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第2章 魔法の獲得
2-10 兆し
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遠くの山は白く霞み、熱気もこもった風が辺りを覆う朝。五人はいつ濡れたのかわからない、黒くくすんだアスファルトの上を学校に向かって歩いていた。小鳥は電線に群がり、楽しそうに会話をしている。俊斗は最後尾を一人、はぐれないように、歩いていた。
遅くまで起きていたはずのヒカリとリリは元気にしているが、俊斗は完全に寝不足で気分が悪い。
しかし、その二人が紗香やルナと仲良くしている様子を見ると、自分も明かるく振る舞わなければならないと思ってしまう。そして、ルナの様子は普段通り棘が生えていた。
「今度の日曜日、みんなでどこか行かない?」
紗香からの突然の提案に、女子たちは賛成した。
「それじゃあ、カラオケとか?」
ヒカリは声のトーンを上げて、みなの反応をうかがう。
「私、歌うの苦手なのよ……」
「えー、リリ大丈夫だよ教えてあげるから」
「ヒカリ、そんなに行きたいの……」
「うん!」
桃色のポニーテールが揺れる。リリの嫌そうな態度も空しく、何も返事ができないまま話は進んでいった。
「たまには歌うのもいいな! よし決まりだ!」
ルナが声を大にして宣言すると、みなの視線は俊斗に集まった。
話こそ聞いていたものの特に何も反応していなかった俊斗は、ハッとした表情を見せる。
「俊斗も大丈夫だよな?」
「え、俺も行くの?」
「当たり前だろ!」
ルナの赤い眼光が俊斗の心にダイレクトに刺さった。
「あ、はい、わかりました」
こうして、五人の日曜日の予定が確定した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
登校後、五人は普段と変わらない学校生活を送った。授業も休み時間も放課後も、それこそ家に帰ってからも。俊斗にとってはようやく安定した生活が戻りつつある。そして、この環境に身を置く中で、今まで不安に思っていたことが間違いだったようにさえ感じ始めていた。紗香とルナはアンドロイドであって、ヒカリやリリの敵にあたる存在である。たったこれだけの単純なことすら理解できていなかったのだと、自分を不思議に思う自分すらいた。
今日は俊斗が法輝台高校に転入してから初めての土曜日だ。
手芸部には土日の活動がほとんどなく。今日は一日自由である。
俊斗は目が覚め、室内の様子に若干の不安を抱えながら、恐る恐る目を開けた。
「え……」
その室内には誰の姿もなかった。俊斗は急いで飛び起きる。
大きくなったベッドに派手なキャリーバッグ、奥にはアオイの寝床が見える。どこから来たかわからない僅かな安心を感じ胸をなで下ろした俊斗は、この状況が何故なのかを探ることにした。実際、三人の身の心配をすべき状況は変わっていない。
「何事だよ……」
独り言を放ち、壁の時間を確認する。時刻は午後一時十五分。
「マジか、寝すぎた」
そのまま、枕もとのスマートフォンを確認した。
そこには、
『スーパーに買い物に行ってきます! 何か欲しいものがあったら言ってねー☆』
と、ヒカリから連絡が入っていた。その連絡があった時刻は正午。
(女子の買い物は長いらしいからな――)
俊斗はスマートフォンを閉じると、テレビの電源を入れ、ベッドに横になった。
「見てください、この掃除機! すごい吸引力でしょ⁉」
「なんですかこの吸引力――」
俊斗は番組を変えようとリモコンに手をかけたが、その行為に及ぶ前に眠りについてしまった。
カーテンにも防ぎきれない強い日差しが室内に漏れ出ている。つけっぱなしのテレビだけが室内に彩を与えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「バシッ‼」
「イテッ‼」
