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第二十五話:華
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「そっち行ったぞ!」
「囲め囲め囲めぇぇえええ!」
祇宮祭が始まり、楽しい時間を過ごした一日目の夜、さっそく凶鬼や妖魔たちが人肉もとめて巣から出て来始めた。
夜警は当番制。わたしと竜胆はさっそくそれにあたっている。
特級を含む陰陽術師や僧侶、神職、祈祷師、まともな呪術師などがいくつかの組を作り、魔物たちを包囲殲滅している。
あちこちから聞こえてくる怒号が、これから毎夜訪れる戦闘のすさまじさを物語っている。
「すごいわねぇ! もう、こんなのアドレナリン出過ぎてハイになりそう!」
「そう言っていられるうちはいいんですけどね! 最終日にはみんなズタボロになってますよ!」
わたしと竜胆はいつも通り二人で行動しているが、さすがにきつい。
だからといって他の人も足して組めば、竜胆の瘴気で傷つけてしまう。
結局、二人でどうにかするしかないのだ。
「精霊種呼ぶわ!」
「お願いします!」
きりがない。普段は仲の悪い凶鬼と妖魔が、この期間は互いを邪魔しない契約でもしているのか、徒党を組んで襲ってくるのだ。
杖を地面に突きたて、身体を蝕んでいるのとは違う棘薔薇を地面には這わせ、魔物の四肢の自由を奪う。
素早く杖を刀に変え、一刀両断。
それでも抜け出し襲い掛かってくる魔物に関しては刃を交える。
魔物の爪と刀が弾き合い、火花が散る。
相手の踏み込みを横に飛んで避け、そのまま一歩後ろへ下がり、反動で地面を蹴りだし前へ。
魔物の首を斬り落とす。
「やっるぅ!」
「竜胆、後ろ!」
竜胆は大鎌を掲げると、しゃがみ、回転しながら下から大鎌を振り上げた。
魔物が真っ二つに裂かれて頭上を飛んでいく。
「流石ですね」
「禍ツ鬼がその子分たちに負けるわけないじゃないの」
竜胆が大鎌で地面を殴りつけると、そこからすさまじい量の瘴気が噴出し、魔物を引き付ける。
――こちらにおいで。餌があるぞ。とびきりの上物が。
「じゃんじゃんいこう!」
「はぁ……」
目の端で何かが光った。鈍い白。
わたしは反射的にそれを避け、飛んできた方向に刀を構えた。
「人間に何かが混じっていると思ったら……、お前か、仙子族」
「わたしはあなたのことなど知りません」
大きな斧を持った凶鬼が立っていた。
灰色の肌に返り血。頭を貫く二本の角には人間の破片がついたままだ。
先ほど投げたのは、殺した人間の骨だったのだろう。
肋骨の一つが地面に落ちている。
「俺もお前など知らん。ただ、昨年だったか……。仙子族の男に父が殺された。その恨み、お前で晴らさせてもらおう!」
そんな話を聞いても、わたしは「さすが我が兄」としか思わない。
恨まれるのには慣れている。
「火状発破!」
灰色の凶鬼は全身から赤い炎を上げ、襲い掛かって来た。
振り下ろされた斧を避け、斬りつけようと距離を詰めると、身体中をうねる炎が火の粉となって降りかかってくる。
(近づくのは危険)
「仙術、雪魄氷姿空翔ケル」
刀に梅の模様が浮かび、冷気を帯びていく。
「それは……、それはあの男の術と同じ! お前、知っているのだな!」
「兄ですから」
わたしは跳びあがり、身体を回転させ、刀から斬撃を飛ばした。
それは冷たい梅の花弁となり、灰色の凶鬼の身体を貫いていった。
「うわあああああ!」
花弁が刺さった場所から氷の梅が咲き乱れ、黒く染まっていく。
流血は花となり、止まることを知らない。
「くそ! くそ! くそ仙子族め! 同じ幽界の存在のくせに、なぜ人間に味方をする!」
