【完結】王女だった私が逃げ出して神子になった話

あおくん

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11.父親

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王城へと足を運んだ日から半年がたった私は九歳を迎えていた。
まだかまだかと、待ち望んでいたルーク王子誕生の話は一切耳にすることはない。

(まさか、私が王妃の手に落ちる前に逃げたから?)

一度目の人生を思い返し、私はふとそう考えた。
確かに一度目の人生で初めて王にあったとき、王妃に対する態度はよくはなかったことを思い出す。

(一度目でも二度目でも王と対面したとき王は私に質問をした。本来ならばそのようなことはないと思うのに、私の存在を気にしていたからの行動だった?
もしかして本当に私の存在が王と王妃の関係改善につながっていた…とか?)

だから王妃は私をすぐに殺さなかったのかと、理解した。
今まで、赤子だった自分を何故殺さなかったのか疑問に思っていたのだ。

ただの状況証拠。二度目の人生の前に見た本でもちゃんと言明されてはいない。
でも存在が害だとルーク王子にいっていた王妃が私生かす理由は、それ以外に考えられなかった。
そしてそう考えれば辻褄が合う。

「つまり……、王妃が生まない限りルーク王子が生まれ_」

「アリシア!」

部屋で悶々と思考を巡らせている私の名を呼び、ノックもなしでコンラートが扉を開け姿を見せた。

「な、なに…?どうしたの?」

いつもならしない行動を見せたコンラートに注意することもなく、私は理由を尋ねる。
理由は簡単だ。
理由がなければコンラートがこんな非常識な行動をしないから。

そしてコンラートが私に告げる。

「呼び出しだ!王城に今すぐに来いってよ!」

「は…い?」





王城へと呼びつけられた私は、以前身に着けていたローブを纏い王城へ足を踏み入れた。

王の治療を行った為か、歓迎されているかのように様々な貴族から声をかけられる。
前回と同じようにジョセフさんが私を迎えに来てくれたから、声をかけてきた貴族にはジョセフさんが返答していた為、私は頭をぺこりと下げるくらいでジョセフさんの腕に収まっていた。

「本日はお越しいただきありがとうございます。
実は癒しの神子、アリシア様にはあるお願い事がございまして…、こうしていらしていただいた次第です」

「お願い事、ですか?
もしかして、また癒しの力が必要になりましたか?」

半年前に王城に来た際に、また何かあれば呼んでくれても構わないと伝えたが、王の頭痛と睡眠障害は改善されたと聞かされた私は神殿でホッと胸を撫で下ろしていたのだ。
それなのに一年も経たずに再発したのかと、少しだけ王の体を心配した。

だってあれほどまでにやつれた様子で、尚且つ私が歌った直後倒れるように眠られたのだから、また再発してしまったのではないかと心配もするだろう。

だけどジョセフさんは微笑んで首を振って否定した。

「いいえ。そうではありません。
お願い事というのは、……私からお伝えしてもいいですが、やはり陛下から直接聞くのがよろしいかと…」

渋るジョセフさんに私はコクリと頷いた。

それよりまた子供のように持ち上げられるのはいかがなものか。
前回は王の体にも関わることだから急いでいたことに納得したが、今回はジョセフさんの歩行もゆっくりなのだから別に急ぎではないだろう。
精神年齢二十二、いやこの前九歳になったからもう私は二十三だ。
二十三の大人の女として子供のように持ち上げられるのはちょっとだけ恥ずかしい。

ちらりと後ろを歩くコンラートに視線を向けると、二ッと笑みを向けられた。
しかも両手の手のひらを見せるように私に向ける。

あれはきっと『神殿でもやってやろうか?』といっているのだろう。
私はふいっと顔を背けて答えた。


そして今世二度目の王城の謁見の間に到着した私はジョセフさんと共に部屋の中を進んだ。
前回と違うのは他の貴族がいない事。
だからかジョセフさんは私を下すことなく歩みを進める。
ちなみにコンラートは前回と同様、扉付近で待機だ。

「よく来てくれた、癒しの神子アリシア。
まずは前回の感謝を。此度は原因不明だった頭痛と睡眠障害を治していただき、誠に感謝申し上げる」

高い場所から降りてきた王は、私の前に立つと片膝をついて少しだけ頭を下げた。
背の高い人は膝をついても目線が私より下になるわけでもなく、目線の高さが同じくなるだけだったことが、少し残念に思えた。
まだまだ私は子供なのねと、認識させられてしまったからだ。

