3 / 6
3
しおりを挟む
それから半年後。
私は国王に呼ばれ、王宮に足を運んでいた。
馬車から降りた私と、付き添いの父は、王宮の荘厳な建物を見て息を飲む。
天空まで伸びた屋根は槍のように真っすぐで、敷地面積も貴族のそれとは一線を画す。
なにより、数人のメイドと執事が私たちを出迎えてくれて、だだっ広い庭には護衛の騎士が練り歩いている。
明らかに生活レベルの違う世界へと足を踏み入れた私たちは、馬車から降りた途端に固まってしまった。
「お待ちしておりました」
初老の執事が一歩前に出ると、私と父に深く頭を下げた。
教科書のような美しいお辞儀に、内心歓声を上げる。
彼はゆっくりと顔を上げると、素敵な笑みと共に口を開く。
「国王様が玉座の間でお待ちです。ご案内致します」
ただの挨拶のようなものなのに、私と父は完全に気圧されてしまい、黙って頷いた。
王宮の中は迷路のように入り組んでいて、よく執事は迷わずに道を進めるなと感心した。
私と父は、まるで子供のように、周囲をキョロキョロしながら、執事の後をついていく。
数分歩いた所で、執事は止まると、彼の目の前には大きな両開きの扉があった。
左右に甲冑姿の兵士が立っていて、執事の目配せと共に、扉を開ける。
「お待たせいたしました。ここが玉座の間になります」
執事がさっと横にどくと、同時に扉が全開になる。
中の空間は奥に広くて、最奥の少し手前から、数段しかない階段が続いていた。
階段の先には二組の豪華な椅子が置かれていて、片方に白い髪の毛の武人風な男が座っていた。
「アリア。行くぞ」
そう言った父の声は震えていた。
私はごくりと唾を呑み込むと、父と隣り合って玉座の間に足を踏み入れた。
左右に数人の家臣と兵士が待機していて、歩を進める私たちをにらみつけていた。
全身から緊張で汗が噴き出るが、それを拭いている余裕などない。
やっとのこと階段の前まで到着すると、父がおもむろに片膝をついた。
私も同じように片膝をつく。
それを見て玉座に座った男……国王が口を開いた。
「お前が男爵令嬢アリアだな。お前の領地経営の手腕は私の耳までしっかりと届いておるぞ」
「も、もったいないお言葉です……感謝申し上げます」
今日は私の領地経営の件で、国王直々に話があるとのことだった。
半年前に父に代わり領地経営をしてから、実家の収益はうなぎ登りに上がっていた。
「男爵家という身分でありながら、その卓越した頭脳。賞賛に値する」
国王はまるで自分のことのように嬉しそうに言うが、怖くて顏は見れない。
さっきからずっと床に視線を落としていた。
「アリアよ。お前に頼みたいことがあるのだ。どうか顔を上げてはくれまいか?」
「し、失礼します……」
恐る恐る顔を上げると、国王は優し気な笑みを浮べていた。
「お前にこの国の貴族たちを救って欲しい。領地経営に失敗し、頭を悩ませている貴族の元へ赴き、お前の手腕で立て直して欲しい」
予想外の言葉に私はぽかんと口を開ける。
私なんかがそんなおおそれたことを……と夢うつつでいると、国王は言葉を加える。
「報酬は一件につき、金貨五十枚でどうだろうか?」
「金貨五十枚!?」
驚きの声を上げたのは父。
ちらっと顔を見てみると、大金に目が回ったように、顔色が悪かった。
金貨五十枚と言うと、私たちの生活レベルなら三年は暮らしていける。
そんなお金をぽんと提案する辺り、やはりこの人は王族なのだ。
「わ、私でよろしければ……」
遠慮がちに言うと、国王が大きく頷いた。
「ありがとうアリア。お前のおかげで、この国の貴族達は救われるだろう。必要な物があれば何でも言ってくれ。迅速に用意する」
「かしこまりました」
心臓がドクドクと高鳴っていた。
マークに離婚を告げられた時は、人生が終了したかのような絶望を味わったものだが、私にこんな未来が待っているとは。
そう思ったら、あの時の苦しみは、私に必要不可欠なものに思えてくるから、不思議である。
人生とは本当に分からないものだ。
「では頼んだぞアリア。お前の力を貸してくれ」
国王の力強い言葉に応えるように、私は大きく頷いた。
私は国王に呼ばれ、王宮に足を運んでいた。
馬車から降りた私と、付き添いの父は、王宮の荘厳な建物を見て息を飲む。
