魔法少女と世界を救うことになりました。

泡沫

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第2章 魔法の獲得

2-2 二人目の魔法少女

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 魔法を手に入れた俊斗は高揚の中にいた。意識を集中するだけで魔法を使うことができる。この時は簡単に考えていた。
 空には夕日を浴びて影を作るいくつかの雲がゆったりと流れていた。

「ねえ、ごはんってどうするのー?」

 勉強をしているヒカリの隣で、リリはスマホをいじっている。

「あー、カップ麺が何個か残ってたから、それでいいなら――」

 リュックから勉強道具を取り出していた俊斗はキッチンに向かおうとする。

「そんなのばっかり食べてるの? 身体に悪いっつーの」

 リリはスマホの画面から目を離そうとはしない。

「悪かったな……」

「ヒカリ、一緒に買い物行かない?」

「いいよ!」

 ヒカリの勉強道具はテーブルに無造作に置かれた。

「リリ、その格好で行くのか」

「んなわけないでしょ、着替えるわよ。あっち行って」

 リリの人差し指は玄関の方に向けられた。

(俺の部屋なんだけどな……)

「はいはい」

 玄関の前に来た俊斗はリリたちに背を向けた。
 楽しそうに話す女子の声が玄関前の空間に響く。微かに衣服が擦れる音も混じっている。
 後ろを振り返ろうとする欲も生まれなかったわけではないが、その場からは死角であろうという状況とその行為が今後の生活に与える影響を考慮すると、絶対に振り返ることはできなかった。

(魔法か……いつ使えるんだろう……)

 そんなことを考えながら、自分の両手を見つめていた。

「戻ってきていいわよ」

 振り返って歩き出す俊斗。
 テーブルの前には制服に着替えたリリが腰に左手を当てて立っていた。

(制服なのか……)

「どう? 似合ってる?」

「うん、普通に似合ってると思うけど」
(高校生には見えないな……)

「普通って何よ普通って」

 リリが俊斗に一歩近づいた。

「いや、その、似合ってます」
(近い近い!)

 微笑んだ俊斗は一歩後ずさり。

「ならいいわ、それじゃあ私たちは近くのスーパーに行って来るわね、特別あんたの分も作ってあげるわ」

「ありがとうございます助かります。ていうか、俺も付いて行こうか、女子だけだと――」

「あんたは邪魔になりそうだからいいわよ」

 鋭く光った赤い目が俊斗に向けられた。

「は、はい……」

 制服姿の二人は玄関に向かって歩きだす。その間、俊斗は何も言葉が浮かばなかった。

「行ってきまーす!」

 ヒカリの元気な声とともにドアが閉まった。
 部屋には突然の静寂が訪れた。ふと、二人に出会う前のことが思い出された。

「二人がいないとこんなに静かなんだな……」

 独り言を言いながら、テレビの電源を入れた。いつもと変わりない夕方のニュース番組が流れる。
 椅子に座ろうと後ろを振り向くと、(玄関に向かう通路の反対側の)部屋の隅左に赤のキャリーバッグがヒカリのそれの隣に並べてあった。

(いつの間に)

 椅子に座った俊斗は勉強道具を机に広げた。しかし、すぐに勉強を始めるのではなく、考え事をし始めた。

「魔法か……やってみるか」

 俊斗の両手はテーブルの上に向けられた。しかし、突然魔法に対する恐怖が俊斗の中で込み上がった。このまま魔法を使って大変なことになったらと思うと、怖くて意識を集中させることができなかった。
 両手をテーブルの上にゆっくりと置いた俊斗は、ため息をついた。

(今はやめておこう)

 顔を上げ、勉強を始めた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 三十分ほどが経過した頃、二人が帰ってきた。
 俊斗は未だ勉強を続けている。

(意外と早いな)