俊斗は左頬を思いっきりビンタされ、飛び起きた。霞む目の先には、やはり全体が赤基調でコーディネートされた私服姿のリリが立っていた。赤黒いショートパンツにゆるめの白Tシャツ。赤いツインテールが映えていた。
さすがに一言モノ申してやろうと思った俊斗も、その姿に冷静になった。
(これで高校生なのか……)
「あのさ、さすがに起こし方ってあるじゃ――」
「何回も起こしたわよ! いつまで寝てるのよ!」
俊斗の主張が通るわけもなく、急いで時計を確認した。時刻は午後三時過ぎ。
「マジか、寝すぎた……」
「まったく、テレビもつけっぱなしだし」
不機嫌そうにリリはヒカリのいるキッチンの方に向かう。
「ありがとうございます、起こしていただきありがとうございます」
リリの背中に向かって何度も頭を下げた。
スマートフォンを手に取り連絡の確認をしていると、ヒカリが近づいてきた。
「そんなことより、早く食べちゃってね」
渡されたのは袋に入ったスーパーで売っているバターパン。桃色の瞳が眩しく、私服姿はいつもと違った落ち着いた雰囲気を思わせた。ハイウエストの黒いパンツに白のブラウス。
「あ、うん、ありがとう」
笑顔でポニーテールを揺らしながら離れていくヒカリに少し見とれてしまっていた。
その視線の先のアオイはやはり全身白のドレスだ。
寝すぎたせいで重くなった身体を無理やり動かし、俊斗はようやく遅めの朝を迎えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんかぶれてるし……」
「なんか言った?」
「いや、なんでもないです」
テーブルに座って、何かによって押しつぶされたのであろうバターパンを食べる俊斗。着替えただけで、髪は寝癖がついたまま。眠そうな目が残っている。向かいには、スマホをいじっているリリと、テレビの路線バスの旅を楽しそうに観ているヒカリがいる。今、威圧的に答えたのはリリのほうであって、起こされてからずっと不機嫌そうにしたままだ。
「…………」
その様子を見守る俊斗だが、なぜリリがこれほど機嫌を損ねているのか疑問しか浮かんでいなかった。
(遅く起きただけでこんなに怒るものなのか、女子は……)
よくわからない想像をしながら、黙々とパンを口に運ぶ。
最後の一口が俊斗の口に運ばれようとしたとき、リリがスマートフォンを静かに置いた。
「やっと食べ終わったのね、行くわよ。ほら、ヒカリも」
「はーい」
二人はテーブルを離れ、軽く出かける用意を始めた。
「何してんの、俊斗も早くしてよね」
「え、俺も行くの」
「当たり前でしょ」
当然、俊斗は何も聞かされていない、どこに行くのかも何をしに行くのかも。確かカラオケに行くのは日曜日、明日のはずだ。
状況がわからない俊斗は、とりあえず椅子から半分立ち上がった。
「どこに行くの」
「阿須盾山」
「え、何をしに」
「あんたの魔法の練習をするのよ」
「ま、魔法の練習ですか……」
そう、何日か経ってほぼ忘れかけていたが、俊斗は魔法を使えるようになっていた。前は、魔法を使うための剣はリリが出してそのまま消してしまったから、それから魔法は使えていない。自分一人でも魔法が使えるかもしれないと思ったこともあったが、何が起きるかわからない恐怖から変な真似はしなかった。だから、そっけない返事をした俊斗だったが若干の高揚を感じていた。
三人は部屋の戸締りを丁寧に確認し、黄色に染まり始めようとしている室内を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
山に入って五分ほど、開けた場所に出た。家を出て十五分ほどが経過しただろうか。日が長いせいか依然として明るさは保たれていた。
地面は背丈の短い草で覆われ、涼しい風が吹き抜ける。前を行くヒカリとリリの髪が滑らかに軌跡を描いている。
(いつの間にこんな場所見つけたんだ)
「ここらへんでいいわね、ヒカリ、見張りよろしくね」
「うん!」
そう言って、ヒカリはこの広場につながる道のところまで駆けていった。
