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邪魔者は消えた。
あのパーティーから二か月後、私はライトの妻となり、彼の家で暮らしていた。
今も継続的に魅了の魔法を彼にかけて、私たちは愛ある生活を営んでいる。
しかしその日、彼は私に衝撃的な言葉を放った。
「どうやら、全財産が没収されるらしい」
「え?」
「リアとの離婚の理由が不当なものだと判断されて、結婚時の契約に則って全部リアへ渡されるんだ」
それを告げたライトは真っ青な顔になっていたが、それは私も同じ。
せっかく顔も身分もいい男を捕まえたのに、全財産が消えたら意味がない。
顔だけ良くても、貧乏な暮らしなんて死んでもしたくない。
ライトは私に懇願するような瞳を向けた。
「な、なあ……スフィア。お前は僕についてきてくれるよな?」
そんなことを事前に確認してくるのだから、よほど地位が下がるのだろう。
公爵家ではいられないとしても、平民に落ちる可能性は十分にある。
「嫌よ……」
敬語を忘れてしまうほどに、私の胸に強い感情が広がる。
眉間にしわを寄せると、彼を睨みつけた。
「金もないあんたについていくわけないでしょう! もう今日でさよならよ! 金輪際私に近づいてこないで!」
「そんな……酷い……」
よわよわしい声を出すライトに背を向けると、私は家を飛び出した。
大通りを歩きながらこれからどうしようか考える。
魅了の魔法を使い、別の男を操ることもできそうだが、そう何度も使うのはリスクが高い気がする。
三百年前の出来事を境に、この国では人を操る魔法の使用は禁止されているから。
もし使用がバレでもしたら、最低でも終身刑は免れないだろう。
とりあえず実家に帰るのが一番かもしれない。
両親には事情を説明して、ライトとは縁を切ったと言えばいい。
泥舟に乗っていろというほど、彼等は馬鹿ではないはずだ。
「あの、少しよろしいですか?」
背後から声をかけられて、私は振り向いた。
そこには二人組の女性の兵士がいて、私の腕を掴んだ。
「スフィアさんですね?」
「え……な、なんでしょう……」
愛想よく振る舞うも、彼女は冷徹に言葉を続ける。
「魔法の違法使用の容疑で逮捕させていただきます。国王様からの命令なので、逆らわない方が身のためかと」
「うそ……な、なんでそのことを……あ……」
思わず動揺して失言をしてしまった。
魅了のことは誰にもバレないはずだった。
いや、バレるわけがないのだ。
「ついてきてくれますね?」
もう一人の兵士が私の肩に手を置く。
逃げきれないと悟った私は、諦めて頷いた。
地下牢へ収容された私は、固いベッドに腰を下ろした。
一体どうして魅了がバレたのか、その謎が解けぬままに、怒りと恐怖だけが心を支配していく。
「随分と腑抜けた顔をしているわね」
どこかで聞いたことのある声に顔を上げる。
そこには私に魅了を与えた魔女が立っていた。
私にしか見えないのか、巡回中の兵士は意に介さず歩を進めている。
「……あなたのせいよ」
八つ当たりをするように言うと、彼女は嬉しそうに笑みをこぼす。
「私のせい? 冗談言わないでよ。あなたが望んだのでしょう? 私は別にあなたが魅了を欲しがらないのなら、あげるつもりはなかったわ」
「ふ、ふざけるんじゃないわよ!」
怒りそのままにベッドから立ち上がると、巡回中の兵士が私に怒号を飛ばす。
「静かにしていろ! 殺されたいか!」
私はふんと鼻を鳴らすと、ベッドに座り直す。
彼女は呆れたようにため息をはいた。
「あなたのことは哀れに思っているけれど、何もしてあげられないわ。ごめんね」
飄々とそう言った彼女は、ふいに私に手を伸ばす。
瞬間、体の中から魔力と共に、魅了の力が消えるのが分かった。
「え……い、今何したの……?」
「ん? ああ、返してもらっただけよ。元々私のものだし」
「うそ……ま、待ってお願い。その力が無いと私は……」
「嫌よ。もう何にも面白くないもの」
言葉の後、彼女の姿がふっと消えた。
「嘘よ……こんなの……」
魅了のない私に一体何の魅力があるのだろうか。
酷い嫌悪感と後悔に苛まれた私は、顔を手で覆い、独り静かに絶望した。