「ただいまー!」

「おかえりー」

 二人とも両手に袋を持っている。

「そんなにたくさん買ってきたのか」

「毎日買い物に行くのは大変でしょ」

 四つの買い物袋がテーブルに置かれた。

「お金、大丈夫だった?」

「もちろん、全額あんたの財布から払っておいたわよ」

 リリは俊斗にウインクをしてみせた。

「え……はぁ⁉︎」

「何、文句あるの? あんたの面倒見てあげるんだから当たり前でしょ」

 威圧的な笑顔のリリは袋から買ってきたものを出し始める。

「あ、ありがとうございます」

「仕方ないわね」

 またウインクをしたリリは、冷蔵庫やキッチンの棚に買ってきたものを移動させ始めた。
 そのあと、リリとヒカリはエプロンを着て料理を始めた。

「俺も手伝おうか」

 俊斗はキッチンに向かった。

「大丈夫、私だって料理ぐらいできるわよ」

 もちろん、リリのエプロンは赤い。

「そうだよ! リリは料理すごい上手なんだよ!」

「それじゃあ、お願いします」

 そのままテーブルに向かった俊斗は、勉強を再開させた。
 料理に自身のなかった俊斗は二人が夕飯を作ってくれている状況に正直ホッとしていた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 七時を過ぎた頃、夕飯が完成した。
 勉強していた――正確にはスマートフォンを見ながらのながら勉強――俊斗は勉強道具を急いで片付けた。
 二人が料理をテーブルに並べる。

「おまたせー!」

 それらは、白米から味噌汁、豚の生姜焼きなど、一般の家庭で並ぶ夕飯のようだった。

「すごいな!」

「このぐらい当たり前よ」

 エプロンをどこかに置いてきた二人は俊斗の前に並んで座った。

「それじゃあ食べよっか」

「うん!」

「「「いただきます」」」

 空腹を堪えていた俊斗は豚の生姜焼きを一口食べた。

「おいしいよ!」

 ちょうど、俊斗の好みの味だった。好みも何も教えていないのに、不思議な感覚がした。

「ヒカリと相談して料理したのよ」

 珍しく、リリが恥ずかしそうにする。しかし、俊斗はその様子に気づいていない。

「そうだよー私たち頑張ったんだから!」

 ヒカリは話しながら食べ物を口に運ぶ。

「俊斗にはその恩返しをしてもらわないといけないわね」

「恩返しって?」

「そうねー、私たちの言うことを何でも聞くとか?」

「いやいやいや、そもそもここ俺の部屋だからね」

「そうそう部屋と言えば、この部屋の合鍵、大家さんから二人分もらって置いたわ」

「……えっ!」

 俊斗は口の中のものを飲み込んでから、声を発した。

「当たり前でしょ、私たちこの部屋に住むんだから」

「ジャジャーン!」

 食器と箸を置いたヒカリは、その合鍵を一つ手に取り、腕を伸ばして俊斗に見せつけた。

「食べてる時に出さなくていいよ……もう好きにしてください」

 夕飯の美味しさと相まって複雑な心境の俊斗はゆっくりと食事を進めた。二人のことは特に信頼していないわけではないのだが、自分以外がこの部屋を自由に出入りできることに不安を感じていた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 夕飯を食べ終えると、片付けは狭いキッチンで三人で行われた。
 俊斗は最後に一人で食器の片付けをしている。
 ヒカリはこの日の朝に料理が上手いことは知っていたが、リリも料理が上手いことを知った俊斗は、二人の性格を改めて考え直していた。

「俊斗くん、そろそろお風呂入ってもいい?」

 椅子に座りテレビを見ていたヒカリが立ち上がった。

「うん、いいよ」

「やったー! ねえリリ、一緒に入ろ!」

「え⁉︎ 私はいいわよ」

 椅子に座ってスマートフォンを見ていたリリは驚いた様子でヒカリを見上げる。

「えーいいじゃんいいじゃん入ろうよー」

「しょうがないわね、今日だけよ」

「やったー!」

 着替えを持ったリリはヒカリに手を引かれ、俊斗の後ろを抜けて風呂に向かった。
 ヒカリのポニーテールが俊斗の背中を軽く撫でる。後ろを振り返ると、リリと目が合った。

「は、早くあっち行きなさいよ!」

 風呂場前のドアが勢いよく閉められた。その向こうからは女子の楽しそうな声が聞こえてくる。その空間にいられなくなった俊斗は急いで椅子に座り、テレビを眺め始めた。

(今日もいろいろあり過ぎたな……)

 頬杖をついて一日を振り返った。この部屋に引っ越してからの三日間、身の回りの環境が変わり続けた俊斗にとっては、明日のことを考えることすら億劫であった。
 夜風が強く吹き始め、アパートを揺らす。
 魔法少女の二人に与えられた任務によって、その二人と同じ部屋に住む俊斗にも何らかの影響が及ぶことは容易に推測できることであるが、この時の俊斗にはそれを知る術はなかった――。
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