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「本当に離婚でよろしいのですね?」
念のため聞いてみると、ライトは力強く頷いた。
「ああ、もちろんだ。お前なんかには微塵も未練はない。僕はスフィアと幸せになるよ」
……数分前。
私は夫のライトと共に、王宮で開かれたパーティーに参加していた。
世界でも一番大きいと噂される我が国自慢の大広間には、煌びやかな照明と、それを彩る高級な料理、上等な参加者で賑わっていた。
舞台の上では新進気鋭の女性歌手が歌声を披露し、それにうっとりと涙を流すご婦人もいた。
私はというと、早々に離れていった夫の帰りを、壁際で静かに待っていた。
夫のライトは、二十五歳ながら公爵家の当主に抜擢され、その巧みな話術と整った顔立ちで、周囲からも人望の厚い人気者だった。
魔女のような赤い髪で落ち着いた性格の私とは大違い。
彼も周りには、いつも人で溢れていた。
パーティーでも例外ではなく、夫は数人の友人たちと談笑していた。
私は気配を消すように壁に寄り添うと、時間を潰すため、料理に舌鼓を打つ。
きっとライトと一緒に食べたほうがおいしいのだろうな、と少しだけ寂しい気持ちになりながらも、健気に彼の帰りを待っていた。
「あ、やっと帰ってきた……」
談笑していたグループから、夫がそそくさと抜け出して、こちらまで歩いてきた。
しかし少し離れた所で彼は立ち止まると、大きく息を吸い込んだ。
「リア! 僕から君に重大な話がある!」
ライトの大声に、会場の音がピタリと止んだ。
参加した貴族たちはもちろん、女性歌手も口を閉ざす。
こんな公の場で突如放たれた夫の大声によって、私たちへ好奇的な目が飛んでくる。
そんな衆人環視の最中、ライトはゆっくりと口を開いた。
「リア! お前は何の罪もない男爵令嬢スフィアをいじめた! その行為は断罪に値する! よってお前とは即刻離婚することをここに宣言する!」
「……え?」
何もかもが唐突過ぎて、理解が追いつかない。
そんな私を嘲笑うように、ライトは微かに口角を上げた。
「白々しい顔をするなよリア。散々スフィアをいじめておいて、知らないじゃ済まないぞ」
「……何を言っているのですか?」
周囲で陰口のような小さな話し声が湧いていた。
しかし私はなるべくそれらを気に留めないようにして、言葉を続ける。
「男爵令嬢スフィアさんのことは、何も知りません。会ったこともなければ、名前だって今聞いたばかりです。何かの間違いです!」
自分の無罪を主張したが、ライトは首を横に振る。
そしておもむろに群衆の中に叫ぶ。
「スフィア!」
すると「はぁーい」と蜂蜜のように甘ったるい声がして、群衆の中からピンク色の髪の女性が出てきた。
顔は平凡だが、身なりは整っていて、自分磨きにお金をかけていることが見て取れる。
男性の庇護欲を誘うような、小さな背丈の彼女は、ライトの隣までちまちまと歩いていくと、体を寄せた。
ライトは、彼女に意味ありげな視線を向ける。
「スフィア。突然呼び出してごめんな。でも、勇気を出してリアにされたことを告発して欲しい」
「はい……もちろんです、ライト様」
スフィアは急に目を潤ませると、私に懇願するような目を向ける。
「リア様という奥様がいながら、ライト様と親しくしてしまったことは謝ります。しかし私の洋服を裂いたり、階段から突き落としたり……私はもう限界です……どうか許してください」
周囲の男性陣から野次のような物が飛んでくる。
華やかな彼女に、男性陣は既に虜になってしまったらしい。
ライトもその一人のようで、スフィアの肩に手を置くと、私にも向けたことのない優し気な笑みで「ありがとう」と礼を言った。
どうやら私は完全に、二人に嵌められたらしい。
もしかしたら二人は既に関係を持っていて、私に冤罪を着せて、リスクなく離婚しようという算段なのかもしれない。
ライトは再び私に顔を向けると、眉間にしわを寄せる。
「リア! お前がしたことは悪魔の所業だ! 潔く罪を認め、離婚を了承しろ!」
