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 公爵家に生まれた僕は、厳しい競争の渦中にいた。
 厳格な父の元、僕は兄たちと日々能力を競わされ、最下位になれば相応の罰が待っていた。

 歳が一番下の僕は、自然といつも最下位になり、食事を抜かれたり、徹夜で勉強させられたりした。
 
 子供ながらに分かっていた。
 この世界は強い人間だけが、満足に生きられるのだと。
 弱い人間は、搾取され、貶され、侮辱され、最悪の場合には命をも奪われる。
 それを知った僕は、死に物狂いで生きた。

 やがて努力が実り、僕は兄たちを追い抜き、最下位になることはなくなった。
 今まで馬鹿にされた分、僕は兄たちを全力で侮辱した。
 時にはスープを頭の上からかけてやったこともある。
 しかし、兄たちは抵抗できずに、獣のような鋭い目で僕を見ていた。

 時が経ち、兄たちはそれぞれの道を歩み始めた。
 末っ子である僕は家を継ぐわけでもないので、自由に生きる道が許された。
 家を離れ、一人で暮らすようになり、縁談をして、アリアと結婚した。

 自信なさげに話す彼女を見ていると、昔の自分を思い出した。
 それを消し去るように、僕はアリアに厳しい生活を強いて、言い聞かせた。
 お前が弱いからいけないのだと。

 ……アリアの家から出発した馬車に乗り、僕は遠い過去を思い出していた。
 
「どうしてこうなる……」

 心がズキズキと痛み、息苦しい。
 生きているのかもよく分からなくて、まるで夢の中みたいに、ふわふわとした感覚に襲われた。

 その間にも馬車は走り続け、横の窓からは街の景色がどんどん移ろいでいく。
 僕はそれに身を任せるように目を閉じた。 
 大丈夫、何とかなる、と心の中で何度も念じる。
 弱かった昔、よくそうしていたように。

 家に到着すると、なぜか父の姿があった。
 玄関の前で立ち尽くし、イラついたように腕を組んでいる。
 僕は駆け寄ると、「何かあったのですか?」と声をかける。

「ああ、マーク。どういうことだ、誰もいないぞ」

「……え?」

 そんなはずはない。
 使用人やメイド、執事や庭師。
 この家にはたくさんの人間が常駐している。
 
「お前に用があって来たが、一向に玄関の扉が開かない。全員解雇したのか?」

「え、いや……そんなことはありませんが……」

 僕は念のため持っていた鍵を使い、玄関の扉を開けた。
 多くの人間で騒がしい家は、閑散としていて、人気があるとは言い難い。

「お父様。えっと、とりあえず、応接間まで……」

「いや、お前の書斎でいい。領地経営の書類を確認したいだけだからな」

 どうやら父は、この家の領地経営が不振気味であることを知ったらしい。
 僕はびくびくしながら苦笑すると、書斎まで案内した。
 
 書斎に入った僕は、机の上に何か手紙のようなものが山積みになっているのを見て、唖然とした。
 父もそれに気づいたようで、足早に机まで移動して、それを手に取る。

「おいマーク。これはどういうことだ、説明しろ」

 父が僕に紙を見せつける。
 そこには辞表と書かれていた。
 家が閑散としていた理由が分かったような気がして、僕は青ざめる。
 だが、しかし、そんなことが本当にあり得るのだろうか。

 心に浮かんだ疑惑を埋めるように、僕は机まで歩を進めた。
 そこには大量の辞表が置かれていた。
 父が僕を殺すように睨みつける。

「納得のいく説明をしてくれるのだろうな」

「えっと……これは……」

 その時だった。
 書斎の扉が開き、さっきまで馬車を操縦していた御者が入ってきた。
 彼は手に辞表を持っていて、僕に頭を下げると、叫ぶ。

「今日限りで辞めさせて頂きます! もうマーク様の横暴にはついていけません! さようなら!」

 彼は僕の手に無理矢理辞表を押し込むと、逃げるように走っていった。
 追いかけようと足を踏み込みかけるが、後ろから強い力で肩を掴まれる。

「マーク……どこへ行く?」

 恐る恐る振り返ると、そこには父の鬼のように恐い顔があった。 
 全身が総毛立ち、その場で固まる。

「お前には再教育が必要なようだな」

「い、いや……いやだ……」

 全身が震え始め、恐怖で全身が染まる。
 しかし父は、僕を心配する様子もなく、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

 僕は強くなったはずだった。
 しかし、上を見上げたらキリがない。
 僕より強い人間はたくさんいた。

 その後、僕は実家に帰り、地獄の暮らしをスタートさせた。
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