魔法少女と世界を救うことになりました。

泡沫

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第1章 魔法少女との暮らし

1-5 日常の始まり

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 俊斗は椅子に座っていた。ほぼ放心状態である。テレビからはゴールデンタイムのバラエティ番組が流れている。しかし、それを見ている者はいない。
 斜め上を見ながら背もたれに寄りかかった俊斗。全身の力を抜き、その日の出来事を振り返った。

(これからどうなるんだろ……)

 表情は一切変化しない。風呂場からはドライヤーを使う音が聞こえてくる。それはテレビからの音をもかき消していた。
 しばらくして、ヒカリンが嬉しそうに戻ってきた。服装は相変わらずピンクを基調としたものだ。上は、肩にヒラヒラしたものが付いていて胸元には大きな黄色のリボン。下は丈が短めのスカート。少し湿った桃色の髪は腰のあたりまで下ろしている。
 改めてみたヒカリンの姿に、俊斗はふと我に返る。椅子にゆっくりと座り直した。

「ふぅー、ありがとうざいました!」

「いえいえ……」

「失礼します!」

 ヒカリンは俊斗の正面に座った。桃色の目が俊斗に向かって輝いた。その様子に特に動揺する様子はない俊斗。

「そういえば、あなたのお名前は?」

「佐竹俊斗……です」

「なるほどです! 俊斗さんですね!」

 俊斗の雰囲気を気にする様子はない。
 ヒカリンが何かを話し始めようと息を吸ったその時、俊斗が話し始めた。

「それで……ヒカリンさんはなんでここにいるんですか」

「私もちょうどそれを話そうと思ってたんですよ!」

「あ、はぁ……」
(元気だなぁ……)

 ヒカリンの元気さに押される俊斗。その俊斗を気にすることなく、ヒカリンは始めた。

「えっとですね、驚かないでくださいよ、実は今、地球が侵略されようとしているんです!」

「……なるほど」

「あれ、驚かないんですか?」

 少し前に魔法を見せられ、疑う余地をなくしていた俊斗は、その言葉にも驚くことができなかった。依然として表情を変えない俊斗。ヒカリンは首をかしげる。俊斗は意味ありげに微笑んだ。

「いや、まあ……それより続けて」

 ヒカリンは気合を入れ直し、話を続けた。

「はい、なので私たち魔法少女は敵の攻撃を防ぐために活動しているんです」

「うん」

「その敵っていうのが、地球上の至るところに生命を破壊する装置を設置し始めているんです!」

 ヒカリンから発せられた予想より過激な言葉に俊斗の顔は強張った。

「マジか……」

 俊斗のその様子を感じたのか、ヒカリンの口調も自然と真剣なものになった。

「はい、その装置を私たちは『クラッシャー』って呼んでいます。真っ黒な四角い箱の形をしていて、大きさは学校の教室を二つ積み重ねたくらいです。それで今日は、魔法少女の先輩と二人で地上に見回りに来たんです」

「地上に見回りに来たって、ヒカリンたちはどこに住んでるの?」

 俊斗はヒカリンの話に真剣に聞き入るようになっていた。当然、テレビから流れる番組は未だ無視されたままだ。

「えっと、私たちは地球を囲むようにして空中都市を形成しています。魔法がないと見えないようになっているので、地上の皆さんには見えないはずです。地上とほぼ変わらない感じで……ここからだと地面しか見えないんですけどね」

 ヒカリンははにかんだ。俊斗はなぜかその表情に違和感を感じた。

「そっか、話逸らしてごめん」

「いえいえ、じゃあさっきの続きいきますね。その先輩と見回りをしていて休憩することになったんですよ、それで先輩が『先にあの部屋で休んでな』っていうのでこの部屋にお邪魔したってわけです」

 先輩の言葉の部分だけ声のトーンを下げ、格好つけたようだ。話し終わるとまたはにかんだ。
 俊斗は場の妙な雰囲気に苦笑いする。

(なんで先輩イケボなんだよ……)

