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「フレイム。お前の知り合いか?」

 ランス王子の声に棘が混じる。
 寝室という単語から、愛人であることを察したようだった。
 フレイム王子はあっけらかんとした様子で、飄々と語る。

「ああ、俺の愛人だ。いい女だろう? たまには兄さんにも貸してやろうか?」

「は?」
 
 優し気な顔立ちのランスの表情が一変する。
 その覇気に、私とシアは体を震わせたが、フレイムは鈍感なのか平然としている。

「それとも、もっと体つきの良い奴がいいか? 五人くらいいるからいい奴選びなよ。何か希望はある?」

「フレイム。お前はふざけているのか?」

 ランスの拳が固く握りしめられる。 
 今の彼の拳は、岩をも砕くかもしれない。
 フレイムはやっと兄の異変に気づいたのか、顔色を少しだけ悪くさせた。

「えっと……別にそういうわけじゃないんだが。兄さんだって婚約者の一人くらい欲しいかなって……」

「フレイム。ここに顔を持ってこい」

「え?」

 フレイムはランスが指示した場所に、顔を移動させた。
 次の瞬間、フレイムの顔面にランスの拳がめり込んだ。

「うぐはっ!!!」

 フレイムは衝撃で後方へと吹き飛び、恐怖に顔を染める。
 鼻からは無残に血が出ていて、止まる気配はなかった。
 ランスは倒れた弟へゆっくりと近づいていくと、低い声で言う。

「お前には王子としての誇りがないのか?」

「ひぃっ!!!」

 それがフレイムを恐怖のどん底へ突き落したらしい。
 彼は白目をむいて、気絶した。
 呆気ない幕切れにランスは呆れた息をはくと、私たちの方へ戻ってくる。

「シア。君には後程慰謝料請求をさせてもらう。覚悟しておくように」

 シアは真っ青になりながら、小さく頷いた。
 ランスは今度は、私に顔を向ける。

「アクア。弟がとんでもないことをしていた。本当にすまない」

 この国の第一王子であるのに、ランスは簡単に頭を下げる。
 逆にこちらが申し訳ないと思ってしまう程に、深い謝罪だった。
 ランスは顔を上げると、意外そうに笑う。

「君もそんな顔をするんだね」

「……え? ど、どんな顔をしていましたか?」

「困ったような顔をしていたよ。君は物静かだが感情の乏しいと聞いていたけれど、ちゃんと感情はあったんだね。あっ、失礼……馬鹿にしているわけじゃなくてね」

「はい、分かっています」

 ランスの心の温かさは既に知っている。
 フレイムとは違い、私を馬鹿にしないことも知っている。
 
 それにしても、本当に私はランスの言うように感情を顔に出していたのだろうか。
 昔のことを思い出した反動で、感情が息を吹き返した感覚はあったが、自分でも信じられない。

「あの、ランス王子。フレイム王子との婚約なのですが……」

「ああ、君がよければ婚約解消でもいいかな? もちろんこんな弟でも王子だし、関係を持っておくという手もあるにはあるが……」

「いえ、結構です」

 即答すると、ランスは大袈裟に笑った。

「はははっ! うん、そうだよね。実に君らしい解答だ」

 ランスの笑顔は不思議だ。
 こうして見ていると、こっちまでなぜか嬉しくなってくる。
 
「ランス様。本当にありがとうございました」

 私は頭を深く下げた。
 今の顔色を見られてしまうのが、少し恥ずかしかったから。
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