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16.勇気
しおりを挟む「大丈夫だよ。僕は何があってもアリシアの事が好きだから」
「アルベルト……」
初対面に近いのに、不思議なくらい信じられる人物だと思わせられる。
「……おい」
「うわ!うるさい鬼が嗅ぎつけた!」
「誰が鬼だ、誰が!」
パッと離されたアルベルトの手を名残惜しく目を追いながら見上げると、すぐそばに王が立っていた。
そして私の前に膝をついてそっと私の左手を持ち上げる。
カチャッと音がして王の手が離れると、ピンク色のお花が至る所に着いた奇麗なブレスレットが私の手首に付けられていた。
「……これは?」
「アリエルから別れる前に貰ったものだ。
アリエルがずっと付けていた物を、なんでもいいから欲しいと願った俺にくれたんだ」
王のその言葉に私はくすりと笑った。
男性に女性ものを贈る母も母だが、未練がましく母のものを強請る王もどうなんだと、そんな場面を想像したらおかしく感じたのだ。
このブレスレットをこの人はどうしていたんだろう。
眺めるだけ?それとも自分の手首に着けていた?
「……ふふ」
「…アリシア、俺はお前が生れたことを知らずにいた。
その所為で苦しい思いをさせてしまった。そして突然父親だと言われても戸惑ってしまうだろう。
だが、俺はお前の父親としてこれから先アリシアを守っていきたい。
アリシアの家族として、お前に頼られる味方になりたい」
私は王の言葉になにも返せなかった。
二度目の人生で出会った王は一度目の人生とは全く違う。
やつれるほどに自分の体を酷使していた王。
それは私の母を想ってのことで、幸せに生きていてほしいと願い、ただただ母のために働いた。
私と会い、子の存在など知らなかったのに、母の存在と結びつけてくれた。
私に知らなかった親の存在を教えてくれ、私の辛い過去を知ると怒ってくれた。
時間なんて関係ないと言わんばかりに、父親として、私のことを本当に大事に思っているからだと。
私に頼られたいと、いってくれた王。
(……一度目の人生でも気づいて欲しかった。味方になってほしかった)
そう思わずにはいられないけれど、でも私に気付いてくれたことが何よりも嬉しかった。
味方だという、その言葉が嬉しかった。
そうだ。私は嬉しかったんだ。
一度目にみた王の最後のあの冷たい視線。
あれがいつも脳裏に浮かんでいたが、今の暖かい父親の眼差しが、私は嬉しいのだ。
「……わたし、意外と単純なのかな……」
心で思っていた言葉が漏れてしまったが、なんと言葉にしたのかまでは聞き取れなかったようで、「どうした?」と尋ねる王に私は首を振った。
話してみてもいいかもしれない。
味方といってくれた父と、アルベルト。
一緒に戦うといってくれたコンラート。
そしてジョセフさん。
信じてみよう。
私は王の手を掴んだ。
大きくて固くて、でも暖かい。これが父の手と感じながら私は王を見つめる。
「……聞いてもらいたい話があるんです」
目を見開き驚いた表情を浮かべた王は、すぐに目を瞑り、そして微笑んだ。
温かい眼差しが、温もりとなって私の心を溶かしていく。
そんな気持ちになるのを感じる。
「聞こう」
王のあとにアルベルトが答え、そしてコンラートとジョセフさんが続く。
「…私は一度死にました」
息を呑む音が聞こえたが私は構わずに話を続ける。
「私にとってこれは二度目の人生なのです。
一度目の人生は二度目と変わらず、使われていない王宮の建物の中で生きていました。生きている理由がわからず、ただじっと息を吸うだけの人生でした。
そんな時現れ助けてくれたのが王妃でした。過酷な環境の中既に限界を迎えようとしていた私には女神様のように思えました。衣食住を整えてもらい、私は王妃に忠誠を誓いました。
王妃の役に立ちたいと、勉学に励み、仕事も覚えました。そして王妃も答えるように私を側仕えとして命じてくれました」
後ろからコンラートの「だからアリシアには教養があったのか」というつぶやきが聞こえ、思わず苦笑する。
一度目の人生でルーク王子以外によかったことをあげるとすれば、学ぶことができたことかもしれない。
「暫くした日のことです。王妃が王とお茶をするといい、私を連れていきました。
その時私は王と出会いましたが、二度目の今とは違い、私を娘と認識することもありませんでした。
そして幾度かの時を共有することになった王と王妃の仲は改善し子供が授かりました。
私は王妃の命によって、精一杯王子のお世話をしていました」
「ま、待ってくれ。俺がお前を」
「王妃と伯父上が仲良く!?うわ、全く想像できない!」
王の言葉を遮り、茶化すようにアルベルトがいう。
「アルベルト黙れ。
俺も色々と訪ねたいが……今は話を聞くのが先だ。続けてくれ」
「伯父上が最初に言ったのに…」
王は呆れたように口にしていたが、私はどちらかというと和んでしまった。
もうすっかりアルベルトのペースになれてしまったのかもしれない。
「王子のお世話をし出して数年が経った頃、王子が倒れました。私は急いで医師を呼びにその場をあとにしました。
そして戻ったときには王や王妃、執事や他のメイドたちが揃っていて、私は王子殺人未遂の罪で処刑されました。
ここまでが一度目の人生での顛末です」
私がそういって話を区切ると、ポツポツと疑問に思うことを問いかけられる。
「アリシアに聞くことではないが、...俺はなぜアリシアが娘であることを疑問に思わなかったのか?」
「これは私の推測ですが、私の名前がきっかけかと思います。
先ほど言っていた通り、見た目は母に似ていても他人の空似かもしれない。だけどどうして娘だと思ったきっかけは私がアリシアという名だったから、といっていましたよね?
