

 エドワードの顔がほころび、すぐに真顔に変わる。
 私は満面の笑みを浮かべると、彼の手をとっていった。

「夕食は毎晩一緒に取りましょう!」

「ララ!」

 エドワードは私を抱きしめた。
 すぐに温かい幸せな気持ちが全身に広がっていく。
 私はエドワードに身を任せると、そっと目を閉じた。

 鳥の鳴き声に、水の揺れる音。
 風が木々を揺らし、温かな陽光に私たちは照らされている。
 
 私とエドワードはそっと離れると、互いに笑い合う。
 先ほど湖の上を通り過ぎた二羽の小鳥が、軽やかに私たちの頭上を舞っていた……
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