魔法少女と世界を救うことになりました。

泡沫

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第2章 魔法の獲得

2-1 使える魔法

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 部活動の時間が終了し、四人は下校を始めた。西の空は真っ赤に染まり、街の陰影は濃くなっていた。

「そういえば、ヒカリちゃんはどこに住んでるの?」

 ヒカリは隣を歩く紗香に問いかけられる。

(ヤバイ……)

 三人の後ろを歩く俊斗は焦りを感じ、歩速を速めた。

「えっとー、昨日から俊斗くんの部屋に住うぅぅ……」

 ヒカリは俊斗に口を塞がれた。

「そうそう、俺の隣の部屋に住んでるんだよ」

 表情を作り、紗香に訴えた。しかし、俊斗の目は焦りを隠せてはいない。

「そうだったんだ! ご近所さんだねよろしくね!」

 紗香は疑うことなく俊斗の言葉を信じたようだ。それと同時に、俊斗はヒカリの口を塞ぐ手を離した。

「くはぁー」

「俊斗は本当に危ないやつだな……ヒカリ、気をつけるんだぞ」

 聞き覚えのある言葉に表情が引きつる俊斗。余計な展開にならないことを願うばかりであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 アパートに着いた。周囲の建物に比べ、新しい建物であるから、その空間から剥離しているように映る。

「それじゃあ、また明日ねー」

「「ばいばーい」」

「さよならー」

 俊斗の後ろにヒカリを移動させ、紗香とルナが部屋に入るのを待った。

「ふぅー」

 俊斗は胸をなでおろした。

「ねえねえ、開けないの?」

「あー、今開けるよ」

 俊斗の手の中にあった鍵は、鍵穴にゆっくりと挿し込まれた。

「ただいまー!」

 ヒカリが真っ先に部屋に入っていった。その後を遅れて俊斗が入る。
 部屋は夕日の差し込みはあるものの、薄暗い。空気も停滞している。
 二人は手洗いやうがいを順に済ませた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 俊斗は気を遣って、脱衣所で灰色の部屋着に着替えた。制服を持って部屋に戻った。
 部屋の明かりが点いていた。ヒカリは全身ピンク色の部屋着に着替えて、椅子に座っている。

(ピンク……)

「宿題宿題ー!」

 テーブルの上には物理の授業で出された課題が一人分広げられていた。
 俊斗は制服を片付け、カーテンを閉めた。
 すると、

「ピンポーン、ピンポーン」

 インターフォンが来客を知らせた。

「お! だれだれー?」

「こんな時間に誰だろう」

 玄関に向かった。ドアの向こうには誰かがいるはずであるにもかかわらず、物音が一切しない。
 その状況が俊斗を緊張させた。
 ゆっくりとドアを開ける。

「はい……」

 そこには、赤に黒の装飾が施されたドレスを身に纏い、赤髪にツインテールの少女が腰に手を添えて立っていた。

「え……」

 その様子に俊斗の動きが止まる。

「あんたが佐竹俊斗ね」

「そうだけど……」

「お邪魔しまーす」

 その少女はすました顔で部屋に入っていった。

「え、いや、ちょっと」

 すぐに止めるべきだろうが、少女の容姿に困惑した俊斗はただ後を追った。

「あ、やっぱりいた」

 ヒカリを見つけると、その少女の足は止まった。

「あー! リリ! 久しぶり!」

 立ち上がり、その少女に近づくヒカリ。二人は手を合わせた。
 ヒカリよりも少し背が低い。

「それで、君は何しに――」

 俊斗の言葉は容赦なく遮られた。

「そうそう、私、今日からここで暮らすことになったから、よろしくー」

「「ええっ!」」

 俊斗とヒカリは同じリアクションをとった。しかし、その感情は異なっている。

「やったー!」

 ヒカリの両手は大きく広げられた。

「な、なんで……」

「ヒカリ一人じゃ心配だからって、上からの指示でね」

「そ、そうですか……」

 彼女を部屋から追い出すことは既に諦めていた。

「とりあえず、座ろっか」

「うん!」

(勝手に……)