私の一度目での名前はアリシアではありませんでした」
「アリシアではなかった?」
「はい。一度目の私の名前は王妃がつけた名前で、ドエラと名付けられました」
私の言葉に一番反応したのはコンラートだった。
以前私が話したことを思い出したのだろう。まるで自分の身内のことのように考えてくれるコンラートと、嫌悪感を示す王とジョセフさんの様子に私は、心が暖かくなる。
「酷い名をつけたものですね..」
「ああ。アリシア、一度目の俺はその名に対してなにもいわなかったのか?」
「はい………ですが、今考えたら私の名を呼んだことがなかった、かもしれません」
「性悪女がやりそうなことだな。表面上では取り繕いで見せ、腹の中では嘲笑う」
「ちょっと、待って。僕意味を知らないんだけど、ドエラってどういう意味を持ってるのさ」
そういったアルベルトに王が答えた。
「女の奴隷という意味を持っているんだよ」
「はあ!?なにその名前!ありえないでしょ!」
大人の中に混じって話をしていたアルベルトの存在にすっかり慣れてしまっていた私は、言葉に隠れている意味を知らなかったアルベルトに驚いた。
なんでも知っていると思ってしまっていたからだ。
でもそうじゃない。見た目通りアルベルトはまだ子供なんだ。と認識させられた。
「それを今話していたんだ。
で、次だ。俺と王妃との関係が改善されて子を授かったといっていたが、やはり関係は悪かったのか?」
「関係が悪い、というより王妃に対する態度が、…その…」
「なら、今と変わらないな。あいつは俺に好意を抱いているようだが、俺はあいつに好意を抱いていない。
だが、何故思い直して距離を縮めたんだ…?俺がアリエルを忘れるなんてありえない…」
考え悩む王に気を取られると、考えがあるのかアルベルトが質問する。
「…ねぇ、アリシア。もしかして王妃は毎回伯父上とのお茶の席にアリシアを同席させてたんじゃない?」
「あ、うん、そうだったよ」
「なら簡単だね。王妃は伯父上の心情を逆手に取ったんだよ」
「どういうことだ?」
「伯父上の好きな人によく似ているアリシアを傍らにおく。その上でやさしーくしてあげてみせると、たとえ嫌いなやつでも警戒心が薄れるんだよ。
プラス、アリシアが王妃のことをとても慕っていたっていってるんだから、効果は抜群だよね!」
そう推測するアルベルトに私は驚いた。
実際にそのとおりだと思っているからだ。
王の心情まではわからないが、その可能性が高いと、私は思っている。
だけどやはり納得ができないのか、王は未だに眉間を寄せていた。
「それで、子供ができた王妃はアリシアを始末した。
となると、王妃は伯父上との関係改善のためにアリシアを利用したって考えていいかもしれないね。
実際に子供の頃にひどい環境に置いておけば、助けたとき異常なまでに慕われるだろうし」
「俺としては考えたくもないことだがな」
「でも実際に起ったことだよ。他の説明なんて思いつきそうもない」
「だが、アリシアの処刑に許可したとは考えられない…」
「娘と思っていなかったとしても、アリエルさんに似ていれば仕事の鬼みたいな伯父上でも躊躇しそうだよね。
ね、アリシア。伯父上は躊躇ったりしなかったの?」
私は首を振って答えた。
「私はすぐに牢屋に入れられ、一日も経たないうちに処刑を言い渡されました。
躊躇っていたのかという質問には、していなかった、と答えるしかないです」
「・・・・・・それが不思議なんだけどね」
王のことを知っているジョセフさん、そして独身なのに父親の気持ちがわかっていそうなコンラートがアルベルトの言葉に反応した。
「まぁ今の伯父上では考えられないことだからそれは置いておこう。
ここで僕が一番気になったことなんだけど、アリシアは王妃が黒幕だったと今世ですぐにわかった。だから逃げ出したんだよね?
でもそれはどうやってわかったの?
アリシアからの視点だけなら、子供を失った王妃の誤った判断で処刑されたという、ただの冤罪だったってことしかわからなそうだけど」
アルベルトの言葉に同じことを考えていたのか、王とジョセフさんが頷いた。
ちなみにコンラートは確かにと表情を浮かべていて、少しだけ和ませてもらう。
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