「あ、いえ…当然のことをしたまでです…」

私の言葉を聞いた王は顔をあげた。
そんな王をじっと見つめた私は、だいぶふっくらとした印象を受ける。

「あの、もう平気なんですか?」

「ああ。すっかり良くなった」

ふわりと、男性なのにこの表現はおかしいかもしれないが、まるで花が咲いたかのように優しく微笑まれた王のその表情は、一度目の人生でも見たことがない笑顔だった。
なんだか目が離せなくなる。
既にじっと見てしまっていたが、不躾にも見つめてしまう程目を逸らせなくなった。

そして同時にとても嬉しいような、悲しいような、そんなよくわからない感情が胸の中を埋めく。
でもそれはきっと気のせいだ。
だって私はこの人に、会いたくないと、そう思っているのだから。

私がここで会いたいのは、一度目の人生で愛したルーク王子だけ。

「今日そなたに来てもらったのは、俺の娘にならないかと誘う為だ」

「娘…、?」

「ああ、そうだ」

まるでコンラートや神官がお菓子をくれる時のように、大したことではない様子で言ってのけた王に私は目を瞬いた。
ニコニコとした笑みを浮かべる王に、私は少し頭が痛くなる。

「あ、の……、何故私が陛下の娘になるという話がでたのでしょうか…?
私には親がいない事を前回お伝えしました。
出生もわからない、卑しい身分である私を王族に迎えるのは…」

「出生が分かればいいのか?」

「え…?」

わかるの?と私は素直に思った。
王の娘になるという誘いは頭から抜け、ただ、親を知ることが出来るという言葉が脳内を占めた。

一度目の人生でも二度目の人生でも、親は見たことが無かった。
あの暗くて汚い部屋に閉じ込められていたからだ。
それに一度目の人生を顧みるきっかけになったあの本にも、私の出生は詳しく載っていなかった。
ただ、王妃が憎む女の子供としか、載っていなかったのだ。

「血縁検査をすれば、君の親がわかるだろう」

「血縁……、それを行えば本当に私の親がわかるのですか?」

「ああ。勿論だ」

まるで心当たりがあるかのような、断言するような王の口調に私は戸惑うが、それでも親を知ることが出来るということに興味を引かれた。

でも親を知って、私はどうしたいのだろう。
怒りたいの?泣きつきたいの?
なんで私を一人にしたのかと。
王妃と結託して私を苦しめたかったのかと。

ううん。そうじゃない。きっとそうじゃない。

ただ知りたいのだ。
何故私を一人にしたのか。ただその理由を知りたいのだ。
王妃がとか関係ない。
今の私には神殿の皆がいる。
皆が私の家族のような存在なのだ。
もう帰る場所のある私に親がいようとも関係ない。
だから、何故私があの部屋に閉じ込められることになったのか、ただそれだけを知りたいだけ。

私はいつの間にか俯いていた顔をあげ、王を見上げた。

よろしくお願いしますと告げると、既に準備していたのか王が指を鳴らすと白衣を着た数人が謁見の間にあらわれる。
手に持っていた箱の中から小さなナイフを取り出して、私の指先を少しだけ傷つけた。
小さな傷口からぷっくりと丸く球体状に血が出てきて、それを白衣を着た人がスポイトで吸い取った。

あの少量でいいのか、白衣を着た一人の人が大きな丸い眼鏡を抑えながら私に「頑張ったね」といって飴玉をくれた。
まるで子供扱いだったが私がその飴玉を貰うと、その人はささっと離れて他の白衣の人たちの輪の中に入る。

この場で結果が分かるのか。
血を見ただけで血縁者がわかるのだろうか。
とても不思議だったが、白衣の人たちが報告したのは私にとってとても衝撃的な結果だった。

「陛下の推測通り、この娘は陛下の実子でございました!」

白衣を着た者たちは驚愕しつつも歓喜した様子で、ジョセフさんと王は白衣の人たち程衝撃を受けていない様子だった。
ううん。王は少し違う。
心から安堵したような、そんな表情を浮かべていた。

推測通りと白衣の人たちは言っていたはずなのに、私が娘だと知って心から安堵していた王の気持ちもわからなかった。

(何が…一体、どうなっているの…?)

