魔法少女と世界を救うことになりました。

泡沫

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第2章 魔法の獲得

2-4 リリの登校

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 生ぬるい風が吹き抜ける中、五人は学校に到着した。
 その間、リリは口こそ利いたもののそれも一言二言で、誰とも目を合わせることはなかった。俊斗は気まずさを感じながらも、いつも通りを装っていた。
 例にならって、リリは職員室に向かった。四人は教室に入る。

「うへぇー、やっと着いたよー」

 ヒカリは机にうなだれた。結ばれた桃色の髪が背中を撫でながら俊斗の目の前でその動きを止める。

「そんなに疲れたのヒカリちゃん」

 教室の窓を開けた紗香がヒカリに話しかけた。
 俊斗は昨日の話の内容を意識せずにはいられなかった。
 椅子を後ろに下げ、床を見つめた。

(監視してるって何をなんだろう……)

「……俊斗くん? 俊斗くーん!」

「あっ、ごめん、どうしたの?」

 紗香はヒカリの隣に立ちながら、俊斗を見下ろしていた。右側の視界にはルナの姿も認識できた。

「『どうしたの?』はこっちのセリフだよ、何考え事してたの?」

 紗香は俊斗の机に近づき、しゃがんだ。不思議そうな表情を浮かべ、首をかしげている。

「えーっと……リリのことだよ」

 隠し事のためにリリを使うのは申し訳なくも思ったが、この時の俊斗にはとにかく焦りが募っていた。

「リリ……?」

(あ、そうか、自己紹介してなかったのか)

 登校までに時間はあったのだが、あの雰囲気の中で名前を聞き出すのは気が引けたのだろうか。

「あの、今日増えた人」

「あっ! あの子ね!」

 それだけを聞いたヒカリは何も疑うことなくルナたちと話し始めた。
 この日に限ったことではないが、クラスの中では騒がしいほどの存在であるにもかかわらず、それを気にしようとするクラスメイトは誰一人としていない。これも魔法の影響なのだろうかと俊斗は考えていた。
 しかし、俊斗は紗香とルナの何か知ってはならない秘密を知ってしまったようで、そんな素振りを一切見せない二人に動揺を隠せずにいた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 朝のホームルームが始まった。案の定、リリは転校生として二年六組にやってきた。俊斗は朝の出来事を少し気にかけてはいたが、リリの表情を見て、その考えはなくなった。

「初めまして、虹弓にじゆみリリです。よろしくお願いします」

「はーい、じゃあ、リリさんの席はあの席でーす!」

 リリの席は俊斗の左斜め前、ヒカリの左隣になった。リリは何も話さずに席に座ったが、俊斗にはどこか深刻そうな表情に映った。
 灰色の雲に覆われた空と相まって、俊斗の不安はさらに募っていた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 朝のホームルーム後は、いつも通りの日程で進んでいった。リリは紗香やルナともいたって普通に会話を交わしている。昼休みには皆で昼食をとった。これもやはり流れで、リリも放課後に手芸部を見学することになった。いや、流れではなく、あえて誘導していたのかもしれないが。俊斗はそれらをどう受け止めるべきかわからないまま、放課後まで過ごした。

「それじゃあ、行きましょう!」

 紗香が先頭に立って、手芸部の部室にリリを案内する。ヒカリは紗香とルナが監視対象であることを知っているはずであるが、忘れているのかそれとも知らないフリをしているのかわからないが、紗香とルナを特に意識している様子はない。

「到着! ここが手芸部の部室です!」

 紗香はドアを開けてリリを部室に入れた。

「へー、綺麗な部室ね」

「ありがとう! じゃあ、ここに座って」

 いつも通り手芸部の紹介が始まった。紗香が話している間、ルナはいつものように一人で作業進め、俊斗とヒカリは裁縫の本を見ながら二人で作業をすることになった。
 話を聞いている間も、リリは笑顔のままで特に変わった素振りは見せなかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 紗香の話が終わった。