「違う。お前たちは幽界の住人ではない。反転世界の魔物だ」
わたしは再び斬撃を飛ばし、凶鬼の首を胴体から跳ね飛ばした。
休んではいられない。竜胆の瘴気に連れられて、まだまだ魔物は集まってきている。
少しでも隣の戦場であえいでいる新人陰陽術師たちの命を救うために、もう少し無理を続けなければならない。
「竜胆、そちらはどうですか」
「雑魚ばっかりよ。こんなんじゃ、鈍っちゃうわ」
その時、悲鳴が響き渡った。
陰陽術師の一人だ。
「助けに行かなくちゃ」
「ここは大丈夫。行って、翼禮」
「ありがとうございます」
わたしは走って隣の戦場へと向かった。
「小僧ども、小娘だけ残して立ち去れ!」
先ほどの灰色の凶鬼と同じくらいの大きさの凶鬼たちが四体。
新人たちはそれまでは善戦していたのだろう。二十人いたはずだが、死んでいるのは二人。
そこまで数は減っていない。
ただ、今にも死にそうなのが五人、凶鬼の前で息を切らしながら流血している。
「退いてください!」
わたしの声に反応し、後退を試みる新人たち。
しかし、三人が捕まってしまった。
「……お前、人間じゃないな」
「その三人を放してください。代わりに、わたしと殺りあいましょう」
「ばかめ。人間は喰えるが、お前は毒だ」
一人の首が折られた。
背後で小さく悲鳴が上がる。
「放せと、言ったはずだ」
なりふり構っていられない。
わたしは新人たち全員に退却を命じた。
「これから使う仙術はあなたたちでは防ぎきれず、巻き沿いを喰らいます。逃げてください」
「で、でも!」
「はやく行け!」
強く言うしかなかった。
新人たちは泣きそうな顔で頷き、まだ生きている仲間を引きずって退却していった。
「仙術、雷轟電撃死ヲ纏イ」
わたしは空に向かって杖を掲げた。
純白の強い電撃が太い柱となってそこかしこに降り注いだ。
「ぐあああ!」
一人、二人、三人と焼け死んでいく。しかし、一体だけはすべての電撃を避け、こちらに近づいてきた。
強い呪術を使ったせいで、素早く反応できなかった。
(一撃、避けきれないっ)
せめて杖で衝撃を和らげようとした瞬間、目の前に黒い何かが現れ、わたしを横抱きにしてその場から跳び退いた。
「え、あ……あ」
わたしはすぐにその腕から抜け出した。
「翼禮様、間に合ってよかったです」
「は、花折……。なぜここに!」
わたしが叫んだのと同時に、凶鬼が大剣を振り降ろしてきた。
花折は笑顔のまま凶鬼の方へ振り向くと、手の中で何かを砕いた。
すると、その破片が弾丸のように凶鬼の口の中へと入り、凶鬼の動きを止めた。
凶鬼は喉を抑え、苦しみだし、次の瞬間には内側から破裂した。
「どうですか? 面白いでしょう、翼禮様」
わたしは杖を構えた。
「なぜこんなところにいるのです」
「翼禮様をお救いするためです。それに……」
背後から声が聞こえてきた。
「ああ、こんなところまで来ていたのか、透華。……お、これはこれは、杏守のお嬢さんですね」
「……どうも。呪術師のみなさん」
「こいつ、なんかやらかしました? 本当にすみません。いつもは大人しいんですけど、突然、『好きな子を救いに行かなくちゃ!』って……。え、ってことは……」
透華、と呼ばれた花折は頬を赤らめながらうなずいた。
「先輩方、すみませんでした。でも、ちゃんと救えました」
三人の呪術師たちは「おおお……」と感嘆しながらうなずいている。
何が何だかわからないのはわたしだけのようだ。
「じゃぁ、また……。翼禮様、いつでもお救いします」
花折こと透華はこれまでにないほど優しい笑みを浮かべて先輩呪術師たちと共に持ち場へ戻っていった。
