魔法少女と世界を救うことになりました。

泡沫

文字の大きさ
上 下
4 / 22
第1章 魔法少女との暮らし

1-4 少女の正体

しおりを挟む
 街の気温が一気に下がり始める。俊斗の部屋は静寂に包まれていた。
 俊斗はドアノブにかけた手を離そうとしない。また、魔法少女の格好をした少女も椅子からピタリとも動こうとしないかった。
 俊斗には緊張が走っていた。帰宅と同時に見ず知らずの人物に遭遇したから当然であろう。異常な事態であるが、その日の疲れと目の前の少女の姿に頭が真っ白になっていた。
 しかし、ついに少女がその数秒間の長い静寂を破る。
 少女は椅子から立ち上がり、俊斗の背丈ほどはあるであろう杖を床に慎重に置く。俊斗のいる玄関前まで走ってきて、土下座をした。
 俊斗はその様子をただ目で追うことしかできなかった。

「ごめんなさい許してください休んでただけなんです! ごめんなさい許してください休んでただけなんです!ごめんなさい――」

「わ、わかったよ、どうしたの君……」
(もしかして、今日休んでた手芸部の人かな)

 その少女は何度も頭を下げた。玄関に立ち尽くす俊斗に許しを請いた。声は震え、目には涙を浮かべながらだ。
 その少女の様子を見た俊斗は、それまで持っていた緊張を一瞬にして無くしてしまった。一歩前に進みドアノブから手を離すと、ドアは自然と閉まる。小さくかがみ、目の前で必死な様子の少女に話しかけた。
 すると、やはり目に涙を浮かべた少女はゆっくりと俊斗の顔を見た。桃色の髪が微かな音を立てて背中に流れた。

「休ませていただいていただけなんです……」

 息を詰まらせ答える少女。最後の方はあまりうまく聞き取ることができなかった。
 俊斗はそんな少女に戸惑いながらも、冷静に対応しようとした。

「う、うん、それはわかったんだけど……それより君は誰なの?」

 少女は涙を拭った。そして、いきなり立ち上がったと思えば、それまで見せていた表情を突然明るく変え、置いてきた杖を取りに戻った。

「えっ……」

 いきなり始まった少女の行動に言葉も出なかった。そして、その後を予測しようとする間もなく、少女は俊斗の前に戻ってきた。

「それじゃあ、自己紹介するね!」

「は、はぁ……」

 少女からとてつもないやる気を感じた俊斗は、言われるままに玄関に立ち尽くすしかなかった。
 そして、自己紹介が始まる。少女は杖を狭い玄関でいっぱいにふり、ポーズをとって見せた。

「私は魔法少女ヒカリン! この世界を救います!」

「……」

 ポーズをとりウインクをしたまま俊斗を見ているヒカリン。俊斗は表情をまったく変えずにその顔を見ていた。
 すると、俊斗はドアを開け、玄関の端に寄った。

「……帰ってください」

「ま、待ってくださいよ! あと少しでいいですからいさせてください!」

 冷たい態度を見せた俊斗。ヒカリンは焦ってまた土下座をした。声が震え始める。開けたドアからは冷たい空気が室内から流れ出ていた。

「魔法って、なに言ってるんですか……」

 俊斗はその自己紹介に少し呆れていた。しかし、ヒカリンの様子から、すぐには追い出せずにいた。
 すると、ヒカリンは再び立ち上がった。だが、ついさっきの勢いはすっかり無くなっていた。

「信じてないんですね、いいですよ、見せてあげますよ」

「え……」

 どこか不機嫌そうなヒカリン。ピンク色の杖を持ち上げ、星のついた先端を俊斗のほうに向けて軽く振った。

「えいっ」

 俊斗はそんなヒカリンに軽く苦笑いをして済まそうとした時だった。俊斗の身体は宙にゆっくりと浮き始めた。そのままドアノブから手が離れ、自然とドアは閉まる。

「えっ! ちょ、ちょっと待って! はっ‼︎」

 宙に浮き、手足を使ってもがく俊斗。しかし、自分の力ではどうすることもできない。その緊張は一瞬で焦りに変わった。自分の内臓一つひとつが浮き上がり、体内で動いているのを感じた。
 ヒカリンはどこか満足そうにしながら、もう一度杖を振った。

「えいっ」

「ゔぁっ!」

 俊斗の身体は一メートルほどの高さからそのまま床に落ちた。顔は青ざめる。身体を思い切り打ち付け、声を上げた。
 痛さと驚きで頭の中が真っ白になった。

「だ、大丈夫ですか⁉︎」

「な、なんとか……」
(じゃあ落とすなよ……)

