魔法少女と世界を救うことになりました。

泡沫

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第2章 魔法の獲得

2-6 理解

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 空は黒く堕ち、街は普段よりも早く闇に包まれていた。暖かさを保っていたはずの昼の空気は、すべてどこかに去った行ってしまっていた。
 俊斗はリリに連れられ、アパートに着いた。その間、一切の言葉を発しなかったし、神社にいた頃には働いていたはずの思考もいつの間にか止まってしまっていた。ヒカリはそのあとをステップを踏みながらついてきていた。表情は不思議そうにしている。

「ほら、しっかりしなさいよ」

「あぁ……」

 リリは俊斗の正面に立ち、少し背伸びをしながら肩を揺すった。しかし、俊斗の意識は一切変化しなかったようだ。

「……もう」

 リリは俊斗のズボンの右ポケットに手を突っ込むと、部屋の鍵を取り出した。その鍵はすぐに差し込まれ、勢いよく回された。ドアがゆっくりと開き、真っ暗な部屋が見える。
 俊斗はリリに手を引かれ、ヒカリに背中を押され、ようやく部屋に入った。
 不思議なほどに音がない。リリによって部屋に明かりが灯されたとき、既に俊斗は椅子に座っていた。俊斗の脳内では、紗香とルナが撃ち抜かれたシーンが何回も繰り返えされている。しかも、それを行ったのがリリであるから何もすることができないでいた。若干の恐怖もあったのだろうが。
 先に俊斗の隣にヒカリが座った。

「おーい」

 そう言って俊斗の顔の前で右手の手のひらを上下に動かした。

「紗香とルナは、死んだのか」

「え……」

 ヒカリは返答に困った。数秒の沈黙が起きる。

「リリは二人を殺し――」

「しょうがないわね、話してあげるわよ」

 リリは俊斗の言葉を遮りながら俊斗の向かいに座った。頬に左手をあて、面倒そうに話し始める。

「あの二人はアンドロイドよ」

「……アンドロイド?」

 俊斗は顔を少し上げた。だが、表情は変わっていない。話が長くなると悟ったのか、ヒカリはスマートフォンをいじり始めた。

「そうよ、敵がこの地球に送り込んでいるの。だから、明日になれば紗香もルナをいつも通り登校してくるはずよ」

「……てことは、さっきの紗香とルナは死んでないのか……」

 声のトーンが若干上がったが、その様相は変化していない。単純に二人にまた会えるということに嬉しさを感じていたのだろうが、リリが「殺人犯」という脳内にいつの間にか張り付いていたあの時の印象が徐々にはがれていく。

「……さっきの二人は死んだ……というか壊れただけよ。そして同じアンドロイドが送られてくる。壊された時の記憶を消されてね」

「そういうことか」

 珍しく、リリの表情がうつむく。前のめりになっていた俊斗は、椅子に深く腰掛けなおした。
 ここでまた、さっきの様子が俊斗の脳内に流された。

「さっきのルナ、アンドロイドなのに紗香が倒れたときすごい悲しんでたよね……」

 独り言のように言った俊斗の言葉にリリはしっかり返答した。

「アンドロイドでも、人の心によく似たものをもっているの。そういうアンドロイドがたくさん作られて、戦いに使われているのよ。私たちが住んでいるところでも作られて――」

「それなら……」

 俊斗はリリの言葉を遮るようにして、急いで言葉を発した。うつむいたまま続ける。

「それなら、撃たないでなんとかする方法はなかったの……心があるんでしょ」

 リリは頬を支えていた手を膝に戻した。

「あの時倒しておかなければ大変なことになっていたかもしれないのよ。しょうがないのよ、戦いなんだから」

 リリの真剣な眼差しを正面から受け止める勇気がなかった俊斗は、うつむいたまますぐに返すことができなかった。ヒカリのスマートフォンから流れるゲームのBGMだけが室内を震わせた。
 再びの数秒の沈黙の後、俊斗は顔を上げた。

「なんで二人は学校に通ってるの」

「そんなのわかってたら苦労しないわよ」

「だよね」

 気が抜けたようにリリの表情は和らいだ。リリは立ち上がり、キッチンの方に向かう。

「もう、さっさと元気出しなさいよ!」

「いてっ……」

 リリは俊斗にデコピンをして、遅めの夕飯の支度を始めた。

「私もやるー!」

 リリの後について、ヒカリもキッチンに向かった。
 その様子を見た俊斗は、とにかく今この時だけでも元気でいなければ、という感情に支配されていた。一つ大きな深呼吸をした。
 テレビは誰もつけようとしなかったから、何も映し出されず、黒い画面にぼんやりとベッドの凹凸が反射している。キッチンから聞こえる音は室内を細かく跳ね返り、俊斗の心に深く響いているようだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 夕食が済み、全員が風呂から上がった。
 俊斗はテーブルで勉強をしながら、テレビから流れるバラエティー番組を見ている。流れてくる芸に少しの笑みを浮かべた。