長方形をした広場の広さはサッカーコート半分ほど、木に囲まれ住宅街からも見えない場所にあった。
「じゃあ、剣を渡すわ」
リリが右手を前にかざすと、一本の剣が現れた。前に見たものと同じだ。少しくすんだ銀色に所々に施された青の装飾。
言動には表さなかったが、俊斗はほどよく興奮している。もちろん、魔法に対する恐怖心もあったのだが、それ以上にこの状況に喜びを感じていた。
「はい」
「ありがと」
リリに剣を渡された俊斗はそれを右手に持ち、息をのんだ。軽さの中にある金属の光沢が辺りの風景を反射している。正面にいたリリは。俊斗の左隣に移動した。
「まずは、この剣を自由に出したりしまったりできるようにする方法を教えるわ」
「うん」
「最初は剣をしまう方法。剣が自分の体の中に流れていくようにイメージしてみて」
「わかった」
剣を軽く上げ、それを見つめる俊斗。深呼吸をして、それをイメージすることだけに集中した。
すると剣は突然、静かに青白く光り始め、その先端から消えていく。
「え! 大丈夫なのこれ!」
「いいから、そのまま続けなさい」
言われた通りそのままにしていると、剣を持つ右手から体内にかけて徐々に暖かくなってきた。そして、十秒ほどで完全に消えてしまった。
「消えた、けど……」
「成功よ」
「これでいいの?」
「うん、今の剣はマナによって形作られるから、それが俊斗の中に入ったってだけよ」
「え、じゃあリリのマナが俺の中に――」
「いいから次は剣を出す方法よっ」
「いでっ!」
手をグーにしたリリに背中を殴られた俊斗は、姿勢を正す。
(なんで殴られきゃいけな――)
「次は剣を出す方法よ。しまうときとは反対に体内から剣が出ていくようにイメージして」
「うん」
右手を見つめ、言われたままにイメージする。すると、また青白い光が現れ、剣が少しずつ生成されていく。
(すげー……)
ただその様子を見つめて十秒ほど、元の剣が現れた。
「意外とできるじゃない」
「あ、うん、ありがと」
「なにそれ、あんたらしくない」
「え……」
左に視線を向けると、一瞬ではあったがリリと目が合った。夕方に近づく日差しのせいか、頬が微かに赤く色づいていたようにも見えた。
すぐに真剣な表情に変えたリリは、広場の向かいにある一本だけ高く飛び出した木を指さした。
「じゃあ、あの木に向かって光が走るイメージをしながら剣を振り下ろしてみて」
「お、おっけー」
剣を両手に持った俊斗は、イメージすることに集中し七十メートルほど離れた広場の向かいにある木に向かって剣を振り下ろした。
すると、バリバリという大きな音とともに眩い光がその木に向かって走っていった。辺りには爆音とともに押し返されそうな風が吹き荒れた。
「うわ、すご……」
「最初にしてはまあまあって感じね」
隣でリリが上から返事をしてきた。それも気にできないほど俊斗は目の前で起こった出来事に感動し圧倒されていた。
しかし次の瞬間、俊斗に攻撃を与えられた木は勢いよく燃え出した。
「って! 燃えてる! 燃えてる!」
「大丈夫よ」
リリは赤い弓と矢を出現させ、その木に向かって水色をした一本の矢を放った。すると矢は木の先端にあたり、そこから広がるようにして、その木を覆い周囲に燃え広がろうとしていた炎は消えた。
その様子を見ていた俊斗はあの時リリが紗香とルナを殺した光景を思い出したが、既に覚悟を決めていたため(或いは深く考える時間がなかったため)すぐに起伏した感情を戻した。
「すごいなその弓、なんでもできるのか」
「まあ、練習すればいくらでもできるわよ」
わざとらしい返しにも自慢げに答えるリリ。目線をそらし、嬉しそうにしている。その表情を見た俊斗はなぜかリリの期待に応えられたような気がして、魔法が使えたことよりもこちらの方を嬉しく感じていた。
もう一度視線を燃やした木の方へ向けると、自分のいる位置からその木に向かう地面は黒く焼け焦げ、木も倒れそうになっていた。
「この状況、大丈夫なのか」
「心配しなくていいわ、この広場には魔法の音が漏れないように決壊を張っておいたの」
「あ、なるほど」
