新しく来た奥様のお話しをさせてください。_予備知識は大切です

あおくん

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メイド視点

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突然ですが、私の可愛らしくて大好きなお嬢様の話をさせてください。

お嬢様の名前はエレニア・ヴァルサネスト。
伯爵家の可愛い可愛い一人娘です。

お嬢様がまだ赤ん坊だった頃に病弱だった奥様は息を引き取り、悲しみに暮れながらも乳母を初めとした私達メイドが愛情込めて育ててきました。
お嬢様は可愛らしく、そして心優しい女の子に育ちました。

「おはながつぶれちゃったの…、アリー元気にできる?」

そう大きな大きなお目目を涙でいっぱいにして見上げるお嬢様はとても愛くるしかったです。

そんな愛らしいお嬢様が五歳になられた頃、旦那様が新しい奥様を迎え入れました。
お嬢様を思っての婚姻と聞いております。

旦那様はそれはそれは奥様を愛しておられました。
私達メイドがいる前でも愛情表現を欠かすことはありませんでしたし、仕事場である邸宅内がどこか居心地が悪くなるほどにハートが飛び交っていました。

ですが奥様が亡くなられてから、悲しみを忘れさせるために旦那様は仕事に打ち込みました。
体が壊れ始める頃、まだ赤ちゃんだったお嬢様の前に現れた旦那様が、やっと目を覚ましたのです。
「ぱーぱぁ」と小さな手を旦那様に伸ばすお嬢様の笑顔に、涙腺が崩壊した旦那様は今でも鮮明に思い出すことができます。
全く顔を見せに来ない旦那様を父親だと認識しているお嬢様の聡明さに、我々メイドも尊敬のまなざしを向け、そして褒めたたえた記憶もすぐ最近の事かのように鮮明に思い出されます。

旦那様は元々亡くなられた奥様の事を愛しておりましたし、その奥様に似ているお嬢様の事を愛することは当然のことでした。
そして目を覚ました旦那様は、我々同様お嬢様にゾッコンになり、それは今でも変わりません。

そうして旦那様は邸宅内の事にも目を向け始めたのです。

奥様が亡くなってから、どこか寂しく感じさせる邸内を生まれ変わらせるためにはやはり女の力が必要だと旦那様は考えられました。
そして、お嬢様が大きくなられたら当然淑女教育は家庭教師を頼みますが、それでも母親の存在は必要です。
他家の茶会への参加や、茶会の開催方法、家庭教師だけでは足りない細かい礼儀作法についても、母親の存在は大きいのです。
そして男性と女性の教育方法は違う為、その点においても旦那様が奥様の代わりとなってお嬢様へ教えることは難しかったようで…
その為に迎え入れた新しい奥様は……、一言で表すと変な方でした。

「旦那さまとは契約結婚ですから、私のことは奥様と呼ばなくても構いませんわ」

とホールで声高々に宣言された新しい奥様に対し、旦那様と私達メイド達は目を瞬いてしまいました。
普通なら私達メイドたちに見くびられないように、たとえ旦那様との愛は無くても、旦那さまとは親しい関係にあるのよと示すもの。
それなのに、とっても邪魔な物を大きな布に包んで投げた時のような、とてもすがすがしい奥様の表情には皆度肝を抜かされました。
ちなみに旦那様は不細工でもありません。

「その、通りだが……、それでも貴方は私の新しい家族となる方だ」
「ええ、ええ。存じております。……あら、この可愛らしいお嬢さんが私の娘となるのですね」

奥様がお嬢様に気付き、お嬢様の目線に合わせるように膝を折ります。
ちなみに旦那様は、後ろで困った様子を浮かべていましたが、可哀そうなことに奥様にもお嬢様にも相手にされておりませんでした。

そして奥様の行動は貴族としては珍しい行為でしたが、お嬢様にゾッコンの我々メイド達には大変高評価でした。
だって幼き子に目線を合わせる者に、まず悪い人はいないから!
きっと新しい奥様はお嬢様を大切にして下さると、我々は思いました。そうビビッと感じました。全身で。

その直感は大変喜ばしい事で、外れることはありませんでした。

そしてお嬢様も新しい奥様に大変懐きました。
奥様も無碍にすることはなくお嬢様に優しく接し、お嬢様はすくすくと育っていきました。

キラキラと輝くプラチナブロンドの髪の毛は青空の元ではより一層輝き、晴天を思い起こすような綺麗な青色の瞳は大変美しく。
透明感のある白い肌に、桃色の小ぶりな唇は果実のように愛らしく主張。
そして奥様の教育方針と食事管理_私達メイドの毎日のマッサージもお役に立っていると嬉しい_は、お嬢様をより一層素晴らしい淑女に育て上げました。

つまり何がいいたいのか、顔良し、性格良し、スタイル良し、頭脳もよし、まさに完璧なお嬢様は我々の自慢のお嬢様なのです。

奥様に感謝こそすれ、奥様を嫌う者などいませんでしたが、それでも奥様が名前で呼んでほしいという事でしたので、我々メイド達は心の中では奥様呼びをし、表では名前呼びをしていました。

