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「君を愛している」
いつからこの言葉に苦しむようになったのだろう。
夫のホルンが感情のない声でそう告げるたび、私の心はチクリと痛む。
まだ結婚して三年しか経っていないというのに、夫の愛は消えてしまった。
……三年前。
十八歳で貴族学園を順当に卒業した私に、結婚相手が決まった。
書斎で父は、まるで作業のように私に淡々と報告する。
「ブルーメ、お前の結婚相手が決まったよ。相手は公爵家のホルン。温厚な性格で経営の才能もあると聞く。彼を生涯支えてやりなさい」
「ホルン……さん……」
伯爵令嬢である私の結婚相手が、まさか公爵令息だとは。
驚いて目を見開いていると、父が微かに笑いながら言葉を続ける。
「ここだけの話、これは政略結婚だ。私たちは公爵家とのつながりを、そして向こうは私たちが持つ外国での人脈を……双方徳をするように組まれた縁談なんだ。だからそんなに気負い過ぎなくていいぞ」
「そうですか……」
父は私が公爵家が相手で怯えていると思ったようだ。
しかし私は別に怯えているわけではなかった。
確かに身分の差に多少の不安は感じているが、それよりも、こんな私に公爵家の結婚相手が出来たことに驚いたのだ。
幼少期から私は周囲に上手くなじめなかった。
自分の気持ちをしっかり伝えることが苦手だったり、空気の読めない発言をしたりして、友達は簡単に私から離れていった。
幼馴染のルーサーだけは私の傍にいてくれたが、彼は十歳の時に遠くへ引っ越していった。
私は人の気持ちというのがよく分からなかった。
もちろん言葉にしてくれたことや、明らかな怒りや悲しみをぶつけられれば、理解することは出来た。
しかし、本心を隠し偽の笑顔を浮かべられた時は、その本心を見つけることは私には困難だった。
いつしか空気の読めない子といわれ、私は孤独な日々を過ごすことになった。
しかしそんな私にも夢があった。
それは素敵な男性と結婚をすること。
昔に絵本で見た王女様に憧れて、私もいつか運命の相手と巡り合えたらどんなに素敵だろうと、秘かに夢見ていたのだ。
政略結婚という形で少しだけ残念だったが、夢であった結婚には違いない。
そう考えた私は、自分を勇気づけるように拳を握る。
「お父様! 精一杯頑張ります!」
珍しく大きな声を出したので、父は困ったように苦笑していた。
……その半年後。
結婚式を挙げて、私とホルンは正式な夫婦となった。
ホルンは聞いていたとおり温厚な性格で、この人となら人生を共に出来ると私に確信させた。
「君を愛している」
彼はあまり口数は多くなかったが、毎日一回は私に言ってくれた。
その度に私は顔を赤くして、顔を逸らし、黙ってしまう。
こんな自分が嫌だと思いながらも、ホルンはちゃんと私のことを理解してくれていた。
「いつか君からも愛を囁いてくれる日を、楽しみに待っているね」
彼がそう言って私の元を去るたび、心には自分に対する腹立たしさと理解してくれた嬉しさが混在していた。
結婚して半年ほど経って、夫婦生活にも慣れてきた私は、勇気を出して彼に言った。
「ホルン様。わ、私も……あ、愛しています……」
恐る恐るホルンの顔を見ると、彼は目をパッと輝かせて優しい笑みを浮かべた。
「ああ、僕も愛しているよブルーメ。やっと素直になってくれたね」
この時は確かに幸せがそこにあった。
ホルンに愛を囁かれるたび、抱きしめられるたび、私の心は高揚して、体全身が熱くなる。
ホルンも嬉しそうに笑って、頬を赤くしていたから、同様の気持ちだと分かって嬉しくなる。
しかしそれから二年が経つ頃には、ホルンの愛は消えていた。
私はたくさん努力した、しかしダメだった。
きっと私は、彼の最愛の妻になることは出来なかったのだ。
