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国王との謁見が許可されたと報せを受けて、私はしびれかけていた足で壁際から離れた。
案内役のメイドについて廊下を進むと、控室のような一室に通される。
中で国王はお菓子を片手に酒を飲んでいた。
「おお、リアか。久しぶりだな」
「お久しぶりです。国王様」
入り口で丁寧なカーテシーを披露すると、彼はふむと頷き、着席を勧めた。
国王の向かいのソファに座ると、彼が口火を切る。
「で、私に話があるようだな? パーティーを抜け出すほどの大事なことなのか?」
既に酔っぱらっているのか、声が妙に高ぶっている。
私は頷くと、先ほどの出来事を思い返しながら口を開く。
「先ほど、夫のライトより離婚を宣言されました。彼はスフィアという男爵令嬢と結ばれたいらしく、私に冤罪を着せ……」
「はぁ!?」
言葉を遮ったのは国王の驚きの声。
手に持ったお菓子を、そっと皿に戻すと、グラスの酒をぐいっと飲み干す。
気持ちよさそうな声を出した後に、厳しい瞳で私を睨みつける。
「離婚だと? お前はそれに了承したのか?」
「はい」
力強く頷くと、国王は「そうか」とため息をこぼす。
「せっかく国王様直々に組んで頂いた縁談なのに、申し訳ございません」
私が謝罪をすると、彼は首を横に振る。
「謝る必要はない。どんなものも、いずれは壊れる定めになる。たとえ人間でもな」
国王は少しだけ瞳に悲しみを浮かべると、再びため息をこぼす。
空になったグラスを寂しそうに見つめながら、彼は口を開いた。
「冤罪と言ったか?」
「はい。どうやら私が男爵令嬢スフィアをいじめたようなのですが、そんなことは神に誓ってしておりません。二人で共謀し、邪魔な私を貶めようとしたのでしょう。その方が離婚に対する慰謝料を払わなくて済みますしね」
「なるほどな」
「皆様……特に男性陣はお二人の言葉を信じて、歓声まで上げておられました」
「ふっ……今日は上級貴族を大勢呼んだが、揃いも揃って馬鹿ばかりか」
国王の言葉には十分すぎるほどの皮肉が込められていた。
酒を入れた状態で愚痴を語らせると止まらないと思った私は、慌てて口を開く。
「客観的に見れば今回の離婚は不当なものなので、結婚時に取り決めたあの契約の効果が発揮されるかと思いますが、いかがでしょうか?」
「あぁ……あれか。そうだな。十分な調査をしてからになるが、それでも良いか?」
「もちろんでございます。特に慰謝料も請求されませんでしたので、気長に待っています」
「うむ」
国王はお菓子に手を伸ばすと、乱雑に食べ始めた。
「それともう一つ、お調べして頂きたいことがございます」
「ああ、何でも申せ」
「では……男爵令嬢スフィアのことなのですが……魅了を使用している可能性がございます」
「何だと?」
国王の表情が一変した。
顔が強張り、瞳に恐怖の色が浮かぶ。
「私の魔法で確認したところ、彼女が魅了を持っていることが判明しました。魅了された人間についての資料は揃っておりますし、ライトを含めた会場の男性たちを調べれば、痕跡はすぐに見つかるかと」
「そんな……まだいたのか、あんな恐ろしい魔法を持った人間が……」
「はい、納得はいきましたが私も少し驚きました。既に過去の遺物と思っていたのですが……」
部屋に重たい沈黙が流れた。
それもそのはず、魅了の魔法は過去に王国を窮地に追い詰めた、危険な魔法だからだ。
三百年前に現れた魔女により、当時の王宮が血みどろな争い繰り広げた記憶は、国民の細胞一つ一つに刻まれているだろう。
「だが、お前が言うのなら本当なのだな。さすが魔女」
「いえ、彼女の魅了に比べたら私の魔法など陳腐なもの。他人の魔法を知るだけの力なんて、ほとんど実社会では役に立ちません。魔法を使える者など現代では、ほとんどいませんから」
「謙遜するな。今回はお前のその力のおかげで、事前に防げることがあるかもしれない。スフィアのことは綿密に調べてみるとするよ」
「よろしくお願い致します」
これで用件は全て終了した。
私はソファから潔く立ち上がると、国王に頭を下げ、部屋を後にした。
廊下に出ると、どっと疲れが込み上げてきた。
ふいに胸の奥で悲しみが顔を出したが、すぐにそれは消える。
ライトへの愛は、もう微塵もないみたいだ。