あのパーティーから二か月後、私はライトの妻となり、彼の家で暮らしていた。
今も継続的に魅了の魔法を彼にかけて、私たちは愛ある生活を営んでいる。
しかしその日、彼は私に衝撃的な言葉を放った。
「どうやら、全財産が没収されるらしい」
「え?」
「リアとの離婚の理由が不当なものだと判断されて、結婚時の契約に則って全部リアへ渡されるんだ」
それを告げたライトは真っ青な顔になっていたが、それは私も同じ。
せっかく顔も身分もいい男を捕まえたのに、全財産が消えたら意味がない。
顔だけ良くても、貧乏な暮らしなんて死んでもしたくない。
ライトは私に懇願するような瞳を向けた。
「な、なあ……スフィア。お前は僕についてきてくれるよな?」
そんなことを事前に確認してくるのだから、よほど地位が下がるのだろう。
公爵家ではいられないとしても、平民に落ちる可能性は十分にある。
「嫌よ……」
敬語を忘れてしまうほどに、私の胸に強い感情が広がる。
眉間にしわを寄せると、彼を睨みつけた。
「金もないあんたについていくわけないでしょう! もう今日でさよならよ! 金輪際私に近づいてこないで!」
「そんな……酷い……」
よわよわしい声を出すライトに背を向けると、私は家を飛び出した。
大通りを歩きながらこれからどうしようか考える。
魅了の魔法を使い、別の男を操ることもできそうだが、そう何度も使うのはリスクが高い気がする。
三百年前の出来事を境に、この国では人を操る魔法の使用は禁止されているから。
もし使用がバレでもしたら、最低でも終身刑は免れないだろう。
とりあえず実家に帰るのが一番かもしれない。
両親には事情を説明して、ライトとは縁を切ったと言えばいい。
泥舟に乗っていろというほど、彼等は馬鹿ではないはずだ。
「あの、少しよろしいですか?」
背後から声をかけられて、私は振り向いた。
そこには二人組の女性の兵士がいて、私の腕を掴んだ。
「スフィアさんですね?」
「え……な、なんでしょう……」
愛想よく振る舞うも、彼女は冷徹に言葉を続ける。
「魔法の違法使用の容疑で逮捕させていただきます。国王様からの命令なので、逆らわない方が身のためかと」
「うそ……な、なんでそのことを……あ……」
思わず動揺して失言をしてしまった。
魅了のことは誰にもバレないはずだった。
いや、バレるわけがないのだ。
「ついてきてくれますね?」
もう一人の兵士が私の肩に手を置く。
逃げきれないと悟った私は、諦めて頷いた。
地下牢へ収容された私は、固いベッドに腰を下ろした。
一体どうして魅了がバレたのか、その謎が解けぬままに、怒りと恐怖だけが心を支配していく。
「随分と腑抜けた顔をしているわね」
どこかで聞いたことのある声に顔を上げる。
そこには私に魅了を与えた魔女が立っていた。
私にしか見えないのか、巡回中の兵士は意に介さず歩を進めている。
「……あなたのせいよ」
八つ当たりをするように言うと、彼女は嬉しそうに笑みをこぼす。
「私のせい? 冗談言わないでよ。あなたが望んだのでしょう? 私は別にあなたが魅了を欲しがらないのなら、あげるつもりはなかったわ」
「ふ、ふざけるんじゃないわよ!」
怒りそのままにベッドから立ち上がると、巡回中の兵士が私に怒号を飛ばす。
「静かにしていろ! 殺されたいか!」
私はふんと鼻を鳴らすと、ベッドに座り直す。
彼女は呆れたようにため息をはいた。
「あなたのことは哀れに思っているけれど、何もしてあげられないわ。ごめんね」
飄々とそう言った彼女は、ふいに私に手を伸ばす。
瞬間、体の中から魔力と共に、魅了の力が消えるのが分かった。
「え……い、今何したの……?」
「ん? ああ、返してもらっただけよ。元々私のものだし」
「うそ……ま、待ってお願い。その力が無いと私は……」
「嫌よ。もう何にも面白くないもの」
言葉の後、彼女の姿がふっと消えた。
「嘘よ……こんなの……」
魅了のない私に一体何の魅力があるのだろうか。
酷い嫌悪感と後悔に苛まれた私は、顔を手で覆い、独り静かに絶望した。
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