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 応接間の扉を前に、私は深呼吸をした。
 脳に酸素がいきわたり、自然と落ち着いてくる。
 
「奥様。大丈夫です」

 隣に立つマリアが私を励ますように言ってくれた。
 しかしふとその指先に目を落とすと、ピクピクと震えている。 
 彼女も恐いのだ。

「……じゃあ開けるわね」

 応接間の扉を開けると、中には四人の人間がいた。
 壁にもたれかかりイラついたように腕を組んでいるのは、私の夫のライオス。
 長方形のテーブルを囲む椅子に、間を開けて座っているのが、彼の不倫相手の三人の女性たち。
 
「ノア。これは一体どういうことだ」

 ライオスは私に駆け寄り、ギロリと睨みつけた。

「ライオス様が一番分かっているのではないのですか?」

「なに!?」

 私たちに割って入るように、不倫相手の一人である赤髪の女が椅子から立ち上がる。

「ねえ、私これから用事があるの。夫婦喧嘩してないで、はやく用件を済ませてくれるかしら?」

 彼女に賛同するように、青い髪の女が口を開く。

「そうよ、私も暇じゃないの」

 最後に黄色い髪の女が言う。

「私は別に時間に余裕はありますが、話が進まないのはもどかしいです」

 三人の不倫相手をチラリと見て、私は口を大きく開く。

「皆様、突然の招集にも応じて頂きありがとうございます。今回は私の夫である彼……ライオス様の不倫の件で皆様をお呼びいたしました」

「え?」

 ライオスの顔が真っ青になる。 
 
「おいノア。お前は何を言っているんだ? 不倫? 僕が? そ、そんなことあるわけがないだろう」

「隠しても無駄です。私は既に証拠を掴んでいるのですから」

 不倫相手の一人である赤髪の女性が、立ったまま私に指を差した。

「あんた、そのくだらない夫婦喧嘩のためにこの私を呼んだというの?」

 不倫している自覚のない愚かな彼女へ顔を向けると、冷たい声で言う。

「ええ、だってあなたも当事者ですから。お隣の二人も、もちろんそうです。今日はライオス様とあなたたちを断罪する予定なので」

「はぁ? ふざけるんじゃないわよ! あんたの旦那と不倫なんてするわけがないでしょう! 証拠を見せなさいよ証拠を!」

 青髪と黄髪の二人も、怒ったように私を睨んでいる。
 どうやら三人とも、不倫を認める気はないらしい。
 私は大きなため息をつくと、マリアへと顔を向ける。

「マリア。例の証拠を出してちょうだい」

 ライオスの不倫現場を映った写真はマリアがポケットに隠していた。
 私の言葉に、彼女はきょとんとすると、首を傾げる。

「何のことでしょう?」

「あの写真のことよ。ポケットに入れたでしょう?」

「はぁ……よく分かりませんが」
 
「え……?」

 何かがおかしい。
 言いようのない不安が背中を走る。
 
「忘れたわけないわよね、ライオス様の不倫現場をとらえた写真のことよ。あなたが見せてくれたじゃない」

 するとマリアは、不審がるように眉根を寄せる。

「そんな写真撮ってはおりませんよ? 何か勘違いをなさっているのではないですか?」

「マリア……? 何を言っているの?」

 応接間に入る前に、今日の計画のことは伝えてある。
 実際に私を励ましてくれたし、写真をポケットに入れるのも見た。
 しかしなぜか忘れたふりをするマリアに、私は近づくと、無理矢理にポケットに手を突っ込む。

「え、奥様、やめてください」

「あった!」

 写真を指で掴みポケットから取り出すと、そこには庭の花が映っていた。
 私は恐る恐るマリアに顔を向けた。

「どういうこと……ねえ、マリア」

「そんなこと言われましても……庭の写真をただポケットに入れていただけです……先ほどから奥様が何をおっしゃっているのか、よく分かりません。ごめんなさい」

「はぁ?」

 一体何が起こっているのか。
 私が見た不倫の証拠は嘘だったのか。
 いや、違う、そんなはずはない。
 しかし、なぜマリアは忘れたふりをするのだろう。
 私に協力してくれるんじゃないのだろうか。

「おい」

 背後から怒りの籠った声がした。
 振り返ると、ライオスが顔を歪ませて、私を睨みつけていた。

「あれだけ僕が不倫をしていると啖呵を切ったんだ。確実な証拠があるんだろうなぁ?」

「わ、私は……」

 彼の不倫相手たちも口々に騒ぎ出す。

「証拠もないのに私たちを断罪しようとしたの!?」
「不当よ! 逆にあなたが断罪されるべきだわ!」
「もしや不倫をしているのは奥様の方では?」

 彼女たちも私に痛々しい視線を向け、怒りに顔を歪めている。
 計画が頓挫した私は、縋るようにマリアを見るが、彼女は困惑したように、額に汗をかいている。

 一体何が起こっているのか。
 頭が混乱して、息が苦しくなる。
 そんな私に容赦なく、ライオスの鋭い声がつきささる。

「夫を証拠もなく疑うようなやつを、妻にはしておけない。悪いが離婚してくれ」

「え?」

「それに僕達に冤罪までかけたんだ、慰謝料も請求してやるからな!」

 ライオスの怒号が応接間に響き渡り、私は恐怖に顔を染めた。
 平民の私に慰謝料など払えるわけがない。
 彼は不気味な笑みを浮かべると、応接間の扉を開ける。
 近くにいた兵士に私を連れていくように命令していた。

 兵士が三人応接間に入って来て、私を素早く拘束する。
 そして力づくで私を追い出した。

「マリア! どうして!?」

 扉が閉まる瞬間まで、私はマリアに叫び続けた。
 しかし彼女は黙って俯いているだけだった。
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