魔法少女と世界を救うことになりました。

泡沫

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第1章 魔法少女との暮らし

1-7 深まる理解

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 高校生の男女が一つの部屋で日を跨ごうとしている。しかし、この二人に限っては疚しい想いはない。
 たった数時間前に初めて出会った二人。静かな夜に流されるままだ。

「ねぇ、そろそろ寝ようよ」

 ベッドに仰向けになり、テレビを観ているヒカリン。俊斗は椅子に座り勉強をしていた。

「まだ早いでしょ」

 ヒカリンの方には目を向けなかった。
 間もなく今日が終わろうとしている。

「えー、早くないよー、一緒に寝ようよー」

 ヒカリンは身体を起こした。俊斗を見る。
 ペンを動かすのをやめ、ヒカリンに視線を送る俊斗。しかし、何も話さない。

(てか、なんでこの部屋なんだよ……)

 その時、自分が置かれている状況を客観的に把握した。魔法と少女、この間にある大きな差が通常の思考を妨げている。
 ヒカリンと目が合った。

「ねぇ、一人じゃ怖いの」

「ここにいるじゃん」

 再びペンを動かし始めようとした。しかし、ヒカリンがそれを遮った。

「お願い俊斗くん……」

 突然、雰囲気が変わる。ヒカリンを見ると、悲しげな表情をしていた。それが自然な表情なのかあるいは作られたものなのか判断はつかない。布団を掴みながら俊斗を見ている。

「しょうがないなー」

「やったー! ありがとう!」

 勉強道具を片付け、椅子から立ち上がる。部屋の明かりを消した。
 テレビからの光だけが室内を照らす。
 その間にヒカリンはベッドの左側に寄っていた。頭だけを出し、嬉しそうに待っている。
 俊斗はそのベッドに向かった。

(本当に寝るのか……)

 この歳になって女子と同じベッドで寝るということが実際に起きるとは、夢にも思っていなかった俊斗。若干の緊張とともに布団をめくった。
 俊斗だけが鼓動を速くさせる。ゆっくりと身体を寝せ、布団をかけた。
 ヒカリンは横目で俊斗を見ている。
 この状況を紛らわすために、テレビはつけたままにしている。

「俊斗くん、テレビ消さないの?」

「あ、消す消す……」

 その目的はすぐに失われた。ベッドから手を伸ばし、テレビ台の上にあるリモコンを手に取った。テレビが音も立てず、静かに消えた。
 室内はカーテン越しに月明かりが差すだけだ。時計の秒針の音が響く。
 ヒカリンに背を向けたまま寝ようとする俊斗。ヒカリンは仰向けのままだ。

「ねぇ、そっち向いたままじゃ怖いよ……」

 小さな声で囁くヒカリン。その表情がどのようなものなのか、確認することはできなかった。

「あ、うん……」

 俊斗は仰向けになった。照れからの緊張が高まった。何かを切り出そうにも、言葉が出ない。

「あのさ、なんで私がここで暮らすこと、オッケーしてくれたの?」

 俊斗にとっては気まずい状況も、ヒカリンにとっては全くそうではなかった。
 数時間前の決意を思い起こさせる質問。それまでの余計な緊張が軽いものになり始めた。

「それは……ヒカリンが俺と似てる何かをもってるって思ったからかな」

 二人は仰向けのまま話を始めた。邪魔するものは何もない。

「似てる?」

「うん、まあ俺の勝手なんだけどさ……さっきヒカリンが言ってた十年前、仲良くしてた二人の親友が事故で亡くなったんだ。その頃は、家にいるよりもその二人と一緒に遊んでる時間の方が長いくらいでさ、その二人に突然会えなくなった時の辛さはとか悲しさとかは今でもはっきり覚えてるんだ。また二人に会える気がして、しょうがないんだよね……」

 何かが吹っ切れたよう話した。その言葉一つひとつからは強い意志が感じられた。心で抱えていたものが少しずつ流れ出すかのようだった。

「そうだったんだ……」

 ヒカリンは仰向けのまま静かに答えた。

「ごめん、暗い話しちゃって」

「俊斗くんって優しいんだね……」

 俊斗は一瞬大きく息を吸った。それまでの言動からは予想がつかなかった。ヒカリンから発せられた言葉の意味を改めて思い知った。
 それと同時に、自らの経験とヒカリンの境遇が引き起こした複雑な感情が俊斗を取り巻いた。