 少女はヒカリに話しかけ、二人は並んで座った。俊斗はどうすべきか直立のまま考える。

「あんたも座りなさいよ」

「あ、はい」

 その考える間もなく促され、少女の向かいに座った。

「二人はどういう関係なの?」

「リリは私の幼馴染なんだ! 訓練も一緒に受けたんだよ!」

 その少女は答えることなく、ヒカリが前のめりになって答えた。
 そして、間髪入れずに少女が話し始める。

「私の名前はリリーよ、今日からよろしくね俊斗」

「ああ、よろしく……」

「ねえ、ヒカリのこと襲ったりしてないわよね?」

 赤色の目が俊斗に鋭く向けられた。

「してねーよ!」

「襲う?」

 ヒカリが話に混ざろうとしてきた。

「ヒカリンはいいから!」

 リリがツインテールを微かに震わせながら笑っているのがわかった。

「はぁ……ていうか、『ヒカリン』の名前って『ヒカリン』じゃないの?」

「あんた、そう呼んでて恥ずかしくないわけ」

「え……」

「本当の名前は『ヒカリン』だけど、みんな『ヒカリ』って呼んでるわ、私も『リリ』って呼ばれてるし」

「なるほど……」

 リリは気だるそうにテーブルに肘をついた。俊斗には常に威圧が与えられている。
 ヒカリはいつの間にか宿題を始めていた。

「もしかして、君って手芸部の人?」

 リリの視線は勢いをもって俊斗に向けられる。

「別に名前で呼んでくれていいわよ。ていうかあんた、そこまで知ってるのね」

「……そこまでって、どういうこと?」

「ヒカリが魔法少女ってのは知ってるわよね?」

「うん」

 リリは肘をつくのをやめて、組んだ腕をテーブルの上に載せた。

「じゃあ、ヒカリは法輝台高校の手芸部を監視するっていう任務が与えられているのも知ってるでしょ?」

「え、何それ」

「あ、これは知らないのね」

 ヒカリが持つシャープペンの動きが止まった。

「監視ー? 何それ?」

「えっ⁉︎ ヒカリも知らないの⁉︎」

 座る椅子が移動するほどリリは驚いた。そして、絶句したままヒカリを見ている。
 ダンボールに囲まれた三人は沈黙に包まれた。

「……それで、任務とか監視って何のこと?」

「あ……そうね、説明するわ。ヒカリも聞いて」

 リリは身体を前に向き直した。

「俊斗、落ち着いて聞くのよ」

「う、うん」

 俊斗は椅子に座りなおす。ヒカリの視線はリリに向けられた。

「実は今、地球が侵略されようとして――」

「それ聞いた」

「さ、先に言いなさいよ!」

 リリは頬を赤くして唇を噛んだ。

「あはは……」

 愛想笑いをして場の空気を確かめる俊斗。ヒカリは二人のやりとりを不思議そうに見ていた。

「まあいいわ、それで……んーいろいろあって法輝台高校の手芸部が敵の侵略行為に関係しているかもしれないってなったのよ」

「いろいろって……」

「上が調査とか偵察とかしたのよ!」

 面倒臭そうな口調で前かがみになるリリ。揺れたツインテールが微かに風を起こすようだった。

「あ、はい」

 俊斗の背筋は伸び、表情は引きつった笑顔になった。

「だから、ヒカリがその手芸部の監視をする任務を任されたってわけよ。わかった?」

「うん! わかったー‼︎」

 ヒカリの右手は高く突き上げられた。

「んーもう……」

 リリはそのヒカリを見て小さく微笑んだ。

「でも、手芸部の部室見たけど、危ない感じじゃなかったよ」

「え! もう入ったの⁉︎」

「うん! すごく楽しかったよ!」

「ヒカリまで……」

 リリは手を膝の上に当て、うなだれた。

「まあいいわ……俊斗にはこれをあげることになったから」

 リリは右手をテーブルの上にかざした。すると、テーブルの上の空間が――ヒカリのバッグの時のように――突然光り出し、一本の長い剣が現れた。

「おー! すごいすごい!」

「おぉ……」

 俊斗にとっては二度目のことであるから、驚くには値しなかった。しかし、なぜかヒカリははしゃいでいた。
 その剣は青の装飾が所々施してある程度のシンプルなものであった。