いつからこの言葉に苦しむようになったのだろう。
夫のホルンが感情のない声でそう告げるたび、私の心はチクリと痛む。
まだ結婚して三年しか経っていないというのに、夫の愛は消えてしまった。
……三年前。
十八歳で貴族学園を順当に卒業した私に、結婚相手が決まった。
書斎で父は、まるで作業のように私に淡々と報告する。
「ブルーメ、お前の結婚相手が決まったよ。相手は公爵家のホルン。温厚な性格で経営の才能もあると聞く。彼を生涯支えてやりなさい」
「ホルン……さん……」
伯爵令嬢である私の結婚相手が、まさか公爵令息だとは。
驚いて目を見開いていると、父が微かに笑いながら言葉を続ける。
「ここだけの話、これは政略結婚だ。私たちは公爵家とのつながりを、そして向こうは私たちが持つ外国での人脈を……双方徳をするように組まれた縁談なんだ。だからそんなに気負い過ぎなくていいぞ」
「そうですか……」
父は私が公爵家が相手で怯えていると思ったようだ。
しかし私は別に怯えているわけではなかった。
確かに身分の差に多少の不安は感じているが、それよりも、こんな私に公爵家の結婚相手が出来たことに驚いたのだ。
幼少期から私は周囲に上手くなじめなかった。
自分の気持ちをしっかり伝えることが苦手だったり、空気の読めない発言をしたりして、友達は簡単に私から離れていった。
幼馴染のルーサーだけは私の傍にいてくれたが、彼は十歳の時に遠くへ引っ越していった。
私は人の気持ちというのがよく分からなかった。
もちろん言葉にしてくれたことや、明らかな怒りや悲しみをぶつけられれば、理解することは出来た。
しかし、本心を隠し偽の笑顔を浮かべられた時は、その本心を見つけることは私には困難だった。
いつしか空気の読めない子といわれ、私は孤独な日々を過ごすことになった。
しかしそんな私にも夢があった。
それは素敵な男性と結婚をすること。
昔に絵本で見た王女様に憧れて、私もいつか運命の相手と巡り合えたらどんなに素敵だろうと、秘かに夢見ていたのだ。
政略結婚という形で少しだけ残念だったが、夢であった結婚には違いない。
そう考えた私は、自分を勇気づけるように拳を握る。
「お父様! 精一杯頑張ります!」
珍しく大きな声を出したので、父は困ったように苦笑していた。
……その半年後。
結婚式を挙げて、私とホルンは正式な夫婦となった。
ホルンは聞いていたとおり温厚な性格で、この人となら人生を共に出来ると私に確信させた。
「君を愛している」
彼はあまり口数は多くなかったが、毎日一回は私に言ってくれた。
その度に私は顔を赤くして、顔を逸らし、黙ってしまう。
こんな自分が嫌だと思いながらも、ホルンはちゃんと私のことを理解してくれていた。
「いつか君からも愛を囁いてくれる日を、楽しみに待っているね」
彼がそう言って私の元を去るたび、心には自分に対する腹立たしさと理解してくれた嬉しさが混在していた。
結婚して半年ほど経って、夫婦生活にも慣れてきた私は、勇気を出して彼に言った。
「ホルン様。わ、私も……あ、愛しています……」
恐る恐るホルンの顔を見ると、彼は目をパッと輝かせて優しい笑みを浮かべた。
「ああ、僕も愛しているよブルーメ。やっと素直になってくれたね」
この時は確かに幸せがそこにあった。
ホルンに愛を囁かれるたび、抱きしめられるたび、私の心は高揚して、体全身が熱くなる。
ホルンも嬉しそうに笑って、頬を赤くしていたから、同様の気持ちだと分かって嬉しくなる。
しかしそれから二年が経つ頃には、ホルンの愛は消えていた。
私はたくさん努力した、しかしダメだった。
きっと私は、彼の最愛の妻になることは出来なかったのだ。
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