念のため聞いてみると、ライトは力強く頷いた。
「ああ、もちろんだ。お前なんかには微塵も未練はない。僕はスフィアと幸せになるよ」
……数分前。
私は夫のライトと共に、王宮で開かれたパーティーに参加していた。
世界でも一番大きいと噂される我が国自慢の大広間には、煌びやかな照明と、それを彩る高級な料理、上等な参加者で賑わっていた。
舞台の上では新進気鋭の女性歌手が歌声を披露し、それにうっとりと涙を流すご婦人もいた。
私はというと、早々に離れていった夫の帰りを、壁際で静かに待っていた。
夫のライトは、二十五歳ながら公爵家の当主に抜擢され、その巧みな話術と整った顔立ちで、周囲からも人望の厚い人気者だった。
魔女のような赤い髪で落ち着いた性格の私とは大違い。
彼も周りには、いつも人で溢れていた。
パーティーでも例外ではなく、夫は数人の友人たちと談笑していた。
私は気配を消すように壁に寄り添うと、時間を潰すため、料理に舌鼓を打つ。
きっとライトと一緒に食べたほうがおいしいのだろうな、と少しだけ寂しい気持ちになりながらも、健気に彼の帰りを待っていた。
「あ、やっと帰ってきた……」
談笑していたグループから、夫がそそくさと抜け出して、こちらまで歩いてきた。
しかし少し離れた所で彼は立ち止まると、大きく息を吸い込んだ。
「リア! 僕から君に重大な話がある!」
ライトの大声に、会場の音がピタリと止んだ。
参加した貴族たちはもちろん、女性歌手も口を閉ざす。
こんな公の場で突如放たれた夫の大声によって、私たちへ好奇的な目が飛んでくる。
そんな衆人環視の最中、ライトはゆっくりと口を開いた。
「リア! お前は何の罪もない男爵令嬢スフィアをいじめた! その行為は断罪に値する! よってお前とは即刻離婚することをここに宣言する!」
「……え?」
何もかもが唐突過ぎて、理解が追いつかない。
そんな私を嘲笑うように、ライトは微かに口角を上げた。
「白々しい顔をするなよリア。散々スフィアをいじめておいて、知らないじゃ済まないぞ」
「……何を言っているのですか?」
周囲で陰口のような小さな話し声が湧いていた。
しかし私はなるべくそれらを気に留めないようにして、言葉を続ける。
「男爵令嬢スフィアさんのことは、何も知りません。会ったこともなければ、名前だって今聞いたばかりです。何かの間違いです!」
自分の無罪を主張したが、ライトは首を横に振る。
そしておもむろに群衆の中に叫ぶ。
「スフィア!」
すると「はぁーい」と蜂蜜のように甘ったるい声がして、群衆の中からピンク色の髪の女性が出てきた。
顔は平凡だが、身なりは整っていて、自分磨きにお金をかけていることが見て取れる。
男性の庇護欲を誘うような、小さな背丈の彼女は、ライトの隣までちまちまと歩いていくと、体を寄せた。
ライトは、彼女に意味ありげな視線を向ける。
「スフィア。突然呼び出してごめんな。でも、勇気を出してリアにされたことを告発して欲しい」
「はい……もちろんです、ライト様」
スフィアは急に目を潤ませると、私に懇願するような目を向ける。
「リア様という奥様がいながら、ライト様と親しくしてしまったことは謝ります。しかし私の洋服を裂いたり、階段から突き落としたり……私はもう限界です……どうか許してください」
周囲の男性陣から野次のような物が飛んでくる。
華やかな彼女に、男性陣は既に虜になってしまったらしい。
ライトもその一人のようで、スフィアの肩に手を置くと、私にも向けたことのない優し気な笑みで「ありがとう」と礼を言った。
どうやら私は完全に、二人に嵌められたらしい。
もしかしたら二人は既に関係を持っていて、私に冤罪を着せて、リスクなく離婚しようという算段なのかもしれない。
ライトは再び私に顔を向けると、眉間にしわを寄せる。
「リア! お前がしたことは悪魔の所業だ! 潔く罪を認め、離婚を了承しろ!」
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