(それって解決になるのか……)
背後からは日差しが差し込んでいる。大小二つの影が地面に映し出され、爽やかな風が二人の間を流れる。
「それで、次は何を教えてくださるのですか?」
「え、もう終わりよ」
「え! もう終わり⁉」
「そうよ、後は自分で練習するだけ、剣の出し入れだって練習すれば一瞬でできるようになるし、剣の威力も今の何十倍にだってなるわ。実戦で使えるようにちゃんと訓練しときなさいよ」
「あ、はい、わかりました」
(その実戦はなくていいんだけど……)
「わかればよろしい、私はヒカリのとこに行くから、あんたは好きなだけ練習してていいわよ」
「わかった」
「それじゃあ、またあとでね」
リリはそのままヒカリの方に走っていった。
一人広場に残された俊斗。だが、実際いつでも魔法が使えるようになったことで気分は最高潮に達しようとしている。もちろん、余計なことに使う気はないが、ここで好きなだけ魔法の練習ができると思うと自然と楽しくなっていた。ここ数日で最も心にゆとりができている。
俊斗は剣を両手で持ち上げた。
(なんであんなところにヒカリがいるんだ、見張りしてたんじゃなかったっけ)
広場の遠く右端の方に一つの人影が見えた。一瞬だったため人物の特定には至らなかったが、俊斗はその人影はヒカリである断定した。
草の焼けた香りが漂う中、この練習のために協力してくれたリリとヒカリに感謝しながら剣を振り回す。初めは両手で剣を持たなければ安定しなかった攻撃も、徐々に片手で行えるようになってきた。もちろん、再び木が燃えてしまわないように木を避けて放つのだが、地面はみるみるうちに真っ黒になってしまった。そして、リリの言っていた結界の外には攻撃が及んでいないこともわかった。
ヒカリとリリの姿は見えない。練習に意識のほとんどを置いている俊斗には、二人の行方を気にする余裕はほとんどなかった。俊斗の心情は数日間で大きな変化を繰り返している。
日差しはゆっくりと色づき始め、空気も冷たさをもってきた。それでも俊斗は気にすることなく、初めての魔法の練習は二時間にも及んだ――。
遅くまで起きていたはずのヒカリとリリは元気にしているが、俊斗は完全に寝不足で気分が悪い。
しかし、その二人が紗香やルナと仲良くしている様子を見ると、自分も明かるく振る舞わなければならないと思ってしまう。そして、ルナの様子は普段通り棘が生えていた。
「今度の日曜日、みんなでどこか行かない?」
紗香からの突然の提案に、女子たちは賛成した。
「それじゃあ、カラオケとか?」
ヒカリは声のトーンを上げて、みなの反応をうかがう。
「私、歌うの苦手なのよ……」
「えー、リリ大丈夫だよ教えてあげるから」
「ヒカリ、そんなに行きたいの……」
「うん!」
桃色のポニーテールが揺れる。リリの嫌そうな態度も空しく、何も返事ができないまま話は進んでいった。
「たまには歌うのもいいな! よし決まりだ!」
ルナが声を大にして宣言すると、みなの視線は俊斗に集まった。
話こそ聞いていたものの特に何も反応していなかった俊斗は、ハッとした表情を見せる。
「俊斗も大丈夫だよな?」
「え、俺も行くの?」
「当たり前だろ!」
ルナの赤い眼光が俊斗の心にダイレクトに刺さった。
「あ、はい、わかりました」
こうして、五人の日曜日の予定が確定した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
登校後、五人は普段と変わらない学校生活を送った。授業も休み時間も放課後も、それこそ家に帰ってからも。俊斗にとってはようやく安定した生活が戻りつつある。そして、この環境に身を置く中で、今まで不安に思っていたことが間違いだったようにさえ感じ始めていた。紗香とルナはアンドロイドであって、ヒカリやリリの敵にあたる存在である。たったこれだけの単純なことすら理解できていなかったのだと、自分を不思議に思う自分すらいた。
今日は俊斗が法輝台高校に転入してから初めての土曜日だ。