天空まで伸びた屋根は槍のように真っすぐで、敷地面積も貴族のそれとは一線を画す。
なにより、数人のメイドと執事が私たちを出迎えてくれて、だだっ広い庭には護衛の騎士が練り歩いている。
明らかに生活レベルの違う世界へと足を踏み入れた私たちは、馬車から降りた途端に固まってしまった。
「お待ちしておりました」
初老の執事が一歩前に出ると、私と父に深く頭を下げた。
教科書のような美しいお辞儀に、内心歓声を上げる。
彼はゆっくりと顔を上げると、素敵な笑みと共に口を開く。
「国王様が玉座の間でお待ちです。ご案内致します」
ただの挨拶のようなものなのに、私と父は完全に気圧されてしまい、黙って頷いた。
王宮の中は迷路のように入り組んでいて、よく執事は迷わずに道を進めるなと感心した。
私と父は、まるで子供のように、周囲をキョロキョロしながら、執事の後をついていく。
数分歩いた所で、執事は止まると、彼の目の前には大きな両開きの扉があった。
左右に甲冑姿の兵士が立っていて、執事の目配せと共に、扉を開ける。
「お待たせいたしました。ここが玉座の間になります」
執事がさっと横にどくと、同時に扉が全開になる。
中の空間は奥に広くて、最奥の少し手前から、数段しかない階段が続いていた。
階段の先には二組の豪華な椅子が置かれていて、片方に白い髪の毛の武人風な男が座っていた。
「アリア。行くぞ」
そう言った父の声は震えていた。
私はごくりと唾を呑み込むと、父と隣り合って玉座の間に足を踏み入れた。
左右に数人の家臣と兵士が待機していて、歩を進める私たちをにらみつけていた。
全身から緊張で汗が噴き出るが、それを拭いている余裕などない。
やっとのこと階段の前まで到着すると、父がおもむろに片膝をついた。
私も同じように片膝をつく。
それを見て玉座に座った男……国王が口を開いた。
「お前が男爵令嬢アリアだな。お前の領地経営の手腕は私の耳までしっかりと届いておるぞ」
「も、もったいないお言葉です……感謝申し上げます」
今日は私の領地経営の件で、国王直々に話があるとのことだった。
半年前に父に代わり領地経営をしてから、実家の収益はうなぎ登りに上がっていた。
「男爵家という身分でありながら、その卓越した頭脳。賞賛に値する」
国王はまるで自分のことのように嬉しそうに言うが、怖くて顏は見れない。
さっきからずっと床に視線を落としていた。
「アリアよ。お前に頼みたいことがあるのだ。どうか顔を上げてはくれまいか?」
「し、失礼します……」
恐る恐る顔を上げると、国王は優し気な笑みを浮べていた。
「お前にこの国の貴族たちを救って欲しい。領地経営に失敗し、頭を悩ませている貴族の元へ赴き、お前の手腕で立て直して欲しい」
予想外の言葉に私はぽかんと口を開ける。
私なんかがそんなおおそれたことを……と夢うつつでいると、国王は言葉を加える。
「報酬は一件につき、金貨五十枚でどうだろうか?」
「金貨五十枚!?」
驚きの声を上げたのは父。
ちらっと顔を見てみると、大金に目が回ったように、顔色が悪かった。
金貨五十枚と言うと、私たちの生活レベルなら三年は暮らしていける。
そんなお金をぽんと提案する辺り、やはりこの人は王族なのだ。
「わ、私でよろしければ……」
遠慮がちに言うと、国王が大きく頷いた。
「ありがとうアリア。お前のおかげで、この国の貴族達は救われるだろう。必要な物があれば何でも言ってくれ。迅速に用意する」
「かしこまりました」
心臓がドクドクと高鳴っていた。
マークに離婚を告げられた時は、人生が終了したかのような絶望を味わったものだが、私にこんな未来が待っているとは。
そう思ったら、あの時の苦しみは、私に必要不可欠なものに思えてくるから、不思議である。
人生とは本当に分からないものだ。
「では頼んだぞアリア。お前の力を貸してくれ」
国王の力強い言葉に応えるように、私は大きく頷いた。
341
お気に入りに追加
297
あなたにおすすめの小説
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
兄のために嫌々婚約したのに、妹が邪魔してきて婚約破棄されました。絶対に許しません!
