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「僕に愛人を作らせてくれないか?」
書面上の夫であるコートは私にそう言った。
外では大雨が降っていて、私の困惑を洗い流すように窓の表面を雨粒が流れ落ちている。
私は口をぽかんと開けて、貴族らしからぬ様相だった。
「……ダメかな?」
「いや、ダメでしょ」
思わず食い気味に言ってしまう。
書面上とはいえ、コートは私の夫だ。
愛人を作りたいと言われ、はいそうですかと納得するわけがない。
「コート。自分の言っていることが分かっているのかしら? 別に私に愛情がないのは元々知っていたけど、それはあなたが愛情なんて分からないって言ったからでしょ。その上でこの夫婦関係になったのに、三年も経って愛人なんて……」
「そんなことは十分に分かっている! 僕がおかしなことを言っているのもね! でも、この想いは止められないんだ……これが愛というものなんだ……」
コートは何かに陶酔するように、部屋の壁を見つめ始めた。
心なしか鼻の下が伸びているように見えて、思わず嫌悪感が走る。
「……誰か好きになったということ?」
イライラしながら訊いてみると、コートは嬉しそうに頷いた。
「この前の夜会で会った彼女……男爵令嬢のマリアンヌさ。あの美しい長い黒髪に、全ての男を魅了するような鋭い目つき、スタイルもいいし、声が何とも……うっ、思い出したらドキドキしてきた」
「あっそ……」
コートは大分重症みたいだ。
まぁ、生まれて初めての恋に戸惑うのも分かるけど、もう少し冷静になった方がいいと思うわよ。
そんなことを心の中で思いながら、私は冷静に言葉を放つ。
「コート。あなたがそのマリアンヌっていう女性を愛するのは勝手だけど、愛人という関係にまで踏み込むのは許せないわ。そんなことをしても自分にデメリットしかないのが分からないの?」
「ふん、僕は昔から君のそういう所が嫌いだったんだ。確かに君の言っていることは正しいし、正論という類のものだろう。でも、その反面、人間らしさが失われてしまっていることに気づいてないのかい? マリアンヌは違うよ、彼女は人間味に溢れている」
コートは再び陶酔したような目になると、マリアンヌの好きな所を説明し始めた。
「彼女はルールや規則なんてただのまやかしだと言っていた。それ以上に大切なのは、狂ってしまうほどの愛だと。僕はその考えに共鳴した。心がびびっと来たんだ」
「何か毒でも盛られたんじゃないの?」
「失敬な! 彼女はそんな人じゃない!」
コートは突然声を荒げると、私を殺すように睨みつけた。
急な態度の変化に多少驚きはしたが、不思議と迫力は感じなかった。
「彼女はまるで天使のようだ……そうだよ、この混沌とした世界に舞い降りた天使……僕に真実の愛を伝えるために遣わされた神の使いなんだ……ふふっ」
マリアンヌという男爵令嬢に会って、コートは壊れてしまったらしい。
私の言葉が今の彼に届くと微塵も思わないが、念のため、私は言う。
「コート。あなたがどう思っていようと、どんなに素敵な言葉を並べようと、愛人を作ることは認められない。夫婦となる時の契約書にもそのことが書いてあったでしょ。だから諦めて、彼女には憧れの感情だけを向けていて」
「この嘘つきの悪女めが……僕を騙そうとしたってそうはいかないぞ……契約書にはそんなことは書かれてなかった。それに僕達の結婚はただの書類上のものだ。真実の愛が見つかった今、そちらを優先すべきなのは明白だ」
コートはどうしても愛を優先したいらしい。
私は大きなため息をつくと、最後に口を開く。
「どうでもいいけど、愛人は認めないからね」
それだけ言うと、私は部屋を後にした。
書面上の夫であるコートは私にそう言った。
外では大雨が降っていて、私の困惑を洗い流すように窓の表面を雨粒が流れ落ちている。
私は口をぽかんと開けて、貴族らしからぬ様相だった。
「……ダメかな?」
「いや、ダメでしょ」
思わず食い気味に言ってしまう。
書面上とはいえ、コートは私の夫だ。
愛人を作りたいと言われ、はいそうですかと納得するわけがない。
「コート。自分の言っていることが分かっているのかしら? 別に私に愛情がないのは元々知っていたけど、それはあなたが愛情なんて分からないって言ったからでしょ。その上でこの夫婦関係になったのに、三年も経って愛人なんて……」
「そんなことは十分に分かっている! 僕がおかしなことを言っているのもね! でも、この想いは止められないんだ……これが愛というものなんだ……」
コートは何かに陶酔するように、部屋の壁を見つめ始めた。
心なしか鼻の下が伸びているように見えて、思わず嫌悪感が走る。
「……誰か好きになったということ?」
イライラしながら訊いてみると、コートは嬉しそうに頷いた。
「この前の夜会で会った彼女……男爵令嬢のマリアンヌさ。あの美しい長い黒髪に、全ての男を魅了するような鋭い目つき、スタイルもいいし、声が何とも……うっ、思い出したらドキドキしてきた」
「あっそ……」
コートは大分重症みたいだ。
まぁ、生まれて初めての恋に戸惑うのも分かるけど、もう少し冷静になった方がいいと思うわよ。
そんなことを心の中で思いながら、私は冷静に言葉を放つ。
「コート。あなたがそのマリアンヌっていう女性を愛するのは勝手だけど、愛人という関係にまで踏み込むのは許せないわ。そんなことをしても自分にデメリットしかないのが分からないの?」
「ふん、僕は昔から君のそういう所が嫌いだったんだ。確かに君の言っていることは正しいし、正論という類のものだろう。でも、その反面、人間らしさが失われてしまっていることに気づいてないのかい? マリアンヌは違うよ、彼女は人間味に溢れている」
コートは再び陶酔したような目になると、マリアンヌの好きな所を説明し始めた。
「彼女はルールや規則なんてただのまやかしだと言っていた。それ以上に大切なのは、狂ってしまうほどの愛だと。僕はその考えに共鳴した。心がびびっと来たんだ」
「何か毒でも盛られたんじゃないの?」
「失敬な! 彼女はそんな人じゃない!」
コートは突然声を荒げると、私を殺すように睨みつけた。
急な態度の変化に多少驚きはしたが、不思議と迫力は感じなかった。
「彼女はまるで天使のようだ……そうだよ、この混沌とした世界に舞い降りた天使……僕に真実の愛を伝えるために遣わされた神の使いなんだ……ふふっ」
マリアンヌという男爵令嬢に会って、コートは壊れてしまったらしい。
私の言葉が今の彼に届くと微塵も思わないが、念のため、私は言う。
「コート。あなたがどう思っていようと、どんなに素敵な言葉を並べようと、愛人を作ることは認められない。夫婦となる時の契約書にもそのことが書いてあったでしょ。だから諦めて、彼女には憧れの感情だけを向けていて」
「この嘘つきの悪女めが……僕を騙そうとしたってそうはいかないぞ……契約書にはそんなことは書かれてなかった。それに僕達の結婚はただの書類上のものだ。真実の愛が見つかった今、そちらを優先すべきなのは明白だ」
コートはどうしても愛を優先したいらしい。
私は大きなため息をつくと、最後に口を開く。
「どうでもいいけど、愛人は認めないからね」
それだけ言うと、私は部屋を後にした。
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