手芸部には土日の活動がほとんどなく。今日は一日自由である。
俊斗は目が覚め、室内の様子に若干の不安を抱えながら、恐る恐る目を開けた。
「え……」
その室内には誰の姿もなかった。俊斗は急いで飛び起きる。
大きくなったベッドに派手なキャリーバッグ、奥にはアオイの寝床が見える。どこから来たかわからない僅かな安心を感じ胸をなで下ろした俊斗は、この状況が何故なのかを探ることにした。実際、三人の身の心配をすべき状況は変わっていない。
「何事だよ……」
独り言を放ち、壁の時間を確認する。時刻は午後一時十五分。
「マジか、寝すぎた」
そのまま、枕もとのスマートフォンを確認した。
そこには、
『スーパーに買い物に行ってきます! 何か欲しいものがあったら言ってねー☆』
と、ヒカリから連絡が入っていた。その連絡があった時刻は正午。
(女子の買い物は長いらしいからな――)
俊斗はスマートフォンを閉じると、テレビの電源を入れ、ベッドに横になった。
「見てください、この掃除機! すごい吸引力でしょ⁉」
「なんですかこの吸引力――」
俊斗は番組を変えようとリモコンに手をかけたが、その行為に及ぶ前に眠りについてしまった。
カーテンにも防ぎきれない強い日差しが室内に漏れ出ている。つけっぱなしのテレビだけが室内に彩を与えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「バシッ‼」
「イテッ‼」
俊斗は左頬を思いっきりビンタされ、飛び起きた。霞む目の先には、やはり全体が赤基調でコーディネートされた私服姿のリリが立っていた。赤黒いショートパンツにゆるめの白Tシャツ。赤いツインテールが映えていた。
さすがに一言モノ申してやろうと思った俊斗も、その姿に冷静になった。
(これで高校生なのか……)
「あのさ、さすがに起こし方ってあるじゃ――」
「何回も起こしたわよ! いつまで寝てるのよ!」
俊斗の主張が通るわけもなく、急いで時計を確認した。時刻は午後三時過ぎ。
「マジか、寝すぎた……」
「まったく、テレビもつけっぱなしだし」
不機嫌そうにリリはヒカリのいるキッチンの方に向かう。
「ありがとうございます、起こしていただきありがとうございます」
リリの背中に向かって何度も頭を下げた。
スマートフォンを手に取り連絡の確認をしていると、ヒカリが近づいてきた。
「そんなことより、早く食べちゃってね」
渡されたのは袋に入ったスーパーで売っているバターパン。桃色の瞳が眩しく、私服姿はいつもと違った落ち着いた雰囲気を思わせた。ハイウエストの黒いパンツに白のブラウス。
「あ、うん、ありがとう」
笑顔でポニーテールを揺らしながら離れていくヒカリに少し見とれてしまっていた。
その視線の先のアオイはやはり全身白のドレスだ。
寝すぎたせいで重くなった身体を無理やり動かし、俊斗はようやく遅めの朝を迎えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんかぶれてるし……」
「なんか言った?」
「いや、なんでもないです」
テーブルに座って、何かによって押しつぶされたのであろうバターパンを食べる俊斗。着替えただけで、髪は寝癖がついたまま。眠そうな目が残っている。向かいには、スマホをいじっているリリと、テレビの路線バスの旅を楽しそうに観ているヒカリがいる。今、威圧的に答えたのはリリのほうであって、起こされてからずっと不機嫌そうにしたままだ。
「…………」
その様子を見守る俊斗だが、なぜリリがこれほど機嫌を損ねているのか疑問しか浮かんでいなかった。
(遅く起きただけでこんなに怒るものなのか、女子は……)
よくわからない想像をしながら、黙々とパンを口に運ぶ。
最後の一口が俊斗の口に運ばれようとしたとき、リリがスマートフォンを静かに置いた。
「やっと食べ終わったのね、行くわよ。ほら、ヒカリも」
「はーい」
二人はテーブルを離れ、軽く出かける用意を始めた。
「何してんの、俊斗も早くしてよね」
「え、俺も行くの」
