上 下
5 / 6

しおりを挟む
 ピンクの華やかな髪で生まれた私は、すぐに自分が美しくないのだと悟った。

「スフィアは何というか……平凡ねぇ……」

 化粧の濃い母は、私の顔を見て残念そうに声を上げた。
 父も「そうだな」と眉をひそめて、ため息をはいた。

 当時の私はまだ六歳だったが、二人の言葉を重く受け止めてしまい、ああ、自分は美しい女性ではないのだと、直感で悟った。

 両親の言葉通り、私は特に外見を褒められることもなく幼少期を過ごした。
 しかし時が経つにつれて、平凡だった私の顔は、平凡よりも下に傾き始めた。

 友人だった女の子は私を指差して、嬉しそうに言う。

「スフィアちゃんってブサイクだよね。髪は華やかなのにね」

 彼女につられて、他の友人も徐々に私を馬鹿にし始めた。
 気づけば周りには誰もいなくなっていて、少し離れた所から私を馬鹿にする話し声が聞こえるようになっていた。

 それに追い打ちをかけるように、両親も私を不憫そうに見つめるようになった。
 確かに私は容姿が整っていないのかもしれない、しかし親ならば子のことを愛するのが当然ではないのだろうか。
 そう考えていた私にとって、両親からの哀れみの瞳は、友人からの侮辱よりも心に痛々しい傷を作った。

 苦しい、苦しい、苦しい。
 毎日が苦しくてたまらなかった。
 私は部屋に籠るようになり、本の世界に自分の叶えられない夢を馳せた。

 その一つに魅了を使う魔女の物語があった。
 史実を元にして書かれた児童向けの本で、三百年前のこの国が舞台の話だった。

 三百年前。
 突然現れた魔女が、王宮の男たちを誘惑した。
 彼女は魅了という魔法を使い、自らに好意を寄せた男を操った。

 男たちは魔女を巡り、血みどろの争いをした。
 その中には国王や王子も含まれていた。

 しかし魔女は遊びに飽きた子供のように、突然に国から姿を消した。
 それと同時に魅了の魔法は解け、王宮は血の海に染まっていた。

「私がこの魔女だったなら……」

 魅了の力があれば、醜い私でも男性から好かれることがあるのかもしれない。
 魔法を極めれば、もしかしたら女性にも好かれて、私は皆に愛される人気者になれるかもしれない。

 そう考えるだけで、心がわくわくしてきた。
 しかしそんな幸せの時は一瞬で、鏡を見る度に、現実を突きつけられる。
 髪色だけは華やかなのに、それを台無しにする平凡な顔。
 スタイルだってよくはないし、子供のように背は低い。
 
 これが本当の私。 
 誰にも愛されない、寂しくて、可哀そうなスフィア。

 扉が叩かれて、乱雑な母の声がした。
 また本を読みふけっているの、早く降りてきてご飯を食べなさい。
 たまには外に出て、友達と遊んだら?

 誰のせいでこうなったと思っているのだろうか。
 怒りがふっと湧いたが、私は拳を抑えて堪える。

「すぐ行く」

 愚痴をこぼしながら、母は自室の前から去っていく。
 私は唇を噛みしめて、喉元に引っかかった言葉を呑み込んだ。
 
 本当にこの世界は残酷だ。
 醜い弱者には、何の加護もないのだから。

 ……そんな日々がいくらか続き、私は人生に絶望していた。
 幸いなことに時間だけはあったので、勉強して質の良い貴族学園に入学を果たした。
 
 しかしそこでも相変わらず、私は馬鹿にされる日々を過ごした。
 周囲を囲んでいたのは、本当に勉強が出来るのかと疑いたくなるほどに馬鹿な同級生で、最悪なことに容姿は整っていた。
 
 醜い私は、誹謗中傷を当たり前のように受け、洋服を破かれ、階段から落とされた。
 水をかけられたこともあったし、教科書を燃やされたこともあった。

 卒業後に知ったことだが、この学園は裏口入学が活発に行われていて、まともに勉強が出来る人の方が少ないらしい。
 それを知った私は、悔しさで自室で泣き暮れた。

 どれほど泣いたのだろう。
 顔が痛くなるほどになって、やっと涙が止まった。
 すでに真夜中になっていて、窓から見える外の景色が漆黒に染まっていた。

 私は何かに誘われるように窓に近づくと、窓をそっと開けた。
 そこにほうきに乗って浮いている美しい女性がいた。
 叫びそうになるが、彼女が口に指を当てたのを見て、何とか堪えた。
 
