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一日がとても長く感じられた。
ホルンの浮気を教えてくれた侍女とはあまり話さなくなった。
元々私は口数が多い方でもないし、社交性もあまりないから、他の人と話をすることもしなかった。
部屋に籠り、本を読んだり、ホルンが描いた絵を眺めたりしていた。
そうして悲しみの海に一人で浸り、ただただ暗い言葉を自分にかけ続けていた。
傍目には私は、どう映るのだろうか。
旦那に裏切られ絶望して、部屋に籠った妻に見えるのだろうか。
それはとても滑稽で、嘲笑の対象になるのだろうか。
不安は毎日波になって訪れる。
私を容赦なき浚っていき、終わりのない絶望へと誘う。
「誰か助けて……」
誰もいない部屋で一人呟いた。
今がいつで何時なのかもよく分からない。
ただ窓にカーテンが引かれ、太陽の灯りもないから、きっと夜なのだろう。
ベッドに横になっていた私は、冴えた目でカーテンを見つめた。
もう今日は眠れそうにない、食堂に行って水でも飲もうか。
そう思うが、体は重たく、動かしたくなかった。
出来ることなら、このまま死んでしまいたかった。
悲しみの中で、自分を罵りながら、消えてしまいたかった。
しかしそれが現実的に叶わないことは知っていた。
私を殺そうと恨む人間に心当たりはないし、自分で命を絶つ勇気もありはしない。
私はただ孤独で、弱い人間なのだ。
食堂に水を飲みにいく元気も出ずにそのまま眠れない夜を過ごしていると、廊下でコツンと音が鳴った。
「え……」
どこかで聞いたことのある音で、次第にそれは近づいてきた。
コツン、コツン、コツン……私はベッドから起き上がると、部屋の扉を開けていた。
「うわっ!」
途端に廊下から驚いたような男性の声が聞こえてくる。
声を聞いた瞬間に、それが誰だか私にははっきり分かった。
窓から月光が差し込めて、彼……ホルンを照らす。
「ブルーメ。驚かさないでくれよ」
彼は困ったように眉間を寄せて苦笑した。
久しぶりにあったのに、彼は普段通りの態度だった。
「ごめんなさい……音がしたものだから……そ、その……泥棒かと思って」
「ははっ……それならなおさら扉を開けないでくれよ」
彼は笑い声を上げると、そういえばと言葉を続ける。
「明日朝食は一緒に食べよう。その後で大事な話があるから」
「大事な話ですか?」
「ああ。じゃあおやすみ」
いつものホルンなら、愛していると言ってくれる。
しかし今の彼はまるで他人のように愛想笑いだけ浮かべて、足早に去っていった。
私は彼を引き留めることが出来ずに部屋の扉を閉めた。
大事な話とは何なのだろう。
結局それが気になって、その日は眠れなかった。
翌日。
ホルンとの久々の朝食は楽しかった。
彼が浮気をしていることなんて忘れて、私は生まれ変わったように笑顔を浮かべた。
こんな日が続けばいい。
いや、続くのだ。
私は彼の妻でいられるのだ。
そんな身勝手な考えに縛られていることにすら気づけずに、私は笑顔を振りまいた。
食事の後、ホルンに話があると言われて応接間に移動した。
そして向かい合ってソファに座ると、ホルンが淡々と言う。
「ブルーメ。僕達離婚しよう」
「え?」
さっきまでの楽しかった気持ちが全部吹き飛んだ。
「離婚? え……な、何を言っているのですか? そ、そんな……はは……冗談ですよね?」
現実を受け入れたくなくて、私は必死に笑顔を作った。
しかしホルンは真面目な顔で、冷たく言い放つ。
「もう君のことは愛していないんだ」
ホルンの浮気を教えてくれた侍女とはあまり話さなくなった。
元々私は口数が多い方でもないし、社交性もあまりないから、他の人と話をすることもしなかった。
部屋に籠り、本を読んだり、ホルンが描いた絵を眺めたりしていた。
そうして悲しみの海に一人で浸り、ただただ暗い言葉を自分にかけ続けていた。
傍目には私は、どう映るのだろうか。
旦那に裏切られ絶望して、部屋に籠った妻に見えるのだろうか。
それはとても滑稽で、嘲笑の対象になるのだろうか。
不安は毎日波になって訪れる。
私を容赦なき浚っていき、終わりのない絶望へと誘う。
「誰か助けて……」
誰もいない部屋で一人呟いた。
今がいつで何時なのかもよく分からない。
ただ窓にカーテンが引かれ、太陽の灯りもないから、きっと夜なのだろう。
ベッドに横になっていた私は、冴えた目でカーテンを見つめた。
もう今日は眠れそうにない、食堂に行って水でも飲もうか。
そう思うが、体は重たく、動かしたくなかった。
出来ることなら、このまま死んでしまいたかった。
悲しみの中で、自分を罵りながら、消えてしまいたかった。
しかしそれが現実的に叶わないことは知っていた。
私を殺そうと恨む人間に心当たりはないし、自分で命を絶つ勇気もありはしない。
私はただ孤独で、弱い人間なのだ。
食堂に水を飲みにいく元気も出ずにそのまま眠れない夜を過ごしていると、廊下でコツンと音が鳴った。
「え……」
どこかで聞いたことのある音で、次第にそれは近づいてきた。
コツン、コツン、コツン……私はベッドから起き上がると、部屋の扉を開けていた。
「うわっ!」
途端に廊下から驚いたような男性の声が聞こえてくる。
声を聞いた瞬間に、それが誰だか私にははっきり分かった。
窓から月光が差し込めて、彼……ホルンを照らす。
「ブルーメ。驚かさないでくれよ」
彼は困ったように眉間を寄せて苦笑した。
久しぶりにあったのに、彼は普段通りの態度だった。
「ごめんなさい……音がしたものだから……そ、その……泥棒かと思って」
「ははっ……それならなおさら扉を開けないでくれよ」
彼は笑い声を上げると、そういえばと言葉を続ける。
「明日朝食は一緒に食べよう。その後で大事な話があるから」
「大事な話ですか?」
「ああ。じゃあおやすみ」
いつものホルンなら、愛していると言ってくれる。
しかし今の彼はまるで他人のように愛想笑いだけ浮かべて、足早に去っていった。
私は彼を引き留めることが出来ずに部屋の扉を閉めた。
大事な話とは何なのだろう。
結局それが気になって、その日は眠れなかった。
翌日。
ホルンとの久々の朝食は楽しかった。
彼が浮気をしていることなんて忘れて、私は生まれ変わったように笑顔を浮かべた。
こんな日が続けばいい。
いや、続くのだ。
私は彼の妻でいられるのだ。
そんな身勝手な考えに縛られていることにすら気づけずに、私は笑顔を振りまいた。
食事の後、ホルンに話があると言われて応接間に移動した。
そして向かい合ってソファに座ると、ホルンが淡々と言う。
「ブルーメ。僕達離婚しよう」
「え?」
さっきまでの楽しかった気持ちが全部吹き飛んだ。
「離婚? え……な、何を言っているのですか? そ、そんな……はは……冗談ですよね?」
現実を受け入れたくなくて、私は必死に笑顔を作った。
しかしホルンは真面目な顔で、冷たく言い放つ。
「もう君のことは愛していないんだ」
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