私はどこか軽やかな足で帰路についた。
案内役のメイドについて廊下を進むと、控室のような一室に通される。
中で国王はお菓子を片手に酒を飲んでいた。
「おお、リアか。久しぶりだな」
「お久しぶりです。国王様」
入り口で丁寧なカーテシーを披露すると、彼はふむと頷き、着席を勧めた。
国王の向かいのソファに座ると、彼が口火を切る。
「で、私に話があるようだな? パーティーを抜け出すほどの大事なことなのか?」
既に酔っぱらっているのか、声が妙に高ぶっている。
私は頷くと、先ほどの出来事を思い返しながら口を開く。
「先ほど、夫のライトより離婚を宣言されました。彼はスフィアという男爵令嬢と結ばれたいらしく、私に冤罪を着せ……」
「はぁ!?」
言葉を遮ったのは国王の驚きの声。
手に持ったお菓子を、そっと皿に戻すと、グラスの酒をぐいっと飲み干す。
気持ちよさそうな声を出した後に、厳しい瞳で私を睨みつける。
「離婚だと? お前はそれに了承したのか?」
「はい」
力強く頷くと、国王は「そうか」とため息をこぼす。
「せっかく国王様直々に組んで頂いた縁談なのに、申し訳ございません」
私が謝罪をすると、彼は首を横に振る。
「謝る必要はない。どんなものも、いずれは壊れる定めになる。たとえ人間でもな」
国王は少しだけ瞳に悲しみを浮かべると、再びため息をこぼす。
空になったグラスを寂しそうに見つめながら、彼は口を開いた。
「冤罪と言ったか?」
「はい。どうやら私が男爵令嬢スフィアをいじめたようなのですが、そんなことは神に誓ってしておりません。二人で共謀し、邪魔な私を貶めようとしたのでしょう。その方が離婚に対する慰謝料を払わなくて済みますしね」
「なるほどな」
「皆様……特に男性陣はお二人の言葉を信じて、歓声まで上げておられました」
「ふっ……今日は上級貴族を大勢呼んだが、揃いも揃って馬鹿ばかりか」
国王の言葉には十分すぎるほどの皮肉が込められていた。
酒を入れた状態で愚痴を語らせると止まらないと思った私は、慌てて口を開く。
「客観的に見れば今回の離婚は不当なものなので、結婚時に取り決めたあの契約の効果が発揮されるかと思いますが、いかがでしょうか?」
「あぁ……あれか。そうだな。十分な調査をしてからになるが、それでも良いか?」
「もちろんでございます。特に慰謝料も請求されませんでしたので、気長に待っています」
「うむ」
国王はお菓子に手を伸ばすと、乱雑に食べ始めた。
「それともう一つ、お調べして頂きたいことがございます」
「ああ、何でも申せ」
「では……男爵令嬢スフィアのことなのですが……魅了を使用している可能性がございます」
「何だと?」
国王の表情が一変した。
顔が強張り、瞳に恐怖の色が浮かぶ。
「私の魔法で確認したところ、彼女が魅了を持っていることが判明しました。魅了された人間についての資料は揃っておりますし、ライトを含めた会場の男性たちを調べれば、痕跡はすぐに見つかるかと」
「そんな……まだいたのか、あんな恐ろしい魔法を持った人間が……」
「はい、納得はいきましたが私も少し驚きました。既に過去の遺物と思っていたのですが……」
部屋に重たい沈黙が流れた。
それもそのはず、魅了の魔法は過去に王国を窮地に追い詰めた、危険な魔法だからだ。
三百年前に現れた魔女により、当時の王宮が血みどろな争い繰り広げた記憶は、国民の細胞一つ一つに刻まれているだろう。
「だが、お前が言うのなら本当なのだな。さすが魔女」
「いえ、彼女の魅了に比べたら私の魔法など陳腐なもの。他人の魔法を知るだけの力なんて、ほとんど実社会では役に立ちません。魔法を使える者など現代では、ほとんどいませんから」
「謙遜するな。今回はお前のその力のおかげで、事前に防げることがあるかもしれない。スフィアのことは綿密に調べてみるとするよ」
「よろしくお願い致します」
これで用件は全て終了した。
私はソファから潔く立ち上がると、国王に頭を下げ、部屋を後にした。
廊下に出ると、どっと疲れが込み上げてきた。
ふいに胸の奥で悲しみが顔を出したが、すぐにそれは消える。
ライトへの愛は、もう微塵もないみたいだ。
私はどこか軽やかな足で帰路についた。
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