 ヒカリンは心配そうに俊斗の前にしゃがんだ。俊斗はゆっくりと身体を起こす。

「信じてもらえましたか?」

 ヒカリンが嬉しそうに問いかける。

「……本当に魔法少女なの?」

「はい‼︎」

 目を輝かせて答えるヒカリン。その態度は知らぬうちに俊斗を威圧していた。
 それまでの状況からして、俊斗の回答は決まっていた。

「わかった、信じるよ」

「わーい! ありがとうございます!」

 玄関の前で跳ねながら喜ぶヒカリン。照明に照らされた桃色の髪はその一本一本の動きが鮮明に把握できた。
 俊斗はその様子に安堵しながらも、魔法というものを目の当たりにして、新たな緊張を感じていた。

「それより、疲れちゃったのでシャワー借りてもいいですか?」

 すぐにはその答えを出すことができなかった。ヒカリンは何かを期待した様子で俊斗を見ている。

「え……」

「ありがとうございます、お借りします!」

 戸惑っているうちに、ヒカリンはすごい勢いで風呂場に行ってしまった。
 俊斗はここに至るまで、玄関で立ち尽くしていた。

「覗かないでくださいよー!」

(まだ何も言ってないのに……)

 風呂場の方からヒカリンの声が聞こえてきた。しかし、その声に答えることはできなかった。
 一日に起きた出来事の多さから、かなりの疲労を溜めていて、判断力が鈍っていたのだろう。
 靴を脱ごうとして下を見ると、ピンク色のハイヒールが並べてあった。きっとヒカリンのものだろう。その隣に靴を揃えた。

(何事だよ……)

 普段であれば、さらに多くの疑問が浮かんでくるであろうが、この時の俊斗はそれができるほどの精神状態ではなかったのだ。
 俊斗はテーブルのほうに向かった。そして、あることに気がついた。

「あ……」

 窓が全開になっていた。朝、登校する時に閉め忘れていたようだ。そこから見える街の夜景は、照明に邪魔されて微かに揺れている。既に外は暗くなっていた。

(ここから入ってきたんだな……)

 俊斗はリュックを下ろすと、窓を閉め、さらにカーテンも閉めた。
 室内には風呂場から聞こえる水の音とヒカリンのものであろう軽快な鼻歌だけが響いていた。
 俊斗は後ろに振り返り、室内を見渡す。そして、肩の力を抜いた。

「なんて……日だ……」

 室内では穏やかに時が流れていった。しかし、その部屋の外においては冷たい空気がその穏やかさまでをも支配し始めようとしていた。
 ヒカリンの出会いは事の始まりにすぎなかった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

収納大魔導士と呼ばれたい少年

カタナヅキ
ファンタジー
収納魔術師は異空間に繋がる出入口を作り出し、あらゆる物体を取り込むことができる。但し、他の魔術師と違って彼等が扱える魔法は一つに限られ、戦闘面での活躍は期待できない――それが一般常識だった。だが、一人の少年が収納魔法を極めた事で常識は覆される。 「収納魔術師だって戦えるんだよ」 戦闘には不向きと思われていた収納魔法を利用し、少年は世間の収納魔術師の常識を一変させる伝説を次々と作り出す――

銀河英雄戦艦アトランテスノヴァ

マサノブ
SF
日本が地球の盟主となった世界に 宇宙から強力な侵略者が攻めてきた、 此は一隻の宇宙戦艦がやがて銀河の英雄戦艦と 呼ばれる迄の奇跡の物語である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

いちGo! らぶイーたん

光海ひろあき。
ファンタジー
栃ノ木苺愛は生まれも育ちもトチギの小学生。 ある日苺愛は、亡くなった大好きなおばあちゃんのタンスから偶然、 苺レリーフの鍵をみつけ、お庭にある開かずの蔵に入りました。 蔵をあけるとそこは、 甘くて可愛いがたくさん詰まった不思議な魔法の世界、「いちごのくに」でした。 足を踏み入れたいちごのくにの住人たちはとても優しく、 お城に招かれた苺愛は、 たくさんのいちごスウィーツをご馳走になりました。 そしていちごのくにの王子、「いちごショート王子」から次のことを伝えられました。 ・実は苺愛は、いちごのくにの伝説のプリンセス、「いちごのくにのイーたん」のひとりだということ。 ・伝説では、いちごのくにのプリンセスは、  異世界であるトチギ生まれのトチギを愛する女の子がなれること。 ・そして、実はいま、「いちごのくに」は謎の暗雲に包まれ、  国中の草花や川、大切ないちごが枯れかけて困っていること。 ・「いちごのくに」を救うには、トチギの人々から生まれる希望のエネルギー「ストロベリスタル」が必要なこと。  つまりトチギに住む人々が元気になれば、「いちごのくに」も元気になること。 おもてなしをしてくれた、優しくて素敵ないちごの国のために、 伝説の「いちごのくにのイーたん」のひとり… 「らぶイーたん」になることを決意する苺愛。 大好きなトチギのみんなと、いちごのくにを元気にするために、 らぶイーたんの活躍が始まります! 「今日もベリーがんばりまぁす!」

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...