上 下
2 / 7

しおりを挟む
 私が産まれた時、両親は泣いて喜んでいたらしい。
 その時の写真を見たことが一度だけあるが、確かに両親は満面の笑みを浮べていた。
 そのままの気持ちでずっといられたなら、どんなに素敵なことだったのだろう。

 私が産まれた二年後、妹が生まれた。
 妹は生まれながらにして容姿端麗で、両親はすぐに妹を溺愛した。
 年月が経過していく毎に美しくなっていく妹に、両親の溺愛も比例すうように上昇していき、すぐに私のことなどほったらかしになった。

 幼少期の私にはそれが辛いことだった。
 何度も両親に話しかけては、今日合った取り留めもないことを告げる毎日。
 しかし両親は興味のない様子で聞き流し、すぐに妹の元へと駆けていく。
 次第に私は諦めるようになり、心を閉ざした。

 そんな私の唯一の拠り所は勉強だった。
 勉強は私の孤独や寂しさの感情をかき消してくれた。
 問題と向き合い、歴史と向き合い、言葉と向き合い、私の脳が知識で埋め尽くされる度に、暗い感情は薄くなり、それが私の幸せとなった。

 そのかいあって、私は大人顔負けの頭脳を持ち、ついに両親がそのことに気づいた。
 正直嬉しかった。
 やっと両親が自分を見てくれた、きっとこれからは妹のように溺愛してくれるに違いない。
 愚かな私はそう期待してしまったのだ。

「メラ。お前には今日から領地経営をやってもらう」

 父の言葉には微かに疑問があった。
 そんなに大事な仕事を子供の私が本当にやっていいのだろうか。
 しかしそう訊いた私に父は「任せたぞ」と信頼で答えてくれた。
 私は意気込んで、領地経営に精を出した。

 結果はすぐに出て、家の財政状況は右上がりとなった。
 しかしその弊害もすぐに出た。
 両親は増えた利益で妹の洋服や宝石、自分たちの浪費に使い、どんどんだらしのない生活をするようになった。

 心配した私が声をかけるも、全く取り合ってもらえず、挙句の果てには怒鳴られることもしばしばあった。
 そんな日々が長く続き、私は家族への愛を自分が失っていることに気づいた。
 しかし悲しくはなかった。
 むしろチャンスだと思った。

 私は自分の人生を歩むことができるのだと言い聞かせ、まだ見ぬ自由を求めた。
 
 ……家を去る馬車に向かうと、そこには一人の年若い青年がいた。
 彼は私を見ると、優し気に微笑む。

「では行きましょうか、メラ様」

「もう敬語は使わなくていいわよライト」

 彼はライト。
 この家の護衛騎士を務める青年だった。
 そして秘かに交際している私の恋人だった。
 
 私たちが馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出した。
 今頃家族は喜びの宴でもあげているのだろうな……そんなことを思いながら、住み慣れた我が家を私は見つめた。

「……寂しいかい?」

 隣に座るライトがふいに口を開く。
 私は馬車の窓からライトに顔を移すと、首を横に振った。

「ううん。やっと望んでいた自由を手に入れたもの。後悔はしてないわ。むしろワクワクしてる……あなたとの新しい暮らしに」

「そうか……僕もだよメラ」

 いつかこんな日が来ると思っていた。
 いや、家族に言われなければ自分から切り出そうと思っていた。
 私はとっくにこの家から去りたかった。
 愛するライトと共に、新しい人生をスタートさせたかった。

 三年前。
 私は父に一枚の書類にサインをさせた。
 それは領地の所有者を私に移すというものだった。
 経営上その方が都合が良いと言ってサインをさせたが、本当は別の狙いがあった。

 きっと父はまだそれに気づいていない。
 笑顔を浮かべる私を見て、ライトは呆れたように笑う。

「全く君は……またよからぬことを企んでいるのかい?」

「ふふっ……どうかしらね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

【完結】私の小さな復讐~愛し合う幼馴染みを婚約させてあげましょう~

山葵
恋愛
突然、幼馴染みのハリーとシルビアが屋敷を訪ねて来た。 2人とは距離を取っていたから、こうして会うのは久し振りだ。 「先触れも無く、突然訪問してくるなんて、そんなに急用なの?」 相変わらずベッタリとくっ付きソファに座る2人を見ても早急な用事が有るとは思えない。 「キャロル。俺達、良い事を思い付いたんだよ!お前にも悪い話ではない事だ」 ハリーの思い付いた事で私に良かった事なんて合ったかしら? もう悪い話にしか思えないけれど、取り合えずハリーの話を聞いてみる事にした。

愛されたのは私の妹

杉本凪咲
恋愛
そうですか、離婚ですか。 そんなに妹のことが大好きなんですね。

義妹と一緒になり邪魔者扱いしてきた婚約者は…私の家出により、罰を受ける事になりました。

coco
恋愛
可愛い義妹と一緒になり、私を邪魔者扱いする婚約者。 耐えきれなくなった私は、ついに家出を決意するが…?

四年目の裏切り~夫が選んだのは見知らぬ女性~

杉本凪咲
恋愛
結婚四年。 仲睦まじい夫婦だと思っていたのは私だけだった。 夫は私を裏切り、他の女性を選んだ。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

でしたら私も愛人をつくります

杉本凪咲
恋愛
夫は愛人を作ると宣言した。 幼少期からされている、根も葉もない私の噂を信じたためであった。 噂は嘘だと否定するも、夫の意見は変わらず……

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

処理中です...