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 鈍器で殴られたような強い衝撃が走り、視界が暗転する。
 一瞬後に再び色が広がるも、相変わらず、そこには絡み合う男女の姿。

「嘘よ……」

 自分にしか聞こえない程の小さな声で、私は思わずつぶやいていた。
 微かに開けた扉をそのままにして、自分の寝室へと踵を返す。
 
 廊下を歩く度、床が底まで抜けてしまうのではないかと、不安になる。 
 世界に自分が立っている感じが全くしなくて、靄のかかった端を歩いているような気分だった。

 心臓が高く激しくなっていて、頭がガンガンと痛む。
 痛みが最高潮に達した時、私は寝室の扉を開けた。
 
「あ……」

 精神的なストレスが限界を迎えたのか、私の全身から力が抜ける。
 そのまま床に倒れ、視界が暗転する。
 今度は元に戻る気配がない。
 色と音が消えたが、脳裏には鮮明に、うしなったはずの幼少期の思い出が蘇っていた。
 自分が隣国の王女であった時の記憶が。


 ……目を覚ますと、寝室の天井があった。 
 どうやら私はベッドに寝かせられているらしく、体に毛布がかかっている感覚がある。
 首を横に曲げると、ベッドに突っ伏してサラが寝ていた。
 窓に視線を移すと、明け方の青白い空と、数羽の小鳥が気持ちよさそうに空を滑空している姿が見えた。

 その様子をぼーっと見ていると、サラが目を覚ました。
 
「ん……ソフィア様!」

 彼女はがばっとベッドから上半身を起こして、私に緊張した顔を向ける。
 しかし次の瞬間には、安堵の色が広がった。

「よかった……二日寝ていたのですよ……お体に痛みはありませんか?」

「ええ……何ともないわ」

 正確には、何ともないわけではなかった。
 
「本当ですか? しかし一体何があったのですか?」

 サラの顔が再び緊迫に染まる。
 果たして全てを説明していいのだろうか。
 迷った末に、とりあえずダレンの不倫は告げることにした。
 あの夜の出来事を告げると、サラは顔面を青くさせた。

「やはりそうでしたか……実は、倒れているソフィア様を発見した直後、ダレン様はミランダ様と一緒に家を出て行ってしまわれたのです。自分の奥様をおいて他の女性と一緒にどこか行くなんて……何かあったと思っていましたが、そういうことでしたか」

「ダレン様はどこに?」

「さあ……行先は告げていませんでしたが、ここには帰らないだろうと言っていました」

「そう」

 妻がいる身でありながら、堂々と不倫をする男だ。
 私が倒れようが全く興味がないのだろう。

「ねえ、サラ。あなたに頼みたいことがあるの」

「……何でしょう?」

 サラの顔が真剣に引き締まる。
 私は彼女の瞳をじっと見つめると、口を開く。

「私と一緒に隣国へと来てほしいの」

 瞬間、サラの目に動揺の色が浮かんだ。

「ど、どうしてでしょうか……」

 サラが不自然に目を逸らした。
 私をそれに気づき、眉間にしわを寄せる。

「私が隣国の王女だから」

 ぽつりとそう言うと、サラがはっとした表情で私に向き直る。
 
「覚えていらしたのですか?」

「不倫を知ったショックで思い出したの。でも、その口ぶり、もしかして知っていたの?」

 サラは逡巡するように目を伏せる。
 
「……ソフィア様のお父様……国王様から言われたのです。あなたを陰でお支えするようにと」

「だから私と同時期にこの家に来たのね」

「はい」

 私はベッドから上半身を起こすと、怯えたように俯くサラに言う。

「自分が王女であったことは思い出せた。でも、肝心のどうしてここにいるのかが分からない。それを聞きにいきたいの。国王様の口から」

 サラは顔を上げた。
 
「もしかしたら国王様は会ってはくれないかもしれません。それでもよろしいですか?」

「ええ。その時はその時よ」

 苦笑すると、サラも緊張が解けたように笑う。

「かしこまりました。どこまでもお供致します」
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