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3、古豪の嘲笑

他人の欺瞞⑶

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「榑林様。この度は、私めの主人で御座います静香様より、命を受けました。」


その男は、肩膝を着くと頭を下げた。その所作はとても優雅で、気品が漂う。


貴族の執事とやらは、それなり以上の教養を求められ、主君に仕える際は、絶対的な忠誠心を持つとされる。


主人が一言やれと申せば、必ず遂行する。刃向う事など皆無だ。


だがしかし、例外を挙げるとすれば、この度この場に集まる執事という存在は、両者が子息子女の親に忠誠を誓っていると言えるだろう。



飽く迄も、令嬢の世話役として配属された執事のイルマ。


主人の命の下、御嬢様に忠誠を誓っているか?と問えば、彼は間違いなく....。







入間 慧いるま けいと申します。以後お見知り置きを....。」





令嬢が自室へと戻った後、挨拶に戻ってきた入間は、未だメイドを手籠めにしている榑林の御曹司達に、動揺を示す訳もなく、冷静に自己紹介を始めた。



イルマとは、彼が榊原の家で呼ばせている偽名に近いもの。四方八方何処から見たって、彼に純粋な大和の国の血が通っているとは到底思えない。


見下した様に、あの家族に就く彼は、この家では本名を名乗ったのだ。




「御嬢様の御滞在中は、私めはこの御屋敷で、他の使用人と同等の仕事を受け持ちますので、どうぞ宜しくお願い致します。」



薄青色の瞳が捕らえるのは、主人では無く....下女。





まさか自身が見られているとは気付かない夏芽。

彼女は背後に居る天真か、それとも横の蒼真に向けられているのだと思っているだろう。




視線が絡み合っているとは、気付いてやいない。



(....良かった。日本語喋れるわね。)



こんな状況で夏芽の頭の中では、入間とのコンタクトで一杯になっていた。



波乱の朝食が終止符を迎えたのは、時が過ぎ片付けにやって来た使用人たちのお蔭である。


ノック音が響き渡り、夏芽は慌てて天真の膝の上から降りた。


「何で逃げるんだ。」

「何でもです!!」


彼女自身も、この状況を見られたら不味いと思っているのだろう。

流石に客人である御令嬢様に見られたのは誤算だった。


扉が開かれるまでに、主人の背後に控えた夏芽は、冷静さを取り戻す様に深呼吸を繰り返した。



「あら、坊ちゃま。榊原様はどちらに?」


やって来た精鋭メイド集団の中で、御局メイドが声を掛けるが、当の本人たちは知らんぷり。

見兼ねた入間は、メイド長と見極めたのか、「御嬢様は、御部屋に戻られました。」と年増の女性をも、顔を赤らめさせる程の美貌を振り撒く。


「私、本日この時より、御屋敷に仕えます故....レディ。どうぞ、宜しくお願い致します。」



跪いた貴公子は、皺くちゃな手を取ると、その甲に口付を落とした。



そんな一連を眺めていたメイド集団は、御局を羨ましがる。


その一方で、蒼真に天真....そして夏芽は、入間の行動に若干引いたのであった。






「では、改めまして、宜しく....えっと.....御名前は?」



バックヤードへと戻ってきた夏芽は、当然の様に後をついて来た入間に名を訊ねられると、身体を硬直させた。


無駄に近い距離感。ステンレス製のキッチン台の前で、逃げ場を失った夏芽。


包囲される様にして、伸ばされた入間の両腕が、夏芽を取り囲む。



「美しい貴女の御名前を、どうか私に教えて頂けませんでしょうか。」

見上げた先には、綺麗な顔。それも普段御見掛けする事の無い、異国の血が混じった端正な顔立ち。

肌色が白過ぎて、肌理細やかな荒れ知らず。彫深い目元から伸びる睫毛は、少し脱色しており灰色に近いものだ。


質素な照明が照らされているだけなのに、無駄にキラキラと輝いて見えるのは、ハーフマジック?



徐々に押し寄せてくる美形の圧に、白旗を上げた。



「....藤です。」

「そうですか!!」


いざ応えれば、犬の如し尻尾を振っている様にも観れる。

満面の笑みを浮かべた入間は、夏芽から離れると、「藤さんですか....あれですね、マウントフジですね。」と横文字を並べて、何やら笑われている気がする。



白い手袋を装着した手が、顎に添えられると、うんうんと首を傾げていた。



よく解らないが、さっきの出来事を問質してこない姿に、夏芽は一安心すると、通常営業の如く業務に取り掛かった。


だがしかし、夏芽の向かう先々に付いて歩く入間。



「藤さん、次は何をなさるのですか?」

「藤さん、こちらの洋菓子は、坊ちゃま方のおやつに御出しするものでしょうか。」

「藤さん、こちらの茶葉よりも、こちらがお勧めです。」



藤さん、藤さん、藤さん....。


夏芽は入間の事を心底邪魔だと思い始めていた。



何故、彼は....と顔を顰めながら、着いて回る入間に苛々が募る。例えるならば、ひな鳥。まるで鳥の親子みたいだ。


夏芽が押すカートの上には、坊っちゃま用のティーセット。


何故かランチをお摂りならなかった坊っちゃま。だがしかしおやつは別である。用意したのは贅沢三昧の山盛り。


何故大量に用意したのかは、残す事を想定してのこと。


じゅるりと垂れる涎。夏芽の頭の中では、お溢れを頂く気満々なのである。




「藤さん、はしたないですよ。」

「うゔっ....。」


背後に居るはずの入間に悟られた夏芽は、緩んでいた表情を強張らせて、口元を拭った。


振り返り弁解する事などはない。



夏芽は、入間と顔を合わせる事を頑なに拒む。


それは、彼の表情が終始笑顔だからだ。



....何が面白い?何か変なのか?と自問自答しようにも、答えは見つからない。



二階の御部屋前へと到着すると、ここで初めて夏芽は振り返って、一言物申した。


「ここから先は、立ち入り禁止ですっ‼︎」



片手を腰に当てて、もう片方で指をさし、ぎゃふんと物申す。

だがしかし、ぷっくりと膨らませた頬がとても可愛らしく、入間は思わず作り笑いを解くと、夏芽の顔に魅入ってしまった。


「聞いてます⁉︎」

「....あ、うん。」

「他のお手伝いに行ってください‼︎」


ノックをして入室する夏芽は、再三に渡り入間を睨みつけて、この場から去る様に促していた。






....まあ、そんなのに従う筈のない榊原の執事【イルマ】は、そのまま扉に張り付くと、耳を着けて中の音を盗み聞きし始めた。

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