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 夢を持ったのは僕が六歳の時。 
 父に連れていってもらった画家の展覧会で、僕はその作品と出会い夢を貰った。

「少年よ。私が描いたその絵が好きかい?」

 僕が見惚れた絵を描いたのは、どこか怪し気なおじいさんだった。
 彼はまるで自分も客であるかのように僕に近づき、そっと言った。

「はい。何というか……素晴らしいと思います。僕もいつかこんな絵が描きたいです」

 僕はそう言うと、おじいさんは笑った。

「そうか。ならばきっとそれは叶うよ。少年には私よりも数倍の時間があるのだから。精進しなさい」

 おじいさんはそれだけ言うと、僕の元を去り、また別の客に話しかけに行った。

 ……それから僕は画家を目指して絵を描き続けた。
 元々手先は器用な方だし、絵を描くのも好きだったので、みるみる内に絵は上達していった。
 両親も僕を褒めてくれたし、定期的に画家の展覧会に連れていってくれた。
 
 僕は世界一の画家になろうと思った。
 だから十五歳になった時、皆が行くような貴族学園に行くことはせずに、海外で絵の勉強をしたかった。
 しかしそれは父によって断固拒否された。

「ホルン。お前はもう十五だ。公爵家の息子としての責任をもう少し自覚しなさい」

「え?」

 なぜそんなことをいうのだろう。
 疑問が一番に湧いてきた。
 
「しかし、お父様だって僕の絵を褒めてくれたではありませんか? それに展覧会にも連れて行ってくれて……僕の夢を応援してくれていたのではないのですか!?」

 父は小さなため息をつくと、僕に吐き捨てるように言う。

「夢とは叶わないものだ。それに私はお前の夢を応援していたのではなく、教養として絵を描くことを許していただけだ。貴族の嗜みの一つとしてな」

「そんな……」

 僕には絵が全てだった。
 六歳の時に心を奪われてからずっと、絵のことだけを考えて生きてきた。

「ホルン。公爵家に生まれた人間がくだらない夢なんてものに憑りつかれてはいけない。そんな非生産的なものは捨て去り、現実を見ろ。お前にはこの家を継ぐ未来しか待ってはいない」

「しかし、僕は……」

 なおも抵抗をする僕に、父は大声で叫ぶ。

「いい加減にしろ! 早く大人になれ、ホルン!」

 どうやら大人になるということは、夢を捨てることらしい。
 僕はすっかり絶望してしまい、頷く以外の選択肢をとることができなかった。

「分かりました。もういいです」

 吐き捨てるようにそう言った僕は、父の部屋を飛び出した。

 ……その後、僕は有象無象と同じように貴族学園に入学をした。
 相変わらず絵は描いていたが、前ほどの情熱を持ってはいなかった。
 その代わりに勉強や友人作りに熱心になり、次第に自分に仮面をつけるようになった。

 公爵令息としてのホルンでいるようになり、そうしていると、父も満足そうに笑顔を見せた。
 
 これで良かったのだ。
 夢なんてものは抱くだけ無駄、結局は叶わないのだ。
 人間、自分の身の丈に合った行動をして、心なんて偽ってしまえば良いのだ。
 学園生活はとても長かったが、まあまあの成績で卒業することができた。
 
 その後、僕の結婚相手が決まった。
 相手はブルーメという伯爵令嬢で、大人しい令嬢だった。
 結婚するのが夢だったと彼女は嬉しそうに僕に話した。
 それを聞く度に、僕の心はチクリと痛んだ。

 だが、僕のやることは変わらない。
 偽りの仮面をかぶり、理想の夫を演じる。

「君を愛している」

 たとえ心が壊れても。
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