わたしは握った杖をどうしたらいいかわからず、ただひたすら嫌悪感と困惑と戦っていた。
「囲め囲め囲めぇぇえええ!」
祇宮祭が始まり、楽しい時間を過ごした一日目の夜、さっそく凶鬼や妖魔たちが人肉もとめて巣から出て来始めた。
夜警は当番制。わたしと竜胆はさっそくそれにあたっている。
特級を含む陰陽術師や僧侶、神職、祈祷師、まともな呪術師などがいくつかの組を作り、魔物たちを包囲殲滅している。
あちこちから聞こえてくる怒号が、これから毎夜訪れる戦闘のすさまじさを物語っている。
「すごいわねぇ! もう、こんなのアドレナリン出過ぎてハイになりそう!」
「そう言っていられるうちはいいんですけどね! 最終日にはみんなズタボロになってますよ!」
わたしと竜胆はいつも通り二人で行動しているが、さすがにきつい。
だからといって他の人も足して組めば、竜胆の瘴気で傷つけてしまう。
結局、二人でどうにかするしかないのだ。
「精霊種呼ぶわ!」
「お願いします!」
きりがない。普段は仲の悪い凶鬼と妖魔が、この期間は互いを邪魔しない契約でもしているのか、徒党を組んで襲ってくるのだ。
杖を地面に突きたて、身体を蝕んでいるのとは違う棘薔薇を地面には這わせ、魔物の四肢の自由を奪う。
素早く杖を刀に変え、一刀両断。
それでも抜け出し襲い掛かってくる魔物に関しては刃を交える。
魔物の爪と刀が弾き合い、火花が散る。
相手の踏み込みを横に飛んで避け、そのまま一歩後ろへ下がり、反動で地面を蹴りだし前へ。
魔物の首を斬り落とす。
「やっるぅ!」
「竜胆、後ろ!」
竜胆は大鎌を掲げると、しゃがみ、回転しながら下から大鎌を振り上げた。
魔物が真っ二つに裂かれて頭上を飛んでいく。
「流石ですね」
「禍ツ鬼がその子分たちに負けるわけないじゃないの」
竜胆が大鎌で地面を殴りつけると、そこからすさまじい量の瘴気が噴出し、魔物を引き付ける。
――こちらにおいで。餌があるぞ。とびきりの上物が。
「じゃんじゃんいこう!」
「はぁ……」
目の端で何かが光った。鈍い白。
わたしは反射的にそれを避け、飛んできた方向に刀を構えた。
「人間に何かが混じっていると思ったら……、お前か、仙子族」
「わたしはあなたのことなど知りません」
大きな斧を持った凶鬼が立っていた。
灰色の肌に返り血。頭を貫く二本の角には人間の破片がついたままだ。
先ほど投げたのは、殺した人間の骨だったのだろう。
肋骨の一つが地面に落ちている。
「俺もお前など知らん。ただ、昨年だったか……。仙子族の男に父が殺された。その恨み、お前で晴らさせてもらおう!」
そんな話を聞いても、わたしは「さすが我が兄」としか思わない。
恨まれるのには慣れている。
「火状発破!」
灰色の凶鬼は全身から赤い炎を上げ、襲い掛かって来た。
振り下ろされた斧を避け、斬りつけようと距離を詰めると、身体中をうねる炎が火の粉となって降りかかってくる。
(近づくのは危険)
「仙術、雪魄氷姿空翔ケル」
刀に梅の模様が浮かび、冷気を帯びていく。
「それは……、それはあの男の術と同じ! お前、知っているのだな!」
「兄ですから」
わたしは跳びあがり、身体を回転させ、刀から斬撃を飛ばした。
それは冷たい梅の花弁となり、灰色の凶鬼の身体を貫いていった。
「うわあああああ!」
花弁が刺さった場所から氷の梅が咲き乱れ、黒く染まっていく。
流血は花となり、止まることを知らない。
「くそ! くそ! くそ仙子族め! 同じ幽界の存在のくせに、なぜ人間に味方をする!」
「違う。お前たちは幽界の住人ではない。反転世界の魔物だ」
わたしは再び斬撃を飛ばし、凶鬼の首を胴体から跳ね飛ばした。
