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いち
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『はい!これでもう大丈夫だよ!』
慣れない手付きながらも、僕の傷ついた羽に薬を塗ってくれた可愛い女の子。
痛いよね。すぐに治るよ。我慢してね。
そう言いながら涙をボロボロと流して僕を励ます女の子の、無理やり作った笑顔から目が離せなかった。
女の子が喜んでくれるのならと、まだ痛みが残る羽を広げて僕は飛んでみせた。
ズキズキと痛いけれど、それでも必死に羽ばたいた。
そして空から見下ろすと、地面から僕を見上げる女の子は眩しいほどの笑顔を浮かべ、両手を叩いて感情をあらわにする。
女の子の笑顔が可愛かった。
これが僕と彼女の出会い。
■
「はぁー、今日も疲れたー」
仕事からの帰り道、町で唯一夜遅くまで開いていたカフェに足を運んだ女性は、片手に淹れたてのカフェオレを持ちながら帰路を歩いていた。
女性の名前はココ。
薬師会に勤め、その中でも薬を作る側の製造にいた。
長い緑色の髪の毛を一纏めにし、薬品の匂いがこびり付いた服を着ているが、なにも今着ている服で仕事をしているわけではない。
消毒がされた無菌服で製造している。
それなのに、何故こんなにも薬品の匂いがこびり付いているかというと、彼女は薬を作るのが趣味と言えるのだ。
趣味で薬を作り、仕事で薬を作り、まさに薬に埋もれた生活をしているといっても過言ではない。
ズズっと音を立て、まだ湯気が出ているカフェオレを口に含む。
「あったかー、うまー」
本音をいえば、ココは持ち帰りでカフェオレを持ち帰るのではなく、居心地の良いあのカフェで飲んでいたかった。
だけどカフェの営業時間と次の日の出勤を考えると、持ち帰ざるをえなかった。
それにココは、コーヒーはブラック派である。
だが、こうしてカフェオレにしているのは、先程までいたカフェの店員さんのアドバイスからだった。
『あの…、こんなこと言ってご迷惑かもしれませんが……、ブラックのコーヒーはカフェインの影響を大きく受けます。もし貴女が帰宅後就寝するつもりでしたら、ミルクをいれたカフェオレをオススメします』
まるでココのことを心から心配しているような、そんな表情を浮かべる店員にココは瞬いた。
『あ、すみません!でもミルクには睡眠を促したり、あと脳の興奮を抑える効果もあるので!』
何も言わない…、いや、突然のことに何も言えなかったココを誤解しているのか、急に慌て始めた店員の態度にココはくすりと笑った。
『怒ってないですよ。驚いただけです。
でもアドバイス通り、これからはカフェオレにしますね』
そう告げたココに店員は一瞬の沈黙の後、笑顔を浮かべで喜んだ。
少しだけ顔が赤らんでいるような気がしなくもないが、こんなイケメンが、恋愛のレの字も知らない純情な男には見えず、単純に喜んでいるのだとココは思った。
そしてこの日をきっかけに、カフェに訪れたココに花を咲かせたように喜び、そして必ずといっていい程声をかけ、カフェオレをいれるイケメン店員が生まれたのだが、そのイケメン店員の心も、他の店員に対してイケメン店員がどんな話をしたかなどココは知る由もないことだった。
□
ある日のことだった。
いつも通り出社すると、上長を呼ばれ話を聞くココは戸惑った。
「え…、?」
「いやね?君が熱心に働いてくれるのはありがたいし、こっちとしても助かってるよ?でもね、働かせ過ぎというのもどうかという声があるんだよ」
つまり上長が言いたいことは、薬師会が過度な労働を従業員に貸しているようなそんな最低な環境の職場ではないことを証明したいが為に、是非ともココに休んでもらい、リフレッシュしたあとにはまた元気に働いてもらいたいということだった。
仕事に嫌気が指している者にはなんとも魅力的な言葉に聞こえるだろうが、ココには響かなかった。
戸惑い何も言葉が出なかったココに上長は肩を叩くと、その場から離れていく。
ココの脳内は戸惑いに満ち溢れていた。
(休日に使う薬草をどうやって調達しろと!!?)
ココの一部とも言える薬作りには薬草と言われる物が必要である。
その薬草は山に主に生えており、ココが住んでいる場所から山に行くまでの道は遠い。
その為山にいくとなると、日帰りでは無理であり、更にいうと危険度が盛り沢山であった。
身を守る為の護衛を雇い、そして山までの交通費、途中の宿泊代を考えると躊躇するのは、平民としては当たり前のことだった。
第一ココが薬師会で働く理由には、薬師会が好きだからや尊敬している等の純粋な想いはない。
単純に効果が薄くなってきたような薬草や、残りカスのような薬草の一部等、廃棄処分される薬草が目当てなのである。
といっても、ココも隠れて持って帰っているのではない。きちんと上長に、確認をとっている。
例え不要な廃棄処分前のものであっても、許可を取らなければただの盗人になるからだ。
「あれ?」
声が聞こえ我に返ったココが顔をあげると、いつも帰り道に寄っていたあのカフェにいた。
休暇をとれという上長の発言に様々なことを悶々と考えているうちに、いつもの店に足を運んでしまったようだ。
習慣とは恐ろしいものだと考えながら、ココはいつもの流れでカフェオレを頼んだ。
だが、店員は少し困った様子でココを見る。
「あの?」
ココが思考に意識を取られている間になにか変なことを言ってしまったのかと、不安に思い尋ねようとした時だった。
「アイツ……あ、ケン居ないけど大丈夫ですか?」
ケンとは誰だ?とココは首を傾げる。
だが、この店で唯一気軽に声をかけてくれるのはイケメン店員だけだと思い出したココは、イケメン店員がケンという名前なのだと察した。
そして物凄い勢いで顔が熱くなる。
(私イケメン店員目当てだと思われてる!?)