「これは魔法が使える剣よ、俊斗にも何かしらの危険が及ぶかもしれないってことでこの剣を持ってもらうことになったわ」

「魔法? ……って俺、魔法使えるようになるの⁉︎」

 その言葉に俊斗は興奮させられた。抑えてはいたものの、「魔法」が使えるようになるという期待に全身が力んだ。

「まあそういうことね、試しに使ってみたら」

「うん! でもどうやるの……」

 俊斗の目は子どものように輝いていた。

「部屋の中なんだから、静かにやりなさいよ。まず、持ってみて」

 期待反面、何が起きてしまうのかわからない恐怖から、恐る恐る両手で剣を持つ俊斗。先を玄関の方に向けた。

(意外と軽いな)

 その様子にヒカリは興味津々だ。

「こう?」

「そうよ、そうしたら次は剣に意識を集中してゆっくり振り下ろしてみて」

「わかった」

 玄関の方を向き直し、目を閉じて剣に意識を集中させた。

(こんな感じでいいのか……)

 目を開けて剣をゆっくり振り下ろした。

「おぉ‼︎」

「わー!」

 玄関に向かって青白い光が線になって走った。それとともに、そよ風ほどの柔らかい風が室内に流れた。
 突如として起こった出来事に、俊斗は感動してしばらく身体を動かせなかった。

「今のじゃ弱すぎよ」

 リリが見下すように俊斗を見て笑った。
 それでも自分の身に起こった信じられない状況に俊斗は嬉しくてたまらなかったのだ。

(マジかよ最高じゃねえか!)

「まあ、座りなさいよ」

 剣はテーブルに丁寧に置かれた。

「魔法を使う前に注意しないといけない事を話しておくわ」

 リリの話が始まると、ヒカリは宿題を再開した。
 リリは顎に右手を当て、微笑んだ。
 俊斗の興奮は未だ冷めない。

「『マナ』って言葉知ってる?」

「まあ、聞いたことくらいは」

「それなら話は早いわね。魔法を使うとその『マナ』ってやつを消費するの、だから回復しないでたくさん使うと倒れちゃうから注意してってだけよ」

「なるほど……なんとなくわかった」

「まあ、使い方とかは誰かに教えてもらわないと上達はしないと思うわよ。一応だけど私、教える資格持ってないわけじゃないわよ」

 明らかに見下した表情のリリに見つめられる俊斗。リリの思惑はある程度予測できた。

「……教えてくれる?」

「えー、教えてもらうってのに何その言葉遣い」

 手に隠れてリリの口角が微かに動いたのがわかった。

(なんなんだその表情は……)
「……教えていただけませんか?」

「んー、そこまで言うなら仕方ないわね、特別教えてあげなくもないわよ」

「ありがとうございます……」

 俊斗はこの状況に苦笑いしかできなかった。しかし、魔法を教えてもらえるというのは素直に嬉しかった。

「別に、私はあんたに教えたいなんて全然思ってないんだから、勘違いしないでよね」

「わかりました……」
(なんでこうなった……)

 表情は一切変えないものの、右手に隠されたリリの頬が一瞬ではあるが動いたように見えた。
 外はすっかり暗くなり、一面が澄んだ空気に覆われている。月明かりの下、街は眠りにつこうとしていた。
 その様子に対して、俊斗はこれから人生の大きな岐路に立たされようとしている。魔法を手にすること、これが何を意味するのか、この時の俊斗には深く考える余裕がなかったのだろう。
 日常は早くも新たな方向へ歩みを進めていた――。
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