休んではいられない。竜胆の瘴気に連れられて、まだまだ魔物は集まってきている。
少しでも隣の戦場であえいでいる新人陰陽術師たちの命を救うために、もう少し無理を続けなければならない。
「竜胆、そちらはどうですか」
「雑魚ばっかりよ。こんなんじゃ、鈍っちゃうわ」
その時、悲鳴が響き渡った。
陰陽術師の一人だ。
「助けに行かなくちゃ」
「ここは大丈夫。行って、翼禮」
「ありがとうございます」
わたしは走って隣の戦場へと向かった。
「小僧ども、小娘だけ残して立ち去れ!」
先ほどの灰色の凶鬼と同じくらいの大きさの凶鬼たちが四体。
新人たちはそれまでは善戦していたのだろう。二十人いたはずだが、死んでいるのは二人。
そこまで数は減っていない。
ただ、今にも死にそうなのが五人、凶鬼の前で息を切らしながら流血している。
「退いてください!」
わたしの声に反応し、後退を試みる新人たち。
しかし、三人が捕まってしまった。
「……お前、人間じゃないな」
「その三人を放してください。代わりに、わたしと殺りあいましょう」
「ばかめ。人間は喰えるが、お前は毒だ」
一人の首が折られた。
背後で小さく悲鳴が上がる。
「放せと、言ったはずだ」
なりふり構っていられない。
わたしは新人たち全員に退却を命じた。
「これから使う仙術はあなたたちでは防ぎきれず、巻き沿いを喰らいます。逃げてください」
「で、でも!」
「はやく行け!」
強く言うしかなかった。
新人たちは泣きそうな顔で頷き、まだ生きている仲間を引きずって退却していった。
「仙術、雷轟電撃死ヲ纏イ」
わたしは空に向かって杖を掲げた。
純白の強い電撃が太い柱となってそこかしこに降り注いだ。
「ぐあああ!」
一人、二人、三人と焼け死んでいく。しかし、一体だけはすべての電撃を避け、こちらに近づいてきた。
強い呪術を使ったせいで、素早く反応できなかった。
(一撃、避けきれないっ)
せめて杖で衝撃を和らげようとした瞬間、目の前に黒い何かが現れ、わたしを横抱きにしてその場から跳び退いた。
「え、あ……あ」
わたしはすぐにその腕から抜け出した。
「翼禮様、間に合ってよかったです」
「は、花折……。なぜここに!」
わたしが叫んだのと同時に、凶鬼が大剣を振り降ろしてきた。
花折は笑顔のまま凶鬼の方へ振り向くと、手の中で何かを砕いた。
すると、その破片が弾丸のように凶鬼の口の中へと入り、凶鬼の動きを止めた。
凶鬼は喉を抑え、苦しみだし、次の瞬間には内側から破裂した。
「どうですか? 面白いでしょう、翼禮様」
わたしは杖を構えた。
「なぜこんなところにいるのです」
「翼禮様をお救いするためです。それに……」
背後から声が聞こえてきた。
「ああ、こんなところまで来ていたのか、透華。……お、これはこれは、杏守のお嬢さんですね」
「……どうも。呪術師のみなさん」
「こいつ、なんかやらかしました? 本当にすみません。いつもは大人しいんですけど、突然、『好きな子を救いに行かなくちゃ!』って……。え、ってことは……」
透華、と呼ばれた花折は頬を赤らめながらうなずいた。
「先輩方、すみませんでした。でも、ちゃんと救えました」
三人の呪術師たちは「おおお……」と感嘆しながらうなずいている。
何が何だかわからないのはわたしだけのようだ。
「じゃぁ、また……。翼禮様、いつでもお救いします」
花折こと透華はこれまでにないほど優しい笑みを浮かべて先輩呪術師たちと共に持ち場へ戻っていった。
わたしは握った杖をどうしたらいいかわからず、ただひたすら嫌悪感と困惑と戦っていた。
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