「あー! 俊斗くんやっと笑ったー!」

 ヒカリは両手を大きく広げ、喜んだ。

(なんでそんなに喜んでるんだよ)

「ちょっとは元気になってきたのね」

 スマートフォンを操作しているリリは、その画面から目を離さずに言った。

「ん……まあね……」

 実際は二、三時間前のことであるから、まだ整理がついていなかったのであるが、そう答えるしかなかった。
 これからどう過ごしていけばよいのか。ほんの数時間前の出来事のことですら未だ片付いていない問題であるのに、明日になれば紗香とルナが登校してくる。しかも、アンドロイドであるらしい。二人とどう向き合うかはそれほどの問題ではないにしろ、ここにいる魔法少女たちが戦っている「敵」の存在をよく知らないうちはどう行動していいのかわからない。聞きたくてもこの時の俊斗にはそんな勇気などあるわけがない。紗香とルナは敵なのだろうと勝手な推測をする。その奥に広がる恐怖にどこから片付けていけばよいのか、自分が今置かれている状況を改めて見つめ直すが答えは出なかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 風呂の時間になった。ヒカリとリリは先に済ませ、俊斗が最後に入っている。とてつもない恐怖に襲われていたはずなのに、なぜかその実感が湧いていなかった。

「なんでこんなことになってんだ、俺……」

 ふと眼がしらが熱くなってきたのを感じ、急いで風呂を上がった。
 脱衣所に行くと、部屋の方からはしゃぐ声と聞いたことのない声が聞こえてきた。

(おいおいもうやめてくれよ……)

ある程度の予想はついていた。ゆっくりと着替え、覚悟を決めて部屋に戻った。

「今度は何事ですか……」

「ひゃっ‼」

 天井からの明かりを反射してキラキラと光った銀髪はリリの背後に収まった。

「突然来たから驚いちゃったじゃないのよ!」

 リリに鋭い眼光で睨まれた俊斗は部屋の入り口で直立した。

「紹介しまーす! 私たちの国から来たアンドロイドのアオイちゃんでーす!」

 そう言ってヒカリはリリの後ろに隠れた銀髪の少女を軽々と持ち上げ、俊斗の前に運んできた。
 その少女は終始手足をバタつかせ「やめてください! やめてください!」と嘆願している。
 碧色の瞳には僅かに涙が浮かんでいる。肩を過ぎるあたりまで伸びた銀髪は、その動きに合わせて左右になびく。俊斗に目を合わせたり外したり、そのやりとりが五秒ほど続き、ヒカリはやっと少女から手を離した。
 ヒカリがリリの方に戻ると、その少女はオドオドし始め、誰も助けてくれないとわかると観念したのか俊斗の方を向いた。しかし、足がすくんでいる。

「は、はじめまして! アオイです! 今日からここで働くことになりました!」

「……この子どうしたの?」

「話を聞いてください‼」

 二人の方に視線を移した俊斗の気を引こうと、その少女は両手を上げて飛び跳ねた。

「あはは、ごめんごめん」

 俊斗が少女に視線を戻すと、その少女は走り出し、すぐにリリの陰に隠れた。

(戻っちゃうのね)

「この子って、一応これでも設定としてはあんたより年上なのよ」

「え、何歳なの」

「十八歳」

「少し上なだけじゃん」

「でもそうやって見た目で判断するのはよくないと思うわ」

「……すみません」

「アオイには家事とかを手伝ってもらおうと思って私たちの国から連れて来たの」

「なるほど」

 リリの陰から少しだけ覗くアオイは、リリよりも五センチメートルほど背が低く、顔はどう見ても幼い小学生くらいだ。

「そういえば、ヒカリさっき簡単にアオイちゃんのこと持ち上げてたけど――」

「アオイちゃんアンドロイドだからすごい軽いんだよ‼」

「名前は呼び捨てでいいですぅってあぁぁ‼」

 リリの陰から静かに返事をしていたアオイは、またヒカリに持ち上げられた。

「嫌がってるからやめてあげなよ」

「えへへー」

 ヒカリはアオイを下した。服は白いワンピースを着ているから余計に幼く見えてしまう。

「でもちゃんと胸はあるんだよ」

「ひゃっ‼」

 ヒカリはアオイの胸を後ろから鷲掴みにした。アオイは抵抗できずに声を上げる。今にも泣きだしそうだ。
 正直どう反応していいのかわからず立っていた俊斗だが、目の前のざわめきによって、重くのしかかっていた大きな不安を少しずつ軽くできるような気がしていた。
 これから何が起こるかわからない。さらなる恐怖か不安か困難か。過大とも言える俊斗の想像は、知らないことを知るたびに安心へと変わっていく。俊斗は、きっとアオイとの出会いもその一つになってくれるだろうと願った――。
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