そんな奥様ですが、最近再び変な方なのではと思えてくるのです。

ある時でした。
奥様とお嬢様が綺麗なお花が咲いた庭園で共にお茶を飲んでいた時です。

「ちょっと待ってお母様。聖女さまはちゃんと皆を守っていたわ!」

「ええ。その通りよ。だけど頭の悪い者が国の偉い人物であった。その為皆を守っていた聖女は偽物と突きつけられて、国を追い出されてしまったの」

「そんな……、いくらなんでも酷いわ!」

「だけど、そんな時現れたのが本物の聖女の恋の相手!聖女はその男性と共に隣国に行き、そこで平和に暮らしたわ」

「平和に…、よかったわ」

「まだ他にもこんなお話しがあるの。そうあれは隣国の_」


その後の話は聞こえませんでしたが、よく奥様はお嬢様に“お話し”を聞かせていたようです。
これはよく見かけた光景でした。
聖女様のお話しはこの国の事ではないし、私のひいおばあちゃん世代にあった頃のお話しなのに、よく詳細まで知っているのだなと、そう疑問に思ったことがありましたから。

ですが、私が変だなと感じたのはこの先の事でした。

旦那様と奥様、そしてお嬢様がお食事の時、私達メイドは部屋の端に立って控えるのですが、その時のことです。

「私は反対です」

断固として譲らない奥様と、首を傾げる旦那様がいました。
二人の前にはお嬢様が目をぱちくりとさせています。

その表情も最近開発されたカメラと呼ばれる機械で永遠に残しておきたいほど可愛らしいもので、思わずほっこりとしてしまいました。
……重要備品としてカメラを申請、してみましょうかね?

「何故だ?エレニアは十分立派な淑女に育った。王子殿下との婚姻にも胸を張って推薦できる」

「確かにエレニアはとても素晴らしい淑女に育ちました。擦れることなく素直に真っすぐ育ち、そして作法も完璧。それはもう誰にでも愛されるほどです」

「それなら_」

「反対なものは反対です!!!!!!!」

誰もが喜びそうな王子殿下との婚姻に賛成の異を唱えない奥様を、旦那様を初め我々メイド達も顔を見合わせました。
普段なら話が耳に入っても、動揺する姿を見せないように努める私達が、です。
そして、それほどまでに拒否する奥様が不思議で溜まりませんでした。

誰が見ても美味しそうに焼けているステーキ肉を口に含めた奥様は、数回咀嚼した後話し出しました。

「なにも“今の”王子殿下に非があると申しているわけではありません。貴族に生まれたからには意に沿わない婚姻も覚悟しなくてはいけないこともあるとわかっています。
ですが、エレニアがそれをする必要はありますか?」

「だが…」

「だがもなんでも、いくら相手が王子殿下だといってもエレニアが必ず幸せになる保証はありません。
その上、後になって断りずらい相手を私達親が勝手にエレニアの婚約者に決めてしまうのは違うと申しているのです」

奥様の言葉に若干の違和感を感じましたが、私達メイドは奥様の気持ちを聞いて、気持ちが大きく高ぶりました。
お嬢様の事を真に思っている奥様の言葉に感動したのです。
気分はもう劇を見ている観客のようでした。

お嬢様も華奢な指先を口元に当て、キラキラと目を輝かせています。

「お父様、私出来るなら恋愛結婚を望んでいます」

「恋愛?」

「お父様も私を生んだお母様と恋愛結婚だと聞いていますわ」

そう愛くるしい笑顔で告げるお嬢様に、意見を言える者がいるのか。
いえ、いません。断じていません。
少なくとも、お嬢様を溺愛している者達が集まっているこの場には!

そうして撃沈した旦那様はお嬢様を王子殿下の婚約候補者には推薦しなかったと、後で奥様から聞きました。

お嬢様も我々もホッとしました。
だってお嬢様は恋愛結婚を望まれているのですから。
例え王子殿下と言えども、政略結婚の匂いがぷんぷんしている婚姻は、私達メイドも素直に喜べませんし、お嬢様を応援なんてできません。
お嬢様の笑顔が一番ですから!

その頃から奥様は更に不思議な行動を見せることとなりました。

婚約者がいるいないに限らず、お嬢様ぐらいの年代のご子息様の事を徹底的に調べるようになりました。
頭には布を巻き、“目指せ!脱悪役!訪れろ幸せ!”と書かれています。
一体誰が悪役なのかと疑問に思いましたが、濃いクマを目の下に育てている奥様に質問する勇気すらありませんでした。

ですが、奥様はお嬢様のこととなると、以前旦那様に意見したように必死になります。
心配しなくとも_奥様の体は心配になりますが_奥様はお嬢様の立派な“お母様”です。
私は最近人気がある黒くて苦い飲み物を差し入れし、そっと部屋を出ました。



そして数年後、お嬢様の隣には柔らかく笑みを浮かべ、愛おしい人をみるような、そんな眼差しでお嬢様を見つめる男性がいます。

私達メイドもあの男性ならば安心してお嬢様をお任せすることが出来ると、そう思いました。


そして、お嬢様とお嬢様の婚約者となったあの方を眺めている時思いました。

あの時奥様の部屋の机上に積み重なれた書類の中、丸印の書かれたご子息様の面影をうっすら感じさせるお顔だと。


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