「こんな感じかな、何か質問ある?」

「えっと、その今休んでいる子って、どこで何してるの?」

 俊斗はその言葉を聞いて二人のほうを見てしまった。そして、下手な素振りを見せまいと視線を戻した。しかし、速まった鼓動は戻らず、隣に座るヒカリに視線を移した。
 ヒカリは静かに微笑むだけであった。
 その表情に俊斗は安堵を覚えた。そして、ヒカリはこれまでの流れをすべて理解していたのだと知った。

「あ、その子は普通に休んでるだけだから、お家にいるんじゃないかな」

「その家ってどこかわかる?」

「それが私たちもわかんないんだー」

「そうよね、ありがとう」

「いえいえー!」

 紗香に促される形で、リリは部屋の中を見回った。棚にある本や置物を手に取っては戻すことを繰り返している。俊斗にはその赤色の眼光がどこか悲しく見えた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 下校の時刻になった。皆は普段通り部室の片づけを済まし、廊下に出た。

「ごめん、私たちこのあと少し用事があるから、二人は先に帰ってていいよ」

 リリがこう切り出すと、ルナが反応してリリを指さした。

「なんだよその用事って!」

 リリは俊斗の腕に抱きついた。その腕にリリの胸が触れる。

(えっ⁉)

「いいでしょー」

 リリはルナに対しては挑発的な態度をとった。

「何してんだよ‼」

 二人はもみ合いになるが、互いに手加減しているようだ。
 俊斗はリリの突然の行動の理由を理解できたように感じた。

「それじゃあ、先に帰るね」

「許さないからなー!」

 紗香とリリは階段を下りて行った。下校完了の時刻まで残り三十分ほどだ。三人は誰もいない二年六組教室に向かうことになった。

 廊下を歩きだすと、ルナとヒカリは何も話さない。俊斗は気まずい空気を感じていた。

「ルナ、さっきのびっくりしたよ」

「しょ、しょうがないでしょ! わかりなさいよね」

 一瞬俊斗のことを見たルナであったが、すぐに視線をそむけてしまった。それを見ていたヒカリも笑っていた。
 このやりとりをしている間に教室についた。三人は席に座る。リリが話し始めた。

「伝えたいことがあるの、すぐ終わるわ」

「うんうん」

 ヒカリはいつも通り返事をしたが、俊斗はなにか緊張せずにはいられなかった。それでも、リリは話を続けた。

「さっき、連絡があって、今日の夜、紗香とルナが『クラッシャー』設置の目標点を配置するらしいの」

「目標点……」

「うん、クラッシャーは設置前に目標点を決めておく必要があるから、それをあの二人が担当しているらしいの」

「なるほど」

 俊斗は真剣な雰囲気の中で、状況を冷静に理解しようとしてた。

「場所は阿須盾山あずだてやま――学校の北側に位置する小さな山――にある神社の辺り、時間帯は九時から十時よ。私とヒカリは行くけど、俊斗はどうするって話」

「え、俺は……」

「別に無理して行くことはないんだけど、上から行かせるようにって言われたのよ、どうするの?」

 俊斗は、いつかは経験するであろうと考えていたことが突然訪れ、息が詰まるほどの想いであった。自分が行けば迷惑をかけるという考えももちろんあったのだが、このときはどこから来たのかわからない使命感に押しつぶされていた。

「わかった、行くよ」

「りょーかい、それじゃあ帰るわよ」

 リリとヒカリが立ち上がろうとしたとき、俊斗はこの日初めて自分から話をした。それも、とても落ち着いた様子でだ。いや、逆を考えれば積極的に物事を考えられなかったのかもしれない。

「あのさリリ、なんで紗香とルナはわざわざこの学校に通ってるの?」

「そんなのわかってたら苦労しないわよ」

「そうだよね」

「それと、俊斗にはいろんな理由で教えられないこともあるのよ」

「わかった」

 三人は立ち上がり、教室から出て行った。
 日は伸びたはずであるが、天候のせいで辺りはすっかり暗くなってしまっている。俊斗以外の人物にとってみれば、今夜の出来事はいつも通りのことであるのだろうが、この状況であることを知っている俊斗は自らの行動と感情が釣り合っていないようである。
 しかし、その時刻は紛れもなく迫っていた――。
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