上 下
3 / 6

しおりを挟む
 国王との謁見が許可されたと報せを受けて、私はしびれかけていた足で壁際から離れた。
 案内役のメイドについて廊下を進むと、控室のような一室に通される。
 中で国王はお菓子を片手に酒を飲んでいた。

「おお、リアか。久しぶりだな」

「お久しぶりです。国王様」

 入り口で丁寧なカーテシーを披露すると、彼はふむと頷き、着席を勧めた。
 国王の向かいのソファに座ると、彼が口火を切る。

「で、私に話があるようだな? パーティーを抜け出すほどの大事なことなのか?」

 既に酔っぱらっているのか、声が妙に高ぶっている。
 私は頷くと、先ほどの出来事を思い返しながら口を開く。

「先ほど、夫のライトより離婚を宣言されました。彼はスフィアという男爵令嬢と結ばれたいらしく、私に冤罪を着せ……」

「はぁ!?」
 
 言葉を遮ったのは国王の驚きの声。
 手に持ったお菓子を、そっと皿に戻すと、グラスの酒をぐいっと飲み干す。
 気持ちよさそうな声を出した後に、厳しい瞳で私を睨みつける。

「離婚だと? お前はそれに了承したのか?」

「はい」

 力強く頷くと、国王は「そうか」とため息をこぼす。

「せっかく国王様直々に組んで頂いた縁談なのに、申し訳ございません」

 私が謝罪をすると、彼は首を横に振る。

「謝る必要はない。どんなものも、いずれは壊れる定めになる。たとえ人間でもな」

 国王は少しだけ瞳に悲しみを浮かべると、再びため息をこぼす。
 空になったグラスを寂しそうに見つめながら、彼は口を開いた。

「冤罪と言ったか?」

「はい。どうやら私が男爵令嬢スフィアをいじめたようなのですが、そんなことは神に誓ってしておりません。二人で共謀し、邪魔な私を貶めようとしたのでしょう。その方が離婚に対する慰謝料を払わなくて済みますしね」

「なるほどな」

「皆様……特に男性陣はお二人の言葉を信じて、歓声まで上げておられました」

「ふっ……今日は上級貴族を大勢呼んだが、揃いも揃って馬鹿ばかりか」

 国王の言葉には十分すぎるほどの皮肉が込められていた。
 酒を入れた状態で愚痴を語らせると止まらないと思った私は、慌てて口を開く。

「客観的に見れば今回の離婚は不当なものなので、結婚時に取り決めたあの契約の効果が発揮されるかと思いますが、いかがでしょうか?」

「あぁ……あれか。そうだな。十分な調査をしてからになるが、それでも良いか?」

「もちろんでございます。特に慰謝料も請求されませんでしたので、気長に待っています」

「うむ」

 国王はお菓子に手を伸ばすと、乱雑に食べ始めた。
 
「それともう一つ、お調べして頂きたいことがございます」

「ああ、何でも申せ」

「では……男爵令嬢スフィアのことなのですが……魅了を使用している可能性がございます」

「何だと?」

 国王の表情が一変した。
 顔が強張り、瞳に恐怖の色が浮かぶ。
 
「私の魔法で確認したところ、彼女が魅了を持っていることが判明しました。魅了された人間についての資料は揃っておりますし、ライトを含めた会場の男性たちを調べれば、痕跡はすぐに見つかるかと」

「そんな……まだいたのか、あんな恐ろしい魔法を持った人間が……」

「はい、納得はいきましたが私も少し驚きました。既に過去の遺物と思っていたのですが……」

 部屋に重たい沈黙が流れた。
 それもそのはず、魅了の魔法は過去に王国を窮地に追い詰めた、危険な魔法だからだ。
 三百年前に現れた魔女により、当時の王宮が血みどろな争い繰り広げた記憶は、国民の細胞一つ一つに刻まれているだろう。

「だが、お前が言うのなら本当なのだな。さすが魔女」

「いえ、彼女の魅了に比べたら私の魔法など陳腐なもの。他人の魔法を知るだけの力なんて、ほとんど実社会では役に立ちません。魔法を使える者など現代では、ほとんどいませんから」

「謙遜するな。今回はお前のその力のおかげで、事前に防げることがあるかもしれない。スフィアのことは綿密に調べてみるとするよ」

「よろしくお願い致します」

 これで用件は全て終了した。
 私はソファから潔く立ち上がると、国王に頭を下げ、部屋を後にした。

 廊下に出ると、どっと疲れが込み上げてきた。
 ふいに胸の奥で悲しみが顔を出したが、すぐにそれは消える。
 ライトへの愛は、もう微塵もないみたいだ。

 私はどこか軽やかな足で帰路についた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約を正式に決める日に、大好きなあなたは姿を現しませんでした──。

Nao*
恋愛
私にはただ一人、昔からずっと好きな人が居た。 そして親同士の約束とは言え、そんな彼との間に婚約と言う話が出て私はとても嬉しかった。 だが彼は王都への留学を望み、正式に婚約するのは彼が戻ってからと言う事に…。 ところが私達の婚約を正式に決める日、彼は何故か一向に姿を現さず─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。 彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。 そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。 この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。 その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

婚約者に心変わりされた私は、悪女が巣食う学園から姿を消す事にします──。

Nao*
恋愛
ある役目を終え、学園に戻ったシルビア。 すると友人から、自分が居ない間に婚約者のライオスが別の女に心変わりしたと教えられる。 その相手は元平民のナナリーで、可愛く可憐な彼女はライオスだけでなく友人の婚約者や他の男達をも虜にして居るらしい。 事情を知ったシルビアはライオスに会いに行くが、やがて婚約破棄を言い渡される。 しかしその後、ナナリーのある驚きの行動を目にして──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

愛する人が姉を妊娠させました

杉本凪咲
恋愛
婚約破棄してほしい、そう告げたのは私の最愛の人。 彼は私の姉を妊娠させたようで……

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。

杉本凪咲
恋愛
愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。 驚き悲しみに暮れる……そう演技をした私はこっそりと微笑を浮かべる。

最愛の人は別の女性を愛しています

杉本凪咲
恋愛
王子の正妃に選ばれた私。 しかし王子は別の女性に惚れたようで……

夫が愛人を妊娠させました

杉本凪咲
恋愛
夫から愛人を作りたいと告げられた私。 当然の如く拒否をするも、彼は既に愛人を妊娠させてしまったようで……

処理中です...