法華
恋愛
カラ=ブライトは料理人の兄の雇用と引き換えに、醜悪なレストランオーナーのローワンと婚約した。しかし、いよいよ結婚という段階になって、彼は婚約破棄を宣言し、約束も破ると言い出した。どうやら妹のミーシャが、兄への嫌がらせのためにこんな事態を引き起こしたらしい。二人とも、絶対に許しません!
※反響あれば連載化を検討します。よろしくお願い致します。
私の夫を奪ったクソ幼馴染は御曹司の夫が親から勘当されたことを知りません。
春木ハル
恋愛
私と夫は最近関係が冷めきってしまっていました。そんなタイミングで、私のクソ幼馴染が夫と結婚すると私に報告してきました。夫は御曹司なのですが、私生活の悪さから夫は両親から勘当されたのです。勘当されたことを知らない幼馴染はお金目当てで夫にすり寄っているのですが、そこを使って上手く仕返しします…。
にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
[完結]離婚したいって泣くくらいなら、結婚する前に言ってくれ!
日向はび
恋愛
「離婚させてくれぇ」「泣くな!」結婚してすぐにビルドは「離婚して」とフィーナに泣きついてきた。2人が生まれる前の母親同士の約束により結婚したけれど、好きな人ができたから別れたいって、それなら結婚する前に言え! あまりに情けなく自分勝手なビルドの姿に、とうとう堪忍袋の尾が切れた。「慰謝料を要求します」「それは困る!」「困るじゃねー!」
束縛の激しい夫にずっと騙されていました。許せないので浮気現場に乗り込みます。
Hibah
恋愛
オリヴィアは、夫ゲラルトに束縛される夫婦生活を送っていた。ゲラルトが仕事に行く間、中から開けられない『妻の部屋』に閉じ込められ、ゲラルトの帰宅を待つ。愛するがゆえの行動だと思い我慢するオリヴィアだったが、ある日夫婦で招かれた昼食会で、ゲラルトのキス現場を見てしまう。しかもゲラルトのキス相手は、オリヴィアの幼馴染ハンスの妹カタリーナだった。オリヴィアは幼馴染ハンスと計画して、ゲラルトとカタリーナの決定的な浮気現場を押さえるべく、計画を練る……
愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の伯爵令嬢だったエミリアは長年の想い人である公爵令息オリバーと結婚した。
しかし、夫となったオリバーとの仲は冷え切っていた。
オリバーはエミリアを愛していない。
それでもエミリアは一途に夫を想い続けた。
子供も出来ないまま十年の年月が過ぎ、エミリアはオリバーにもう一つの家庭が存在していることを知ってしまう。
それをきっかけとして、エミリアはついにオリバーとの離婚を決意する。
オリバーと離婚したエミリアは第二の人生を歩み始める。
一方、最愛の愛人とその子供を公爵家に迎え入れたオリバーは後悔に苛まれていた……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる