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ピンクの華やかな髪で生まれた私は、すぐに自分が美しくないのだと悟った。
「スフィアは何というか……平凡ねぇ……」
化粧の濃い母は、私の顔を見て残念そうに声を上げた。
父も「そうだな」と眉をひそめて、ため息をはいた。
当時の私はまだ六歳だったが、二人の言葉を重く受け止めてしまい、ああ、自分は美しい女性ではないのだと、直感で悟った。
両親の言葉通り、私は特に外見を褒められることもなく幼少期を過ごした。
しかし時が経つにつれて、平凡だった私の顔は、平凡よりも下に傾き始めた。
友人だった女の子は私を指差して、嬉しそうに言う。
「スフィアちゃんってブサイクだよね。髪は華やかなのにね」
彼女につられて、他の友人も徐々に私を馬鹿にし始めた。
気づけば周りには誰もいなくなっていて、少し離れた所から私を馬鹿にする話し声が聞こえるようになっていた。
それに追い打ちをかけるように、両親も私を不憫そうに見つめるようになった。
確かに私は容姿が整っていないのかもしれない、しかし親ならば子のことを愛するのが当然ではないのだろうか。
そう考えていた私にとって、両親からの哀れみの瞳は、友人からの侮辱よりも心に痛々しい傷を作った。
苦しい、苦しい、苦しい。
毎日が苦しくてたまらなかった。
私は部屋に籠るようになり、本の世界に自分の叶えられない夢を馳せた。
その一つに魅了を使う魔女の物語があった。
史実を元にして書かれた児童向けの本で、三百年前のこの国が舞台の話だった。
三百年前。
突然現れた魔女が、王宮の男たちを誘惑した。
彼女は魅了という魔法を使い、自らに好意を寄せた男を操った。
男たちは魔女を巡り、血みどろの争いをした。
その中には国王や王子も含まれていた。
しかし魔女は遊びに飽きた子供のように、突然に国から姿を消した。
それと同時に魅了の魔法は解け、王宮は血の海に染まっていた。
「私がこの魔女だったなら……」
魅了の力があれば、醜い私でも男性から好かれることがあるのかもしれない。
魔法を極めれば、もしかしたら女性にも好かれて、私は皆に愛される人気者になれるかもしれない。
そう考えるだけで、心がわくわくしてきた。
しかしそんな幸せの時は一瞬で、鏡を見る度に、現実を突きつけられる。
髪色だけは華やかなのに、それを台無しにする平凡な顔。
スタイルだってよくはないし、子供のように背は低い。
これが本当の私。
誰にも愛されない、寂しくて、可哀そうなスフィア。
扉が叩かれて、乱雑な母の声がした。
また本を読みふけっているの、早く降りてきてご飯を食べなさい。
たまには外に出て、友達と遊んだら?
誰のせいでこうなったと思っているのだろうか。
怒りがふっと湧いたが、私は拳を抑えて堪える。
「すぐ行く」
愚痴をこぼしながら、母は自室の前から去っていく。
私は唇を噛みしめて、喉元に引っかかった言葉を呑み込んだ。
本当にこの世界は残酷だ。
醜い弱者には、何の加護もないのだから。
……そんな日々がいくらか続き、私は人生に絶望していた。
幸いなことに時間だけはあったので、勉強して質の良い貴族学園に入学を果たした。
しかしそこでも相変わらず、私は馬鹿にされる日々を過ごした。
周囲を囲んでいたのは、本当に勉強が出来るのかと疑いたくなるほどに馬鹿な同級生で、最悪なことに容姿は整っていた。
醜い私は、誹謗中傷を当たり前のように受け、洋服を破かれ、階段から落とされた。
水をかけられたこともあったし、教科書を燃やされたこともあった。
卒業後に知ったことだが、この学園は裏口入学が活発に行われていて、まともに勉強が出来る人の方が少ないらしい。
それを知った私は、悔しさで自室で泣き暮れた。
どれほど泣いたのだろう。
顔が痛くなるほどになって、やっと涙が止まった。
すでに真夜中になっていて、窓から見える外の景色が漆黒に染まっていた。
私は何かに誘われるように窓に近づくと、窓をそっと開けた。
そこにほうきに乗って浮いている美しい女性がいた。
叫びそうになるが、彼女が口に指を当てたのを見て、何とか堪えた。
「あなた、面白そうね」
彼女はそう言うと、私に手を伸ばした。
「ねえ、魔法の力欲しい?」
本能がダメだと告げていた。
しかし、私は頷いていた。
夜の冷たい風が吹き抜け、彼女の闇のような黒い髪を揺らす。
「ふふ、じゃああなたにピッタリな魔法をあげるわね。魅了……素晴らしい魔法よ」
「魅了……?」
いつか本で読んだ、憧れの魔法。
鼓動が高鳴り、私は彼女に手を伸ばした。
瞬間、私たちの間に眩い光が走り、目をぎゅっとつぶる。
再び目を開いた時には、そこには誰もおらず、いつもの真夜中が広がっていた。
私は窓を閉めると、ベッドに腰かける。
「なにこれ……凄い……」
体中に魔力が巡るのを感じた。
魅了という魔法の使い方も、暗記したように理解していた。
私は鏡の前に移動すると、笑ってみせる。
心なしか、いつもより美しく見えた。
「スフィアは何というか……平凡ねぇ……」
化粧の濃い母は、私の顔を見て残念そうに声を上げた。
父も「そうだな」と眉をひそめて、ため息をはいた。
当時の私はまだ六歳だったが、二人の言葉を重く受け止めてしまい、ああ、自分は美しい女性ではないのだと、直感で悟った。
両親の言葉通り、私は特に外見を褒められることもなく幼少期を過ごした。
しかし時が経つにつれて、平凡だった私の顔は、平凡よりも下に傾き始めた。
友人だった女の子は私を指差して、嬉しそうに言う。
「スフィアちゃんってブサイクだよね。髪は華やかなのにね」
彼女につられて、他の友人も徐々に私を馬鹿にし始めた。
気づけば周りには誰もいなくなっていて、少し離れた所から私を馬鹿にする話し声が聞こえるようになっていた。
それに追い打ちをかけるように、両親も私を不憫そうに見つめるようになった。
確かに私は容姿が整っていないのかもしれない、しかし親ならば子のことを愛するのが当然ではないのだろうか。
そう考えていた私にとって、両親からの哀れみの瞳は、友人からの侮辱よりも心に痛々しい傷を作った。
苦しい、苦しい、苦しい。
毎日が苦しくてたまらなかった。
私は部屋に籠るようになり、本の世界に自分の叶えられない夢を馳せた。
その一つに魅了を使う魔女の物語があった。
史実を元にして書かれた児童向けの本で、三百年前のこの国が舞台の話だった。
三百年前。
突然現れた魔女が、王宮の男たちを誘惑した。
彼女は魅了という魔法を使い、自らに好意を寄せた男を操った。
男たちは魔女を巡り、血みどろの争いをした。
その中には国王や王子も含まれていた。
しかし魔女は遊びに飽きた子供のように、突然に国から姿を消した。
それと同時に魅了の魔法は解け、王宮は血の海に染まっていた。
「私がこの魔女だったなら……」
魅了の力があれば、醜い私でも男性から好かれることがあるのかもしれない。
魔法を極めれば、もしかしたら女性にも好かれて、私は皆に愛される人気者になれるかもしれない。
そう考えるだけで、心がわくわくしてきた。
しかしそんな幸せの時は一瞬で、鏡を見る度に、現実を突きつけられる。
髪色だけは華やかなのに、それを台無しにする平凡な顔。
スタイルだってよくはないし、子供のように背は低い。
これが本当の私。
誰にも愛されない、寂しくて、可哀そうなスフィア。
扉が叩かれて、乱雑な母の声がした。
また本を読みふけっているの、早く降りてきてご飯を食べなさい。
たまには外に出て、友達と遊んだら?
誰のせいでこうなったと思っているのだろうか。
怒りがふっと湧いたが、私は拳を抑えて堪える。
「すぐ行く」
愚痴をこぼしながら、母は自室の前から去っていく。
私は唇を噛みしめて、喉元に引っかかった言葉を呑み込んだ。
本当にこの世界は残酷だ。
醜い弱者には、何の加護もないのだから。
……そんな日々がいくらか続き、私は人生に絶望していた。
幸いなことに時間だけはあったので、勉強して質の良い貴族学園に入学を果たした。
しかしそこでも相変わらず、私は馬鹿にされる日々を過ごした。
周囲を囲んでいたのは、本当に勉強が出来るのかと疑いたくなるほどに馬鹿な同級生で、最悪なことに容姿は整っていた。
醜い私は、誹謗中傷を当たり前のように受け、洋服を破かれ、階段から落とされた。
水をかけられたこともあったし、教科書を燃やされたこともあった。
卒業後に知ったことだが、この学園は裏口入学が活発に行われていて、まともに勉強が出来る人の方が少ないらしい。
それを知った私は、悔しさで自室で泣き暮れた。
どれほど泣いたのだろう。
顔が痛くなるほどになって、やっと涙が止まった。
すでに真夜中になっていて、窓から見える外の景色が漆黒に染まっていた。
私は何かに誘われるように窓に近づくと、窓をそっと開けた。
そこにほうきに乗って浮いている美しい女性がいた。
叫びそうになるが、彼女が口に指を当てたのを見て、何とか堪えた。
「あなた、面白そうね」
彼女はそう言うと、私に手を伸ばした。
「ねえ、魔法の力欲しい?」
本能がダメだと告げていた。
しかし、私は頷いていた。
夜の冷たい風が吹き抜け、彼女の闇のような黒い髪を揺らす。
「ふふ、じゃああなたにピッタリな魔法をあげるわね。魅了……素晴らしい魔法よ」
「魅了……?」
いつか本で読んだ、憧れの魔法。
鼓動が高鳴り、私は彼女に手を伸ばした。
瞬間、私たちの間に眩い光が走り、目をぎゅっとつぶる。
再び目を開いた時には、そこには誰もおらず、いつもの真夜中が広がっていた。
私は窓を閉めると、ベッドに腰かける。
「なにこれ……凄い……」
体中に魔力が巡るのを感じた。
魅了という魔法の使い方も、暗記したように理解していた。
私は鏡の前に移動すると、笑ってみせる。
心なしか、いつもより美しく見えた。
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