「当たり前でしょ」
当然、俊斗は何も聞かされていない、どこに行くのかも何をしに行くのかも。確かカラオケに行くのは日曜日、明日のはずだ。
状況がわからない俊斗は、とりあえず椅子から半分立ち上がった。
「どこに行くの」
「阿須盾山」
「え、何をしに」
「あんたの魔法の練習をするのよ」
「ま、魔法の練習ですか……」
そう、何日か経ってほぼ忘れかけていたが、俊斗は魔法を使えるようになっていた。前は、魔法を使うための剣はリリが出してそのまま消してしまったから、それから魔法は使えていない。自分一人でも魔法が使えるかもしれないと思ったこともあったが、何が起きるかわからない恐怖から変な真似はしなかった。だから、そっけない返事をした俊斗だったが若干の高揚を感じていた。
三人は部屋の戸締りを丁寧に確認し、黄色に染まり始めようとしている室内を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
山に入って五分ほど、開けた場所に出た。家を出て十五分ほどが経過しただろうか。日が長いせいか依然として明るさは保たれていた。
地面は背丈の短い草で覆われ、涼しい風が吹き抜ける。前を行くヒカリとリリの髪が滑らかに軌跡を描いている。
(いつの間にこんな場所見つけたんだ)
「ここらへんでいいわね、ヒカリ、見張りよろしくね」
「うん!」
そう言って、ヒカリはこの広場につながる道のところまで駆けていった。
長方形をした広場の広さはサッカーコート半分ほど、木に囲まれ住宅街からも見えない場所にあった。
「じゃあ、剣を渡すわ」
リリが右手を前にかざすと、一本の剣が現れた。前に見たものと同じだ。少しくすんだ銀色に所々に施された青の装飾。
言動には表さなかったが、俊斗はほどよく興奮している。もちろん、魔法に対する恐怖心もあったのだが、それ以上にこの状況に喜びを感じていた。
「はい」
「ありがと」
リリに剣を渡された俊斗はそれを右手に持ち、息をのんだ。軽さの中にある金属の光沢が辺りの風景を反射している。正面にいたリリは。俊斗の左隣に移動した。
「まずは、この剣を自由に出したりしまったりできるようにする方法を教えるわ」
「うん」
「最初は剣をしまう方法。剣が自分の体の中に流れていくようにイメージしてみて」
「わかった」
剣を軽く上げ、それを見つめる俊斗。深呼吸をして、それをイメージすることだけに集中した。
すると剣は突然、静かに青白く光り始め、その先端から消えていく。
「え! 大丈夫なのこれ!」
「いいから、そのまま続けなさい」
言われた通りそのままにしていると、剣を持つ右手から体内にかけて徐々に暖かくなってきた。そして、十秒ほどで完全に消えてしまった。
「消えた、けど……」
「成功よ」
「これでいいの?」
「うん、今の剣はマナによって形作られるから、それが俊斗の中に入ったってだけよ」
「え、じゃあリリのマナが俺の中に――」
「いいから次は剣を出す方法よっ」
「いでっ!」
手をグーにしたリリに背中を殴られた俊斗は、姿勢を正す。
(なんで殴られきゃいけな――)
「次は剣を出す方法よ。しまうときとは反対に体内から剣が出ていくようにイメージして」
「うん」
右手を見つめ、言われたままにイメージする。すると、また青白い光が現れ、剣が少しずつ生成されていく。
(すげー……)
ただその様子を見つめて十秒ほど、元の剣が現れた。
「意外とできるじゃない」
「あ、うん、ありがと」
「なにそれ、あんたらしくない」
「え……」
左に視線を向けると、一瞬ではあったがリリと目が合った。夕方に近づく日差しのせいか、頬が微かに赤く色づいていたようにも見えた。
すぐに真剣な表情に変えたリリは、広場の向かいにある一本だけ高く飛び出した木を指さした。
「じゃあ、あの木に向かって光が走るイメージをしながら剣を振り下ろしてみて」
「お、おっけー」
剣を両手に持った俊斗は、イメージすることに集中し七十メートルほど離れた広場の向かいにある木に向かって剣を振り下ろした。
