公爵夫人はもうやめます

杉本凪咲

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 その後、ラインが連れてきた兵士によって、ウォルターはどこかへ連れていかれてしまった。
 ラインに聞いてみると、彼は微かに笑みを浮べて答えた。

「放っておいて逃げられても嫌だからな。王宮の地下牢に入れておくことにした」

 平然と言ったラインだが、私は恐怖で苦笑いしかできなかった。
 王宮の地下牢といえば、一度入ったら出られないことで有名だからだ。
 ウォルターが日の目を見るのは今日で最後かもしれない。

 セーヌがドレスを綺麗になびかせながら、私たちに元に駆け寄ってくる。
 その華麗な所作から、彼女はやはり王女なのだと私は再確認した。

「奥様……いや、レイスさん。驚かせてしまってごめんなさい」

「ううん。あっ、いえ! 本当にありがとうございました!」

 慌てて敬語を使うと、セーヌは目を丸くして、次の瞬間には口を隠して笑った。
 
「レイスさん。敬語は止めてください。何だか背中がかゆくなってしまいます。今まで通り接してください」

「し、しかし……」

「レイスよ。姉の言うことは素直に従うことを勧めるぞ」

 ラインがちらっと迷惑そうに、セーヌを見た。

「姉は王宮一、いやこの国一の頑固者だ。お前が敬語を止めるまで、いつまでも言い続けるぞ」

「ほら、弟もこう言っていることだし」

 セーヌはラインの苦言を逆手に取り、私にニヤリと笑みを見せた。
 私は小さく息をはくと、口を開く。

「分かったわセーヌ。私も急に敬語を使うのはおかしい感じがしていたの」

「でしょう?」

 私とセーヌは顔を見合わせて笑った。
 ラインは女性通しの会話から逃げるように、ゴホンと咳ばらいをする。

「じゃあ俺はそろそろ帰るよ……」

 踵を返す弟の腕を、セーヌはおもむろにがしっと掴んだ。
 
「ちょっと待ってライン。あなたに提案があるの。それとレイスさんにも」

 第二王女からの提案とは、一体何なのだろうか。
 敬語を使わないと決めたものの、正体は知ってしまったので、自然と緊張が走る。
 ラインは諦めたように目を瞑り、腕を組んでいた。
 セーヌは私たちの顔を順番に見ると、嬉しそうに口を開いた。

「二人は結婚したらどうかしら?」

「「え?」」

 私とラインは同時に驚いた。
 先に口を開いたのは、ラインだった。

「おい、ちょっと待ってくれ。どこからそんな話が出てきたんだ」

 私も少し遅れて声を上げる。

「そうよ! それにそもそもライン様の妻なんて私じゃ無理よ!」

 セーヌは私を見て、いたずらっぽい笑顔を浮かべる。

「二人は相性ピッタリだと思うのですけどね……ほら、ラインもそろそろ妻が欲しいいって言ってたし」

「確かに俺はそう言ったが、突然すぎる。彼女のことをまだ何も知らないんだぞ」

「ふーん、じゃあ嫌いではないのよね?」

 ラインは微かに赤面すると、姉から顔を逸らした。
 セーヌは次の獲物を見つけたように、私に目を移す。

「レイスさんも、よく見たらまんざらでもない顔をしていますよね。ふふっ、これからが楽しみです」

 一人笑いにふける第二王女セーヌ。
 ラインは呆れたようにため息をつくと、こそっと私の耳に口を近づける。

「これから大変だぞ。覚悟しろよ」

「は、はい……」

 ラインの低い声に少しだけドキッとしたことは、今は内緒にしておこう。
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