なにそれ!?とココは思った。
だが、イケメンに僅かでも癒やされたことは事実であったことから、ココは怒りよりも恥ずかしさでいっぱいだった。
「だ、大丈夫です!それよりカフェオレを、持ち帰りで!お願いします!」
思わず持ち帰りを強調してしまったが、ここからすぐに離れたいという思いでいっぱいだったココは気付かない。
出されたカフェオレを掴むとそそくさと店をあとにしたのだった。
□
「やっぱり違うなぁ」
ココが呟いたのはいつもとは柄の違う容器に入った中身に対してである。
あの日からココはあのカフェに足を運ぶことを控えていた。
あんな恥ずかしい思いをしたから当然のことであったが、早々に頭を悩ませることになるとは思わなかったのである。
カフェオレの味が違いすぎるのだ。
ぶっちゃけた話ではあるが、逃げるように去ったあの日の味は覚えていない。
持ち帰りにしたのだから味わう余裕はあったはずなのに、イケメン店員はいないと声をかける店員の言葉を思い出すたびに恥ずかしさが込み上げて、その勢いで飲み切ってしまったのだ。
店ごとに味が違うのか、それともケンと言ったイケメン店員の腕なのか。
それを確かめることは今のところないため、ココは他のカフェに休暇を利用して足を運んでいたのだ。
「ココさん!!!」
そんな時ふと聞き覚えのある声がココを呼び止める。
ココは自分の名前を呼ばれたことに足を止め辺りを見渡した。
「ひ!」
思わず短い悲鳴を上げてしまうが無理もなかった。
イケメンの険しい顔は想像以上の威圧感がある。
それに加え物凄いスピードでココに向かって距離を詰めているのだ。
恐怖である。
「なんでこないの?僕のことはもうどうでもいい?!」
ココは意味が分からなかった。
当然である。
ココとイケメン店員はなにも約束なんてしてもいない。
それどころか友達でもなく、ただの客と店員という顔見知り以下のような関係なのだ。
それでもイケメンのその形相にココはなにもいえなかった。
ただただ恐怖という言葉しか思いつかなく、ココはぎゅっと目を瞑って体を震わせた。
そんなココの様子に気付いたイケメン店員、もといケンはココの手を握りその場を離れた。
手を引かれたココは戸惑いながらもケンのあとをついていく。
辿り着いたのはカフェの裏口だった。
ポケットから出した鍵で扉を開けたケンは、ココを簡易な椅子に座らせると、その場を離れた。
ココは椅子に座りながら部屋の様子を伺う。
誰のものか分からないが、エプロンがかけられていたり、冷蔵庫があったりと従業員の休憩にも利用されるようなそんな部屋だった。
暫くするとコーヒーのいい香りがココの鼻に香ってきた。
くんくんと香りを堪能し、目を細めたココのもとにやってきたのは、カフェオレを持ってきたケンである。
ケンからカフェオレを手渡されたココは遠慮がちに受け取り、口をつけた。
いつもの味、そして求めていた味にホッとするココは思わず口から言葉を漏らす。
「やっぱり美味しい…」
ココのこの言葉にケンは安堵したように微笑んだ。
「よかった浮気してたんじゃなかったんだね」
「え?」
空耳だろうか。と自分の耳を疑うココに、ケンは笑顔を崩さない。
もしかしたら利用している店を変えたことを、業界用語で浮気と表しているのだろうかともココは考えた。
求めていた味はこの店のものだったとわかったココは、ケンに事情を告げる。
この店を利用しなくなったこと
だけど他の店の味では満足できなかったこと
やっぱりこのカフェオレが一番だということ
ココはケンに話した。
そして今後もこのカフェを利用させてもらうということを告げると、ケンは「そういうことか」と笑った。
「ここの皆には僕とココさんのこと、ちゃんと話してあったから、そんなに恥ずかしがらなくても良かったんだよ」
ニコリと微笑むケンだが、ココは疑問符でいっぱいだった。
(私とイケメン店員との関係を話した?なに?どういうこと?話すことなんてなくない?)
ケンの言葉を理解しようにも出来なかったココは思わず片方の手で耳を触る。
どうやらに耳が悪くなったのではないかと思い悩んでいるようだが、それは全くの見当違いだった。
ケンはそんなココに手を伸ばす。
耳に触れているココの手を覆うようにして、ケンはそっと触れた。
「いつまでも初々しくてかわいいところも僕は好きだけど、でももう少しイチャイチャもしたいな」
それからココは無事に帰ってこれたのかは覚えていない。
気付いたら家にいて、そして休暇が終わりそうなことだけを理解したのだった。
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