 その雰囲気に俊斗は我に返った。

「……てか、お邪魔したって勝手に入ったんでしょ!」

「はい! だって先輩に言われたんですもん!」

 少しきつめに言葉を選んだつもりだったが、ヒカリンに反省の様子はない。俊斗は肩の力を抜いた。

「ん……まあいいや、それで、なんでいつまでもここにいるの」

「それがですね、先輩がここに来るまで待ってないといけないですけど、六時間たっても来ないんですよねどうしましょう……」

「六時間⁉︎ そんな前からいたの⁉︎」

 目を見開いて声を大きくした。それに応えるようにヒカリンも目を見開いて声を大きくする。

「はい! お昼頃から!」

 少しも元気をなくさないヒカリン。俊斗は完全に押されていた。全身の力を抜いた。

「そ、そうですか……」

「ちゃんと連絡もとったんですよ! でも返信がなくて……」

 そういうと、ヒカリンは腰のあたりからピンク色のスマートフォンを取り出した。

「ピンクだらけだな……」

 俊斗は思わず呟いた。

「ん? どうかしました?」

 ヒカリンはスマートフォンに向けていた視線を俊斗の方に動かした。

「い、いや、なんでもないよ」

「そうですか」

 ヒカリンはスマートフォンをテーブルの上に置いた。

「もー、困りましたよー」

 ゆっくりと椅子に座り直し、俊斗の方を見た。
 様々な情報を受けた俊斗は、脳内を整理しながら重い口を開いた。

「それじゃあ、その先輩が来るまでここにいるってことだね」

「はい! お願いします!」

「はいはい――」

 適当に返事を返し終えようとしたその時、テーブルに置かれたヒカリンのスマートフォンが誰かからの着信を伝えた。

「あ! 先輩だ!」

 ヒカリンは立ち上がり、会話を始める。俊斗はひとまず自体を落ち着かせることができると思い、ホッとした。

(よかったー、これで解決だろう……)

「もしもし! もうどこ行っちゃったんですかー、寂しかったですよー、……はいはい……あっ! そうなんですね! ふむふむ……了解です! 失礼します!」

 ヒカリンは電話を切った。すると突然、テーブルの上が光り、ピンク色の大きなキャリーバッグが現れた。

「え、えぇ! 何これ⁉︎」

 俊斗は思わず立ち上がり、一歩下がった。そしてバッグに向けていた視線をすぐにヒカリンに向けた。

「はい! これは今、先輩が送ってくれた私の着替えと生活用品です!」

 驚いた様子の俊斗を気にすることなくヒカリンは笑顔で答えた。

「それを何で今ここに?」

「あ! えっと、今日からこの部屋で暮らすことになりました。よろしくお願いします!」

 ヒカリンは深く頭を下げ、すぐに上げた。桃色の髪が動きのない室内に流れを起こすようだった。俊斗は唖然とした。

「……は?」

「それと、明日から俊斗さんと同じ学校に通うことになりました! それも俊斗さんと同級生です! あ、同級生だよ! よろしくね俊斗くん!」

 一切動かない俊斗。目の前でヒカリンは嬉しそうに話した。そして突然、敬語を使うのをやめ、俊斗に顔を近づけた。

「いや……ごめんなさい、やっぱり帰ってください」

 俊斗は表情を変えずに、棒読みでこう言った。
 すると、ヒカリンは俊斗の前まできて、両腕を掴み、膝をついた。

「えっ……ちょっと……」

「お願いします! 先輩に言われたんですー! お願いします!……」

 ヒカリンは何度も繰り返した。その間、俊斗はこの少女をこの部屋で暮らさせて良いのか、暮らさせるべきなのか、考えた。そして、ヒカリンが世界を救うという使命を与えられているという事実が思考を変えた。その時、俊斗がそれまで考えていた否定的な感情は収まっていった。
 ヒカリンは涙目になり、今にも泣き出しそうになっている。その表情からは、尋常ではない苦しさや辛さまでをも想像してしまった。

(きっと、この子にも辛いことがあったんだろうな……)
「わかった、いいよ」

「本当⁉︎」

「あぁ」

「ありがとう‼︎」

 ヒカリンは立ち上がったと思うとすぐに俊斗に抱きついた。暖かくなっていたヒカリンの体温が俊斗に伝わる。
 俊斗は突然の行動に声を出そうとして下を向き、ヒカリンの顔を見た。その顔には涙が流れていた。

(大変な毎日になりそうだな……)

 俊斗は微笑んだ。室内にはテレビの音をかき消すようにヒカリンの泣き声が響いた。さっきまで元気だったヒカリンの様子が思い出せないほどだ。それほど安心したのだろうと想像を広げたが、それは間違いではなかったようだ。
 俊斗はこれからの日々に覚悟をした。
 全ての出来事は偶然のようにして、起こるべくして起こっていた――。
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