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「ああ、もう来たのか」

 私の存在に気づいたマークが、笑顔をこちらに向ける。
 久しぶりに見た嬉しそうな顔だが、その対象が自分ではないことは、当然のように理解できた。

「あなたが奥様ね」

 勝ち誇ったような視線を向けてきたのは、ローラと呼ばれた彼女。
 私と同じ金色の髪だが、しなやかに長く伸ばしていて、華麗にカールさせている。
 同じ髪色なのに、華やかさは段違いだ。

「座れ。話がある」

 嫌な予感をひしひしと感じながらも、私は二人の向かいのソファに座る。
 それを見て、マークが口を開く。

「アリア。お前とは離婚をすることにするよ。明日までに家を出て行ってくれ」

「……え?」

 ズキンと心が剣で刺されたように痛む。
 しかし、そんな私を心配することもなく、マークは言葉を続ける。

「無能なお前よりも、僕にピッタリな女性を見つけたんだ。紹介するよ、ローラだ」

 隣に座るローラが軽く頭を下げる。

「ローラです。あなたと同じ男爵令嬢なの。ふふっ」

 身分こそ同じだが、それ以外はまるで真逆。
 彼女はそう言いたげに、私を見下したように笑う。
 離婚宣言のショックから未だに立ち直れない私は、言葉を紡げずにいた。
 見かねたマークがため息交じりに言う。

「一年持っただけでも、褒めてほしいくらいだよ。そもそも公爵家の僕が男爵令嬢の君と結婚してやっただけで奇跡のようなものなのに……あ、もちろんローラは特別だよ?」

 マークがローラに顔を向けてニヤリと笑みを浮かべる。
 ローラが嬉しそうに顔を輝かせる。
 まるで出来の悪い演劇でも見てるような気分になってきて、気分が悪くなる。
 マークは私も見ずに口を開く。

「じゃあ離婚ということでいいね。大体身分の低い君が僕に逆らうなんて、出来るわけがないけどね」

 彼はそう言うと、見せつけるようにローラの頬にキスをした。
 ローラも彼の頬にキスをし返す。
 瞬間、マグマのような怒りがふっと湧いてきたが、すぐにそれは諦めへと変わる。

「分かりました」

 私は力なく頷くと、逃げるように応接間を後にする。
 苦しい夫婦生活は終わりを告げたが、それは私の想像とは違い、最悪の形で終結した。

 ……翌日。
 荷物をまとめた私は、マークに言われた通り、家を去った。
 唯一貸してもらった馬車で実家に帰ると、家にいた父が私を心配そうに見つめた。
 事情を説明すると、父は驚き、唇を強く噛みしめた。
 言葉にはしないが、男爵家の自分達がこの不当な離婚に抵抗する力はない、そう言われているようで、更に悲しさが増す。

 そのまま実家で喪失感と共に暮らしていた私だが、記憶にある我が家よりも、少し人の数が減ったようにふと思った。
 元々そう数は多くないが、閑散とした廊下を見ると、何かあったのではと不安が湧いてきた。
 昔なら誰か一人は掃除や荷物運びでうろうろしていたというのに。

 私は父の書斎を訪れた。
 扉をノックすると、どこか悩んでいるような声で、「入ってくれ」と返事が来る。
 扉を開けると、父は机の上の書類に目を落としていて、案の定眉間にしわを寄せていた。

「あの、お父様。もしかして、この家に何かあったのですか?」

 マークと結婚して以来、一年振りに帰ってきた我が家。
 その違和感の原因を突き止めるべく質問をすると、父は苦しそうな顔を上げる。

「いや、まあ……だ、大丈夫だよ」

 明らかに嘘を言っているだろう声の調子に、私は警戒を強めた。
 父が何を隠しているのかは知らないが、大丈夫でないことは確かだ。

「気遣いは無用です。何があったのですか?」

 私の態度に父は隠しきれないと悟ったのか、ため息交じりに告げる。

「実は領地経営が上手くいかなくてな……専門家を雇おうにも、そんな金はないし……頑張ってはいるんだが……」

 父はそこで言葉を止めると、大きなため息をはいた。
 私は机の前まで移動すると、チラッと机上の書類に目を通す。
 経費削減できるところが数か所見つかり、私は小さく頷く。

「お父様。もしよろしければ私に任せてくださいませんか? これでもマーク家の領地経営は私がやっておりましたので」
  
「え?」

 父は驚いたように目を見開いた。
 しかし既に限界であったのか、ぶっきらぼうに言葉を返す。

「まあ、いいか……よろしく頼む」
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