その時コンラートから聞いた話を思い出した。
ある一人の女性が王族の血を引いていると押し付けた子供の話。

____やっぱり、あれは私のことだったんだ……。

王妃が好意を抱いている王の血を引いている私。
当然私は王妃の娘なんかじゃなく、王妃が憎んでいる女性の子だというのは赤子でもわかること。
例え愛する王の血を引いていたとしても、自分の子ではなく、憎むべき女性の子となれば殺したくなるほど恨まれるのもわかる。
そう、一度目の人生のように。
私が王妃に尽くしていたとしても、だ。

「癒しの神子、いや我が娘よ。
神殿を出て我が娘として共に生きよう」

王が私に手を差し伸べる。

私は激しく鼓動する心臓を鷲掴むように服を握りしめた。

「………私には、光栄すぎるお言葉でございます…」

一度目の人生の時が思い出される。

確かに前回の私は王の娘だと判明していなかった。
でも、何の感情も抱いていない、冷たい目線を向けられ、無情にも死刑を言い渡された。
首を切りつけられた時も、冷たい目で私を見下ろしていたことを思い出す。

(私の死刑執行を担当したものは、とても未熟だった…)

もしかしたら王妃の指示だったのかもしれない。
首を完全に切断できるまで何度も何度も刀で切りつけられた。
言葉に言い表せない苦しみが思い出される。
そんな、見ている者たちが目を背けるほどに残酷な光景を、目の前のこの男は冷たい眼差しでただ眺めていたことも覚えている。

(この人が、私の父親…)

嫌だ、と思った。

でもこの人は王様だ。
この国で一番偉い王様なんだ。

ただ「いやだ」の一言ではすませられないことは、私にもわかる。
私が九歳の子供の身なりをしていようとも、だ。

_______それにここには…


「………埃が舞い、寝具も家具もない暗く冷たい部屋の中、私に与えられた食事は、パン一つとコップ一杯の水でした」

声が震えていないか。ちゃんと私の声はちゃんと空気を伝わって届いているか、と周囲の大人たちを見上げる。
突然話しだした私に、王は疑問に思いながらも耳を傾けてくれたことに、私は安堵して話をつづけた。

「…熱を出しても、変わらず放置され、私は幼いながらもこのままでは死ぬと、感じるような生活を送っていました」

「孤児として扱われていたのだ。
そのような生活にならないよう今後俺が…」

「私が逃げた先で、ふと振り返ったときにみた建物が、……この城でした。
私はもう二度とこの城には近付かない、そう誓いました。ですが、………こうして自ら訪れてしまいました」

私がなにをいいたいのか、きっと伝わっているはずだ。
少しだけ遠回しにいっているけれど、それでも貴族たちが使っているような難しい比喩表現は使っていない。むしろ勉強不足の私はそういう表現方法はわからない。
だけど、この城からせっかく逃げだせたのに、なんでまた好き好んで戻りたいと思うのか。
強くそう思っている私の気持ちが伝わっていてほしいと願いながら、私は訴えた。

「そのような境遇を強いられていた私は、この場所にはふさわしくない存在なのです!
どうか、…どうか!私のことを娘だと思うのならば、娘の幸せを願っていただけるのならば、私をこのまま帰らせてもらえないでしょうか!?」

きっと私の言葉はこの謁見の間に響いていただろう。
感情的にならないように、そう思ってもこの場に戻されてしまうのかと思う恐怖を考えてしまえば、声を荒げてしまうのも無理なかった。

「……誰だ…、一体誰がお前にそのような扱いをした…?」

すんなりとはいかなくてもきっと通るだろうと思っていた私の訴えは、王の怒りを買ったのか王が震える声で呟いた。
あまりにも低い声に私は体をビクつかせる。

「……幼かった私には知ることも出来ません」

「食事を運ぶ者の顔は見えたはずだ」

「……茶色の髪を一纏めにし、緑色の瞳と目元と口元にホクロがあったことしか……」

想定外の反応を見せる王に、私は戸惑い、素直に質問に答えていると、王は「……王妃の従者か…」と呟いた。
王宮内のことを把握されているのか、すぐに特定した王に私は驚く。
それと同時に思った。

(やっぱり、今回の王は王妃と仲が良くないんだ……)

関係が改善されていたら、こんなにすぐに容疑者として疑われていない。
一度目の人生の時がそうだったように。
王妃の泣き叫ぶ声に、疑うこともなく私を犯人だと決めつけたあの時の王とは別人のようだった。

しっかりと言葉を聞き入れてくれる今の王の様子に、私はぎゅうと胸を締め付けられた。

だけど、

______なぜ、前回の時はそうしてくれなかったの…?

たった一度。
今回の人生でたった一度会ったあの時、私を娘なのかもしれないと可能性が芽生えたから、今日私を呼び寄せたのでしょう?
前回の、一度目の人生の時だって、私との関係を明らかにしてくれていれば、私は冤罪で処刑されることはなかったのかもしれない。

(なのにどうして!)

そんな気持ちが芽生えてくる。

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