すると、バリバリという大きな音とともに眩い光がその木に向かって走っていった。辺りには爆音とともに押し返されそうな風が吹き荒れた。
「うわ、すご……」
「最初にしてはまあまあって感じね」
隣でリリが上から返事をしてきた。それも気にできないほど俊斗は目の前で起こった出来事に感動し圧倒されていた。
しかし次の瞬間、俊斗に攻撃を与えられた木は勢いよく燃え出した。
「って! 燃えてる! 燃えてる!」
「大丈夫よ」
リリは赤い弓と矢を出現させ、その木に向かって水色をした一本の矢を放った。すると矢は木の先端にあたり、そこから広がるようにして、その木を覆い周囲に燃え広がろうとしていた炎は消えた。
その様子を見ていた俊斗はあの時リリが紗香とルナを殺した光景を思い出したが、既に覚悟を決めていたため(或いは深く考える時間がなかったため)すぐに起伏した感情を戻した。
「すごいなその弓、なんでもできるのか」
「まあ、練習すればいくらでもできるわよ」
わざとらしい返しにも自慢げに答えるリリ。目線をそらし、嬉しそうにしている。その表情を見た俊斗はなぜかリリの期待に応えられたような気がして、魔法が使えたことよりもこちらの方を嬉しく感じていた。
もう一度視線を燃やした木の方へ向けると、自分のいる位置からその木に向かう地面は黒く焼け焦げ、木も倒れそうになっていた。
「この状況、大丈夫なのか」
「心配しなくていいわ、この広場には魔法の音が漏れないように決壊を張っておいたの」
「あ、なるほど」
(それって解決になるのか……)
背後からは日差しが差し込んでいる。大小二つの影が地面に映し出され、爽やかな風が二人の間を流れる。
「それで、次は何を教えてくださるのですか?」
「え、もう終わりよ」
「え! もう終わり⁉」
「そうよ、後は自分で練習するだけ、剣の出し入れだって練習すれば一瞬でできるようになるし、剣の威力も今の何十倍にだってなるわ。実戦で使えるようにちゃんと訓練しときなさいよ」
「あ、はい、わかりました」
(その実戦はなくていいんだけど……)
「わかればよろしい、私はヒカリのとこに行くから、あんたは好きなだけ練習してていいわよ」
「わかった」
「それじゃあ、またあとでね」
リリはそのままヒカリの方に走っていった。
一人広場に残された俊斗。だが、実際いつでも魔法が使えるようになったことで気分は最高潮に達しようとしている。もちろん、余計なことに使う気はないが、ここで好きなだけ魔法の練習ができると思うと自然と楽しくなっていた。ここ数日で最も心にゆとりができている。
俊斗は剣を両手で持ち上げた。
(なんであんなところにヒカリがいるんだ、見張りしてたんじゃなかったっけ)
広場の遠く右端の方に一つの人影が見えた。一瞬だったため人物の特定には至らなかったが、俊斗はその人影はヒカリである断定した。
草の焼けた香りが漂う中、この練習のために協力してくれたリリとヒカリに感謝しながら剣を振り回す。初めは両手で剣を持たなければ安定しなかった攻撃も、徐々に片手で行えるようになってきた。もちろん、再び木が燃えてしまわないように木を避けて放つのだが、地面はみるみるうちに真っ黒になってしまった。そして、リリの言っていた結界の外には攻撃が及んでいないこともわかった。
ヒカリとリリの姿は見えない。練習に意識のほとんどを置いている俊斗には、二人の行方を気にする余裕はほとんどなかった。俊斗の心情は数日間で大きな変化を繰り返している。
日差しはゆっくりと色づき始め、空気も冷たさをもってきた。それでも俊斗は気にすることなく、初めての魔法の練習は二時間にも及んだ――。
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本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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