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 家に帰る頃には土砂降りの雨が降っていた。
 馬車から降りた私に、メイドが傘をさしてくれたが、私はそれに構うことなく走った。
 
 体が濡れて冷たかった。
 しかし今の私にはそれがお似合いだと思ったし、ずっとそうしていたかった。
 自分がこんなにも馬鹿で愚かな人間だったなんて、初めて知った。
 雨の濡れた所で、何も良いことなんてないはずなのに。

 家の中に入ると、玄関近くにいた父が驚いたように私を見ていた。

「ティア……大丈夫か?」

「はい」

 私は笑顔で頷いたが、父の顔からは不安と心配が感じ取れた。
 上手く笑えなかったのだろうか、それとも、私に憑りついた悪霊でも視えたのだろうか。
 もしも悪霊を祓ってこの気持ちが消えるのなら、そんなに楽なことはないのに。

 私は体を拭き、服を着替えて、自室に飛び込んだ。
 雨に濡れたせいか、体は重く、気分は最悪だった。
 こんなことならメイドのさした傘に入っておけばよかったと後悔するが、後悔したところで時が戻ることは永遠にない。

 その場に倒れてしまいたい気分だった。
 だが、私は何とかベッドまで移動して、横になった。
 窓から見える外の景色の中には、右から左へと流れる雨があった。
 閃光のように無数に流れるそれが、全てを消してくれるとどんなにありがたいだろう。

「レオン王子……」

 彼がモリアを側妃に選んだ瞬間、私は自分の気持ちに気づいてしまった。
 私はレオン王子のことが好きだったのだ。
 
 王子は私だけを見てくれていると思っていた。
 だって、彼は無能で皆から嫌われている王子だから。
 だから私がいないとダメなのだ。
 私がいなければ、彼はまたあの十歳の頃の自分に戻ってしまうのだ。

 でも、それは違った。
 愚かで醜い私の勘違いだった。

 私の方だったのだ。
 私が王子がいなければダメだったのだ。

「くそっ……」

 品行方正な私は、もうどこにもいなくなっていた。
 モリアという王子好みの女性が現れただけで、心が乱され、盗み聴きまでしてしまった。
 そして王子が彼女を側妃に選んだことがショックで、胸が張り裂けそうになった。

 私がレオン王子のことが好きなのだ。
 自分だけのものにしたいのだ。
 でも、そんなことは叶うはずもなかった。
 だってモリアといる王子は、とても楽しそうだったから。

「うぅ……うっ……」

 久しぶりに泣いた気がした。
 これほどまでに涙は熱かったのだろうかと不思議に思った。
 
 学園に入学する前、私は王子に婚約破棄を提案した。
 あの時から既にわかっていたことなのかもしれない。
 
 レオン王子は努力して自分を変えた。
 誰もが羨む素敵な男性になった。
 教育係として正妃の座についた私は、もう用済みだ。
 そんなことは、とっくの昔にもう分かっていた。
 
 王子はこれから欲しい物を手に入れることをできる。
 私みたいな真面目な女性ではなく、もっと彼に合った女性を妃にすることができる。
 それがモリアなのだろう。
 
 ……どれくらい泣いたのだろうか。
 涙が収まり、私は腫れた目で窓を見つめた。
 もう雨は降っていなくて、私はベッドから抜け出した。

 窓の外には夜の空が広がっていた。 
 無数の星が輝き、明るく世界を照らしていた。
 私は手を組んで祈った。
「どうか……レオン王子が幸せになれますように」

 私にできることはレオン王子の幸せを願うことだけ。
 本当に、ただそれだけだった。
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