(本当に辛いのはヒカリンのはずなのに……)
「それでさ、ヒカリンが頑張ってるのを知って、支えてあげたいって思ったから、オッケーしたかな」

 喉の奥が締め付けられる思いがした。自分に似ていると言ったものの、自分にはない何かをヒカリンがもっていると感じたからだ。
 ヒカリンは俊斗の方に身体を向けた。

「『かな』ってなにー、『かな』って」

 俊斗は顔だけをヒカリンの方に向けた。ヒカリンは微笑んでいた。月明かりのせいなのかもしれないが、目が輝いて見えた。

「そのままの意味だよ」

「んもー」

 頬を膨らませるヒカリン。俊斗は感情を抑えるために笑った。

「じゃあそのお返しに、私は家事とか料理とかするね!」

「本当にできるのかー?」

「できるよー、まったくもー」

「じゃあ、おねがいしようかな」

「うん! 任せて!」

 楽しそうに話していたが、互いには異なった想いもあった。
 しかし、相手のの複雑な想いを理解しようとしていることには変わりない。

「はぁー、今日もお疲れ私!」

 ヒカリンは仰向けになった。俊斗も顔を天井に向ける。初めて見る天井の模様。薄暗い室内の中でぼんやりと浮かび上がる。

「お疲れ様……」

 ヒカリンの方を見ると、既に微かな寝息を立てて寝てしまっていた。半分しか見えない寝顔は幼く、安心しているように見えた。

(だいぶ疲れたんだろうな……)

 もう一度、天井の方を向き、静かに目を閉じた。
 秒針の音の響きが大きな振動として伝わりそうなほど落ち着いた室内。
 穏やかな夜はすぐに過ぎていった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「ピピピピピッピピピピピッ」

 俊斗のスマートフォンが朝を知らせた。うつ伏せの俊斗は、すぐには止めようとしない。
 薄眼を開けると、朝日が眩しく差し込んでいた。どうやらテレビもついているようだった。

(もう朝か……)

 音のなる方に手を伸ばそうとした。
 遠くの方から足音が聞こえてくる。

「うるさーい!」

 アラームが止まった。左側に誰かの影が見えた。

「誰……うぅ……あ、ヒカリンか……」

「ヒカリンか……じゃないでしょもー! 俊斗くん! 何回ならしてるのー!」

「え……」

 少し身体を起こし、時間を確認する。三十分の寝坊だ。重い目を擦る。

「ごめんごめん……え……」

 ヒカリンは制服の上にエプロンを着ていた。腰に手を当てて俊斗を見下ろしている。

「どうしたの?」

「いや……その制服とエプロンどうしたの?」

「あ、これ? バッグに入ってたんだー」

「なるほど……」

「早くしないと朝ごはんできちゃうよー」

 ヒカリンはキッチンの方に向かった。どうやら朝食を作っていたようだ。室内は食材の爽やかな香りに包まれていた。

(本当に作ってる……)

 窓の外には、昨日より増して澄んだ真っ青な空。既に街が動き出していた。
 テレビは普段と変わらず朝のニュース番組を流す。
 俊斗はベッドから起き上がり、背伸びをする。どこからか不思議と気合が湧いてきた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 いつも通り朝の支度を素早く終え、部屋に戻ってきた。

「おー! すごいじゃん!」

 テーブルには二人分の和食の用意が済まされていた。どれも美味しそうに盛りつけられている。ご飯や汁ものからは湯気が立ち上る。

「すごいでしょー」

 キッチンの方からヒカリンが満足そうに歩いてきた。既にエプロンを脱いでいる。

「ほら、座って座ってー、早く食べよ」

「うん」

 二人は向かい合って椅子に座った。暖かな朝だ。
 一日前には想像もつかなかった光景に感動する俊斗。大きく息を吸った。

「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

 俊斗は魚とご飯を共に口に運んだ。まだ熱を保った食材が全身を温める感覚に襲われた。

「めっちゃ美味しい」

 昨日までのヒカリンからは想像もつかない現状に興奮すら覚えた。ヒカリンは嬉しそうにしている。

「おー! よかったー」

「本当に作ってくれたんだ、ありがとう」

「どういたしまして!」

 その笑顔は差し込む日差しよりも眩しかった。揺れた桃色のポニーテールが朝の時間に躍動を与えた。

「そういえば、この食材ってどうしたの?」

「バッグに入ってたんだー」

「魔法のバッグすごいな……」

 この言葉を聞いたヒカリン焦った様子を見せた。

「あ、でも、料理は魔法使わないで自分でしたんだよ!」

 ひかりんは俊斗の方を見て、少し肩を上げる。なぜか困り顔だ。
 俊斗はその様子から気持ちを汲み取った。

「大丈夫、わかってるよ」

「えへへー」

 すぐに嬉しそうな表情に変わった。俊斗も笑顔になった。
 朝食の美味しさに余計なことを考えずにいることができた俊斗。
 その様子を気づかれないように見ていたヒカリンは、飛び跳ねたいほど嬉しい気持ちになっていた。

「なんでここまでしてくれるの?」

 口を動かしながら俊斗は訊いた。

「だって……泊めてくれただけでも嬉しいからだよ」

 ヒカリンは心にある気持ちを抑えた。しかし、俊斗のことはしっかりと見つめている。
 俊斗は少し恥ずかしくなり、食べる勢いを上げた。

「そ、そっか、あはは」

(やったー! これからも頑張ろうっと!)

 二人には時がものすごい速さで進んでいくように感じられた。朝の少しの時間に二人の距離はかなり縮まったようだ。
 穏やかに流れる空気がその後の未来を伝えることはなかった。
 アパートの前の道からは、一つの影が二人に視線を送っていた――。
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