「あなた、面白そうね」

 彼女はそう言うと、私に手を伸ばした。

「ねえ、魔法の力欲しい?」

 本能がダメだと告げていた。
 しかし、私は頷いていた。
 夜の冷たい風が吹き抜け、彼女の闇のような黒い髪を揺らす。
 
「ふふ、じゃああなたにピッタリな魔法をあげるわね。魅了……素晴らしい魔法よ」

「魅了……?」

 いつか本で読んだ、憧れの魔法。
 鼓動が高鳴り、私は彼女に手を伸ばした。
 瞬間、私たちの間に眩い光が走り、目をぎゅっとつぶる。

 再び目を開いた時には、そこには誰もおらず、いつもの真夜中が広がっていた。
 私は窓を閉めると、ベッドに腰かける。
 
「なにこれ……凄い……」

 体中に魔力が巡るのを感じた。
 魅了という魔法の使い方も、暗記したように理解していた。
 私は鏡の前に移動すると、笑ってみせる。
 心なしか、いつもより美しく見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

愛する人は幼馴染に奪われました

杉本凪咲
恋愛
愛する人からの突然の婚約破棄。 彼の隣では、私の幼馴染が嬉しそうに笑っていた。 絶望に染まる私だが、あることを思い出し婚約破棄を了承する。

これでお仕舞い~婚約者に捨てられたので、最後のお片付けは自分でしていきます~

ゆきみ山椒
恋愛
婚約者である王子からなされた、一方的な婚約破棄宣言。 それを聞いた侯爵令嬢は、すべてを受け入れる。 戸惑う王子を置いて部屋を辞した彼女は、その足で、王宮に与えられた自室へ向かう。 たくさんの思い出が詰まったものたちを自分の手で「仕舞う」ために――。 ※この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。

〖完結〗愛人が離婚しろと乗り込んで来たのですが、私達はもう離婚していますよ?

藍川みいな
恋愛
「ライナス様と離婚して、とっととこの邸から出て行ってよっ!」 愛人が乗り込んで来たのは、これで何人目でしょう? 私はもう離婚していますし、この邸はお父様のものですから、決してライナス様のものにはなりません。 離婚の理由は、ライナス様が私を一度も抱くことがなかったからなのですが、不能だと思っていたライナス様は愛人を何人も作っていました。 そして親友だと思っていたマリーまで、ライナス様の愛人でした。 愛人を何人も作っていたくせに、やり直したいとか……頭がおかしいのですか? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

【完結】姉に婚約者を寝取られた私は家出して一人で生きていきます

稲垣桜
恋愛
私の婚約者が、なぜか姉の肩を抱いて私の目の前に座っている。 「すまない、エレミア」 「ごめんなさい、私が悪いの。彼の優しさに甘えてしまって」  私は何を見せられているのだろう。  一瞬、意識がどこかに飛んで行ったのか、それともどこか違う世界に迷い込んだのだろうか。  涙を流す姉をいたわるような視線を向ける婚約者を見て、さっさと理由を話してしまえと暴言を吐きたくなる気持ちを抑える。   「それで、お姉さまたちは私に何を言いたいのですか?お姉さまにはちゃんと婚約者がいらっしゃいますよね。彼は私の婚約者ですけど」  苛立つ心をなんとか押さえ、使用人たちがスッと目をそらす居たたまれなさを感じつつ何とか言葉を吐き出した。 ※ゆる~い設定です。 ※完結保証。

〖完結〗その愛、お断りします。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った…… 彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。 邪魔なのは、私だ。 そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。 「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。 冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない! *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

王太子殿下に婚約者がいるのはご存知ですか?

通木遼平
恋愛
フォルトマジア王国の王立学院で卒業を祝う夜会に、マレクは卒業する姉のエスコートのため参加をしていた。そこに来賓であるはずの王太子が平民の卒業生をエスコートして現れた。 王太子には婚約者がいるにも関わらず、彼の在学時から二人の関係は噂されていた。 周囲のざわめきをよそに何事もなく夜会をはじめようとする王太子の前に数名の令嬢たちが進み出て――。 ※以前他のサイトで掲載していた作品です

処理中です...